第8話 道中
盗賊アジトから出発して早1時間。月も隠れ辺りは完全に暗闇で包まれている。
「今日はもうこれ以上進めないな」
メルトは背中に背負っているセーラを地面に降ろして森から持ってきた薪に火をつける。
「火焔魔法『ファイア』」
魔力を絞ったその魔法は小石サイズの炎となって薪を燃やす。
「よし、これで焚火はできるな。本当ならテントとかも欲しかったんだけど、ないものねだりしても仕方ない」
メルトは焚火のそばで腰を下ろして休憩をする。流石に今日の一日は疲れた。そんな風にぼんやりと焚火を眺めていると、
「ん……うぅん」
セーラがうめき声を上げながら目を開けた。一瞬また暴れだしてしまうのではと警戒する。
「ここは……」
「おはようございます……というには遅すぎますが、よく眠れたようで何よりです」
メルトは努めて冷静にセーラに話しかける。セーラの瞳にはいまだ激情が伺えるが、今は倦怠感などのおかげで暴れる余裕もないのだろう
「彼女たちは……」
セーラの言う彼女たちが誰なのか、メルトも分からないほど鈍感ではない。何より自ら手を掛けた人間を忘れることなどできるものだろうか。
「…………」
セーラはメルトの沈鬱の表情を見て彼女たちのその後を悟った。
「なんで……」
セーラはその先を言葉にすることはなかった。
重い空気が流れ、二人の間を沈黙が支配する。
「……彼女たちを、殺したのは私です。許してくださいなんて言いません。ですが、私は間違ったことをしたつもりはありません」
先に沈黙を破ったのはメルトだった。
見方によっては開き直りにも思えるそれ。
「……そうですか」
激情を何とか抑えようとしているのがわかるその一言にメルトは何も言えなくなる。
「私は私が憎いです。もし私に力があれば彼女たちを助けることもできたはずなのにっ! だから私は、騎士になります。騎士になっていろんな人を助けたい」
セーラのその宣言をメルトは美しく思った。メルトでは決してできないその宣言を、目の前の少女は断固とした意志でもって宣言して見せたのだ。
故にメルトはセーラが歩むであろう過酷な道を心から応援する。
「そうですか。私は……あなたが将来一人でも多くの人を助けられることを応援しています」
「ありがとうございます」
「ところで、今はどこに向かっているんですか?」
「今は学術都市アテナルに向かっています」
「アテナルに向かうのですね」
「無一文の私が唯一入ることのできる場所のようなので」
言ってからメルトはしまったと、訂正しようと口を開くがーー
「無一文……なんで旅人のメルトさんがお金を持ってないんですか?」
セーラの言うことは尤もだ。あちこちを旅している旅人がお金を持っておらずどうやって旅を続けてきたというのだろうか。
「そ、それは……そ、そう財布を落としちゃったんですよ! 気が付いたのが最近だったのでどこで落としたかもわからなくって」
かなり無理があるが、語気を強めて何とかこれで納得させようとする。
「そ、そうですか」
セーラもメルトのあまりの必死さに思わず引いてしまいこの話題はこれでおしまいとなった。
***
しばらく沈黙が続いて、メルトの脳内ではなんて話しかけたらいいのかをずっと考えている。
「あの、メルトさんはアテナルについたら何をするつもりなんですか?」
唐突にセーラから質問が飛んできた。
それはメルトも考えていたことの一つなのだが、今のところやりたいこともないのでーー
「今のところは冒険者にでもなるつもりですよ。それで、国外を旅してみたいですね」
冒険者となって世界を気ままに旅するのもいいかもしれない。
「国外……ですか。それは……」
セーラはメルトの言った国外という言葉に反応してなぜか言葉を渋面を作る。
「どうかしましたか?」
セーラの反応が思っていたものと違い戸惑っていると、セーラからその答えが放たれる。
「今の王国の情勢だと国外は難しいと思いますよ」
「なぜですか?」
「なぜって、今王国と帝国が戦争中で王国内から外国に行くには国から許可をもらわなければいけないんですよ」
セーラの口からさも当然と言わんばかりのその言葉はメルトにとって大きな衝撃を与えた。
戦争というのはメルトにとって経験したことのないモノだ。もちろんウロボロスでは戦争というコンテンツもあったが、それはあくまでゲームでの話だ。実際の戦争をしている国にいるというのはメルトにとってそれだけで不安の材料となる。
もしも情勢が今よりも悪化して徴兵などが始まりでもしたらたまったものじゃない。ここは、ぜひとも王国には戦争に勝利してもらいたいものだ。
「それは残念ですね。ですが、まだ行ったことない土地もありますから戦争が終わるまではそういうところを回るのもいいかもしれませんね。……ふぁあ」
辺りが暗く、普段は寝ている時間ということもあり思わずあくびをしてしまう。
「眠いのならば眠っても構いませんよ。見張りなら私がやりますので」
「お気遣いありがとうございます。せっかくなので少し眠らせてもらいますね」
メルトはせっかくだからとセーラの気遣いに甘えることにして、その場で横になる。
余程疲れていたのだろう。メルトは数分としないうちに深い眠りに落ちて行った。
***
メルトが寝たのを確認したセーラはこれからについて考える。
実際に彼女たちの最後を見たわけではないセーラはいまだ実感は湧いていない。自分を助けて守ってくれた彼女たちがもうこの世にはいないのなど信じがたいことだ。
隣で寝ているメルトを見て一瞬殺意に襲われるが、何とかその衝動を抑える。
「助けることのできなかった私よりもメルトさんの方がまし……か」
自分に力がないばかりに盗賊にいいようにされ彼女たちを殺されてしまった。
「はぁ、これから本当にどうしようか」
それはこれからについての不安だ。メルトには騎士になると宣言したものの、セーラ自身小娘に過ぎない。そんな人間を国が雇ってくれるとは到底考えられないのだが、それでも何とかして入団しなければセーラは目標に手を掛けることすらできないだろう。
「とりあえずの目標は騎士団の入団。頑張らないと」
自らの目標を口に出すことで再確認して覚悟を固める。
***
夜が更け、朝日が昇り始めたころメルトは鳥の囀りを聞きながら目を覚ます。
「ふぁあ……よく寝た」
「メルトさんおはようございます」
目を擦りながら声のした方を見るとそこには眠る前と変わらないままのセーラがいた。どうやらしっかりと見張りをしていてくれたようだ。
「おはようございます。セーラさん」
挨拶を返しながら体を起こして周囲の状況を一瞥する。
「昨夜は何も問題は起きなかったようですね」
特に問題がなかったことを確認してようやく一安心する。
「それで、もう出発しますか?」
セーラは早く学術都市アテナルへ向かいたいのだろう、すでに立ち上がっていた。
メルトとしても今はそれ以外にやることもないので特に異論はない。
「そうですね。ここにいても意味はないですしさっそく向かいましょうか」
立ち上がりながら答えて二人でアテナルへ向かい歩き出す。
**
道中は昨日とは違い何の問題もなく順調に進むことができた。そのおかげか太陽が真上に昇るころには二人の視界に学術都市アテナルの外壁が浮かんできていた。
「あと少しですね」
「えぇ、これでようやく食事などができますよ」
セーラはとともかくメルトは丸一日水分も食料もとっていないのでそろそろ飢餓感が強まってきていた。もちろん今までだって丸一日飲まず食わずの時もあったのだが、それは平和な日常でのことだ。しかし現在は平和とは程遠い異世界で、さらに盗賊との戦闘を経ている。その二つの状況では体調面への影響の大きさが違う。
そんなメルトにとってようやく目的地に着くということはとても大きな救いとなるものだ。
「でも、私たちお金持ってませんよね。だったらまずはお金稼ぎが先では」
隣から絶望的な真実が襲いかかってきた。
「あ、そうだった」
思わず地面に手をついてしまったメルトを誰が攻められるだろうか。ようやく希望が近づいたと思ったらそれが遠ざかってしまったのだ。
くすっ、と不意にセーラが笑った。
「なんですか」
メルトはむすっとしながらセーラを見上げる。
「いえ、なんだか人間的だと思いまして。少し前までは血も涙もない人かと思ってましたので」
「そんな風に思っていたなんて……ひどい」
まさかそんな風に思われていたなどと思ってもいなかったメルトはさらに落ち込んでしまった。
「で、でも今はそんなこと思ってませんよ!」
「本当ですか?」
「本当です!」
疑いの目を向けるメルトにセーラ力強く頷く。
「ならいいです。それよりも早くアテナルに向かいましょう」
「切り替え早っ」
メルトは先程の落ち込みが嘘のようにさっさと立ち上がり歩き出した。その切り替えの早さは、思わずセーラがメルトに突っ込んでしまうほどのものだ。
「何してるんですか。早く行きますよ」
「あ、はい。今行きます」
セーラは離れてしまったメルトへ走って追いついて横に並ぶ。
**
さらに一時間ほど歩いて、ようやく二人は学術都市アテナルの門前まで到着した。街に入るための列はそこまで長くないので入るのにそれほど時間はかからないだろう。
「ようやく到着ですね」
「えぇ、いろいろありすぎて疲れました」
本当にいろいろあったと昨日の濃厚な時間を思い出す。
そんなことをしているうちに自分たちの番が回ってきた。
「こんにちは。身分証を拝見させていただきますので提出をお願いします」
「あ、私たち身分証もお金も持っていません」
メルトは身分証がなければお金を請求されることを身をもって知っていたので先回りして無一文だということも言っておく。
「そ、そうですか。ならば仮身分証を発行しますので詰め所まで同行をお願いします」
やけにはっきりというメルトに騎士は驚くが、流石プロだ。すぐにその動揺を隠して職務を遂行する。
「わかりました」
メルトたちも特に問題はないので素直にうなずく。
「おい、ちょっと詰め所まで行くのでここは頼んだ」
騎士が隣の騎士に穴埋めを命じる。
「了解しました」
「それでは行きましょうか」
騎士は再びメルトたちに向かって言ってから、返事を聞かずに詰め所のある所まで歩き出す。
メルトたちも何も言わずにその後ろについていった。
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