第7話 冷静

 手に入れた鍵を手にメルトは牢屋へ戻る。道中牢屋から聞こえていた女性たちの、生気を感じさせない呻き声が聞こえないことに気付いた。


 メルトはふと山吹色の髪に紫紺の瞳を持つ少女ことを思い浮かべる。


「セーラは大丈夫かな」


 セーラと出会ってすぐは予想していた通りに恐怖や警戒心などをこちらへ向けてきていたが、メルトが軽く自己紹介をすると途端に警戒を解いてしまった。


 メルトとしては手間がかからず良いのだが、もしも自分が悪人だった場合を考えると、セーラはもう少し警戒をしておくべきだと思う。


 扉の前まで戻ってきたメルトはその場で立ち止まって大きく深呼吸をする。それでこれからについての不安をばれないように自分の心の奥にしまい込む。


 扉を開けるとセーラ鍵を探しに行く前と同じ場所、同じ姿勢で座っていた。


「もどりましたが、何か異変などはありませんか?」


 こんな短時間で何も問題は起きないとは思うが念のため問いかける。


「大丈夫です」


 セーラはメルトの問いにに多少の堅さはあるがしっかりと答える。


「そうですか。ではとりあえず手枷を外してしまいましょう」


 メルトはさっそく鍵を開けようとセーラのもとへと近づく。セーラからの警戒は見受けられないが心なしか先ほどよりも疑惑の視線が強くなっている気がする。


 そんなことを考えながらもメルトは手枷の鍵穴に鍵を挿しこみ捻る。


——カチッ


 そんな音とともに手枷が開いて床に落ちる。


「ありがとうございます。この御恩ははどう返せばいいか」


 本当は無償で人助けなどしたくはないのだが、ここで変なことを言って心証を悪くしてもいいことはない。


「いえいえお礼などはいりません、私は当然のことをしたまでですよ。ところで、そこにいる女性たちはセーラさんのお知り合いですか?」


 セーラの後ろに座っている女性たちについて質問すると、セーラの表情は途端に暗くなった。


「いえ、ここで知り合った人たちです。……あの、よろしければ彼女たちを助けてもらえませんか?」


「たすける?」


 助けるとはどういうことだろうか。この状況での助けるの意味は一つだけではないので、メルトはセーラの言う助けるの意味を咄嗟にくみ取り損ねてしまった。


「はい」


 セーラの表情はいたって真剣そのものだ。、その瞳にはメルトに希望でも見ているようでメルトはセーラの言う助けての意味をようやくくみ取ることができた。


「それは、彼女たちを学術都市に一緒に連れていくということでいいのかな?」


「お願いします」


 座りながらセーラは頭を下げる。


 メルトはそんなセーラを置いて彼女たちを助けることについて考える。


 もしもこのまま廃人同然の彼女たちを学術都市へ連れて行くとしよう。その場合、無事にたどり着けるのか。メルトは自分自身に問いかける。


 もちろん答えはできないだ。今現在のメルトは自分自身の世話をすることで手いっぱいだ。かろうじてセーラ一人分の世話ならばできそうではあるが、さらに4人も増えるとなると旅に支障が出かねない。


「残念ながら、私たちでは彼女たちを学術都市へ連れていくことはできません」


「な、なんでですか!?」


 セーラは余程彼女たちが大切なのだろう。先ほどまでの冷静な態度はどこへ行ったのか感情的なる。


 見捨てるのは心苦しいのだが、だからといって無理に連れ出しても余計に苦しめてしまうだろう。ならぼ彼女たちを救う方法は一つ。


「私としても彼女たちを助けたいという気持ちはあります。ですが、それはここから連れ出すということではありません。ここで楽にしてあげるのがいいと思うのです」


 できる限るオブラートに包んで言ったが、どうやらセーラは意味をくみ取ったようだ。勢いよく立ち上がり叫んだ。


「楽にってっ、ふざけないでよ! 彼女たちは私が酷い目に遭わないように庇ってああなってしまったのに、せっかく助けが来たと思ったら助けられないから殺すなんてっ。……そんなのあんまりよ!」


 目の前で声を荒げるセーラは今にもメルトに襲い掛かってきそうなほど憤怒に染まっている。


 その表情からセーラがどれだけ彼女たちを大切に思っているのかがうかがえる。

 

 その気持ちをメルトは想像するだけで激しい罪悪感に苛まれる。いっそセーラの言う通り一緒に連れて行ってあげたいとも思わなくない。しかしそんなメルトの感情へ冷静な理性が問いかける。


 連れて行って本当に無事に学術都市へ行くことができるのか、と。そしてつづけて否という答えが返ってくるのだ。


 ゆえにメルトのこの返事も必然だ。


「私が護衛をしながら連れて行けるのは頑張っても一人が限界です。その一人も自立できているという但し書きが付いてのものですが。だというのに、彼女たちは既に自ら行動を起こすことも難しい、そんな人を連れて行くことは私にはとてもできません」


 冷静に、突き放すように言ったその言葉はやはりセーラにとって許容のではなかったのだろう。


「ふざけるなあああああ!」


 セーラは憤怒の形相で殴りかかってくる。


 セーラの動きはただの町娘と同等か僅かに勝る程度のもので、動きを見切るのは容易なことだった。メルトはセーラの拳を受け流しつつ地面に押さえつけて頸動脈を絞める。


 しかし悲しいことにセーラの動きはただぼ町娘のそれだ。先ほどまで殺し合いをしていたメルトにとって見切ることは容易である。


 メルトはセーラの拳を交わしながらその勢いを利用し地面に倒す。地面に押さえつけてなおも反抗するので仕方なく頸動脈を絞めた。


 もしも加減を間違えてしまったのならば殺してしまうかもしれないという恐怖もあったが、なんとかセーラを気絶させることができた。


「は……な、して……」


 気絶したセーラを優しく地面に寝かせてメルトは彼女たちのもとへ歩み寄る。一歩、また一歩と進むたびに罪悪感に押しつぶされそうになる。


「ごめんなさい。どうかこんな方法しか選べない私を怨んでください」


「大気魔法『スラスト』」


 メルトはこれから自分のすることに対する罪悪感に苛まれながら風の刃を腕に纏わせる。


「ごめんなさい、本当にごめんなさい」


 悲し気に呟きメルトは一列に並んでいる4人へ腕を振る。


「「「「たすけて……」」」」


「っ!」


 死の瀬戸際、彼女たちが助けを求めた。それはかすかな、だがはっきりとメルトの耳に届く。しかし現実とは無情なもので、死の刃をメルトが止めることはかなわない。


 腕は勢いよく横に振りぬかれ、彼女たち4人の首が飛んだ。彼女たちの胴からは勢いよく血が溢れ辺り一面を血の海へ変えた。そんな血の海で彼女たちの身体はビクビクと痙攣している。


 ゴロッ、と4つのうち一つの首がメルトの前に転がってくる。その首は諦めたような顔をしていたが、死の間際に聞こえた言葉を聞いた後だと、誰かに助けを求めているかのようでもあった。


「うっ」


 それはメルトが纏っていた冷静と言う仮面が剥がれた音だった。


 メルトはその場にしゃがみ込みながらえずいた。その顔は先ほどまでのどこか冷たい感じを一切感じさせない非人間的な顔ではなく、顔を歪めて涙を流す一人の少女のものへと変わっている。


「ごめんなさいっ 私が、僕が、不甲斐ないせいで、何の罪もないあなたたちを殺してしまった。……助けを求めていたのに、切り捨てる判断をしてしまったっ!!」


 メルトは殺してしまった4人に懺悔するかのようにひたすらに謝り続ける。


 床に転がる四人の首がメルトに視線を向けている。それはもう決して動くことのないものであるはずなのに、その瞳からは憎悪が、口からは怨嗟の声が聞こえてくるようだった。



  ***



 どれくらい泣いていたのだろう。いまだに自責の念は消えないが先ほどよりも軽くなったと思う。


 馬車の死体を見た時もそうだったが、もしかしたら自分は自分が思っている以上に薄情な人間なのではないだろうか。これが異世界転生した影響なのか元の世界からの性格なのかは今となっては定かではないが、メルトは自分が得体のしれない化け物になってしまったのではないかと恐怖し今更になってその異常性を認識する。


「そもそも、盗賊だろうと魔物だろうと生き物なのに、何の抵抗もなく殺せるなんておかしいだろ」


 冷静になってきた頭で転生してからさきほどまでの自分を思い返す。それは転生直後にゴブリンを殺したこと然り、極悪な盗賊を殺したこと然り、一般人がいくら力を持って転生したとしていきなり生物を殺すことに抵抗を覚えないなんてことはあり得ない。ましてそれが現代日本という平和な世界から転生した一般人ならなおさらだ。


「そもそも、なんで異世界になんて転生しちゃったんだよ」


 ふと吐き出したそのつぶやきはメルトの疑問を物語っていた。


 しかしそんなことをいくら考えたところで答えが浮かぶはずもなく、とりあえずその問題を棚上げして現実に思考を戻す。


「……はぁ、ここにいるのもつらいし離れるか」


 溜息ひとつついて死体に背を向ける。メルトの頭にはもう4人への罪悪感などほとんど残っていなかった。


「そういえば、セーラさんはどうするかな」


 気絶させたセーラを見て考える。このままここに放置して生き残った場合、確実にいい感情を持たれないことは明らかだ。だからと言って殺してしまうのも気が引ける。となれば連れていくしかないのだが、その場合目覚めたときに暴れられる可能性が大きい。もっとも、その後うまく打ち解けられればこの世界の知識を多少は手に入れられるかもしれないが。


「しかたない連れていくか。すこしでも情報が欲しいからな」


 メルトは気絶しているセーラを担ごうとするが、どうやら意識を失っている人間を担ぐのはメルトの体躯では難しいようだ。


ーー『大地エンチャント』ーー


 メルトは筋力向上の効果を持つ大地属性のエンチャントを行う。


「これなら問題なく動ける」


 再びセーラを担ごうとすると、今度は問題なく担ぐことができた。


「それじゃいくか」


 セーラを担いだメルトは牢から出て歩き出す。


 

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