第6話 盗賊のアジト

 グリフォンたちがテイルたち盗賊の残党を殺し終えたころ、ハルフィスとメルトの剣戟も終幕へ近づいていた。


 メルトがハルフィスの剣を受け流し横凪ぎに振るう剣を大きく後ろに飛んで避ける。


「はぁ……はぁ、化け物みたいな強さだな」


 目の前の少女が恐ろしく感じる。元とはいえハルフィスは騎士団の中隊長の地位を得ていたのだ。魔術も剣技もそこらの冒険者では数人がかりでも負けはしないと自負している。それなのに自分は息を切らし押されている。


 対して目の前の少女はどうだ。


 少女は息を切らすことなく剣を構えたままだ。それに近接戦中も魔術を使わなかった。それがなめられているようで気に食わない。


「来ないのですか? それなら私から行きますよ」


 ハルフィスの息が整ってきて再び攻めようとした途端、メルトが攻めに転じる。


 メルトがその銀色の髪を揺らしながらハルフィスとの距離を詰める。メルトの剣撃とハルフィスの剣撃がぶつかり合う。


 攻めに転じたメルトの剣は水流のように滑らかでハルフィスは防御に徹するだけで攻撃に転ずることが出来ない。

 即席の剣ということもあり一つ一つの剣撃に威力はそこまでない。


 実際何度か受けきれずに攻撃を受けるもそれほど深い傷はもらわなかった。だがそれは攻撃に被弾していいということではない。

 メルトの攻撃はどれも急所や関節を狙って放たれており、受けきれなかった斬撃は徐々にハルフィスの動きを鈍らせてゆく。


 このままではじり貧だと思いハルフィスは身を削る覚悟を決める。

 横から迫る剣閃を受け流しつつ屈む。受けることしかしなかったハルフィスの行動に驚いたメルトの挙動が一瞬止まる。

 その一瞬でハルフィスはメルトのわき腹目掛け剣を振るう。

 

ーー入った!


 一瞬思考が止まり防御が間に合わないと判断したメルトは膝を蹴り上げる。


「ぐぶっ」


 顔を蹴り上げられのけぞるハルフィスにメルトは受け流された剣を手元に戻す勢いのまま振り下ろす。


 ハルフィスはのけぞり頭上から迫る剣を咄嗟に横に転がるも躱しきれず左腕を大きく斬られる。


「ぐっ」


 右腕のみで剣を構える。


「ワオォォォォン!」


 森の中から狼の鳴き声が聞こえてくる。


「ん」


 聞きなれない狼の鳴き声に一瞬メルトから意識を外したハルフィスに対して横一文字の斬撃を見舞う。


「っ!」


 ハルフィスが遅れて対応しようと剣を斬撃の軌道上に置き防御を図る。


「大地エンチャント『ブレイズ』」


 剣がぶつかり合う直前、メルトが切れ味を上げる魔法を使用する。

 その魔法は使用者の武器の性能を大幅に強化させる魔法で使用者によってはただの木剣ですら名剣にしてしまうほどの効果を及ぼす。

 そしてトップ層の魔法使いである使用者のメルトによって付与された剣はハルフィスの剣など一合で破壊してしまうだろう。


 ハルフィスの剣とメルトの剣が衝突し、僅かに拮抗したかと思うとメルトの剣がハルフィスの剣を破壊し、勢いそのまま胸を深く切り裂く。


「なっ、ごふっ!」


 その場に倒れるハルフィスはなぜ防ぐことができなかったのか疑問を抱き、剣がぶつかる直前にメルトの呟いた魔法を思い出す。


「なぜ……それを、はじめから使わなかった……」


 純粋な疑問だ。はじめから使っていれば決着はもっと早くついていたはずなのになぜ、と。


「たしかにわざわざ手加減してリスクを増やす必要はありませんでしたが、それでも必要だったのですよ」


 目の前に転がるハルフィスに向かい説明する。本当は必要のない行動ではあるがこの世界を生きる上でメルト自身の決意を宣言するべきだと思ったから。


「戦闘において反応が遅れるということは致命的です。あなたとの戦闘中にそれに気づきましてね、ちょうどいい機会でしたので踏み台になってもらおうと思いまして」


 魔法戦を行っていた時に気が付いたことなのだが、メルトは敵に近づかれると僅かではあるが気圧されて反応が鈍くなってしまう。それは前世での性格に影響を受けているのだが、それは今生では克服しなければ死に直結するものだ。


 銀色の髪を纏った少女はハルフィスに伝承で聞く悪魔を彷彿とさせる。


「この……悪魔がっ」


 ハルフィスが言い終わると同時メルトが首をはねる。


「私にとっても同じですよ。悪魔が」


 首から上の無くなったハルフィスと同じ言葉を吐き捨てる。


「戻れ妖狐、グリフォン、フォレストウルフ」


 メルトは妖狐たち三匹の召喚を解除して盗賊のアジトへ足を向ける。


「もういないと思いますが一応中を調べておきましょう」


 テイルから聞き出した情報では盗賊はもういないだろうが、念のためアジト内も調べることにした。



  ***



 その通路は森の中の地下ということから想像していた通り薄暗く不気味な雰囲気を醸し出している。通路は直線状に伸びていて右側には盗賊のであろう部屋の扉があり、左には曲道がる。


 メルトは盗賊の部屋を一瞥もせずに左の曲がり角を曲がる。通路の左右には鉄の扉があり扉には武器庫や食糧庫などといった看板が掛けられていた。


 そして通路の最奥に一際異常な扉を見つける。扉は金属でできていてその上部には鉄格子が設置されていて中を覗き込むことができるような作りだ。先ほどから時折聞こえてくる呻き声はその扉から聞こえてきているようで、おそらく盗賊に捕まった人がそこに捕らえられているのだろう。


 呻き声は近づくにつれ明瞭に聞き取れるようになり「殺して、殺して……」という女性の声がはっきりと聞き取ることができた。しかも聞こえてくる声は複数でありそのどれもが悲壮感に満ちている。


「今助けます」


ーエンチャント『火焔』


 エンチャントで腕力を上げたメルトは鉄の扉を蹴る。すると扉が勢いよく内側に開いた。


「大丈夫ですか?」


 メルトはそう声をかけて部屋へ侵入する。部屋には手足の欠損がある虚ろな目をした女性が4人と、こちらを恐怖のこもった目で見つめる少女が一人。


「「「「殺して、殺して……」」」」


 部屋の外に聞こえてきていた声は手足の欠損が視られる女性4人のものであるとすぐに分かった。


「あ、あの……そ、外の盗賊はどうなったのですか?」


 唯一怪我らしい怪我の見当たらない少女がおびえながらこちらへ問いかけてくる。


 所々怯えが滲み出ているその言葉からメルトは少女にやさしく微笑む。


「もうやっつけたから大丈夫ですよ」


 できる限り優しく答えてあげると少女の強張った顔が少し和らぐ。どうやらまだ警戒はしているようだがメルトが盗賊ではないと判断したようだ。


「あ、ありがとうございます」


 ふと少女の手足に目を向けると枷につながれていた。それはどこにも繋がれておらず一見ただの飾りのように見える。


「その手枷はなんですか?」


 手枷について聞くと予想外の結果が返ってきた。


「わかりません。……でも、これをつけられてから魔術が使えなくなって……」


「……そうですか。とりあえずはそれを外しちゃいましょうか」


 動揺を押し殺して少女に一歩近づく。


「ひっ……」


 メルトが敵ではないと理解はしているのだろうが盗賊たちへの恐怖が転じて関係のない他人への恐怖となっているようだ。


「まだ怖いんですね。それでは少し自己紹介をしましょうか。……私はメルト。君の名前は?」


「わ、私は……セーラ、セーラ・アシャルタ……です。あの、メルトさんはなぜ私助けてくれたのですか。」


 予想外の質問に一瞬思考が止まるがメルトはすぐに口を開く。


「それはもちろん、盗賊の行っている行為が見過ごせなかったからですよ」


 息を吐くように嘘の理由を語る。


「そ、そうなんですね。もしかして騎士様か軍人の方なのでしょうか?」


 セーラさんの表情が先程までの怯えが嘘のように消える。その眼にはまるでヒーローでも見ているかのようだ。

 ただ残念ながらメルトはただの魔法使いであり騎士でも軍人でもない。


 そもそも騎士と軍人が別物ということに違和感を覚える。どちらも国に使える存在なのだから同じではないのだろうか。


「残念ながら私は軍人でも騎士でもありませんよ」


「そ、それじゃぁ冒険者ですね!」


 セーラは先ほどまでの怯えはどこへやらと食い気味に聞いてくる。


「残念ながらそれも違います。私はしがない旅の魔法使いです。今は気の赴くままに世界を旅しているのです」


 メルトは自分がただの旅人ということにした。まさか異世界人などと正直に明かすわけにもいかずとりあえず旅人ならば特に詮索もされないだろうと思ってのことだ。


「旅人ですか。あの、よろしければ「ちょっと待ってください」」


 メルトはセーラの言葉にかぶせるようにして遮る。


「そろそろその手枷を外しませんか?」


 メルトがセーラと会話していたのも緊張を解して手枷を外すただ。


「あ、はい」


 メルトはセーラのもとに歩み寄る。今度こそセーラはメルトにおびえることなく近づくことを許した。


 セーラの手枷を注視すると鍵穴のようなものが付いていた。おそらく鍵がなければ開けられないのだろう。


 ただその前にと、魔力で鍵を開けようと干渉してみたがセーラの言う通り魔力が通らずに霧散してしまった。


「なるほど、魔力が通りませんねこれ。やはり鍵を探してきたほうがいいかもしれません」


 魔法で干渉することができればそれが一番よかったのだがそうもいかないのでおとなしく鍵を探してくることとする。


「それでは私は鍵を探してきますのでもう少し待っていてください」


「はい」


 再び廊下へ出て武器庫と書かれた看板のかかった部屋へ入る。部屋の中は几帳面に整理整頓されており長剣、短剣、短槍など武器の種類ごとに仕分けされていた。


「それに、手入れもしっかりしてるし。なんか盗賊のイメージが変わりそうだ」


 眼前に広がる武器たちはどれも綺麗な状態で置かれていて手入れが行き届いているように見える。


 盗賊が武器の手入れをしているイメージを持っていなかったメルトにとってこれは意外に思えた。


「っと、鍵を探さないとな」


 鍵を探そうと部屋の中を探し回るが、鍵らしきものはどこにもなく、あるのは武器やその手入れ道具、手入れの方法が記された書類のみだった。


「ないか。それじゃ次の部屋に行くとしよ」


 メルトは武器庫からでてすぐ目の前の部屋のドアを開ける。



  ***



 不思議な少女が鍵を持ってくると言って部屋から出て行った。


 セーラは少し前まで感じていた絶望が嘘のように感じた。それもメルトと名乗った少女のおかげだ。


 もしもメルトが助けてくれなければセーラも周りにいる女性たちと同様に酷い目に遭わされていたことだろう。それを危機一髪のところで助けてくれたメルトには感謝してもしきれない。


「でも、旅人って言ったけど外国から来たのかな」


 旅人と名乗っていたメルトの身の上をセーラは疑問に思う。正義感で助けてくれたということは疑ってはいないが、それでも旅人というところには疑問が浮かぶ。


 もしかしたら王国人ではないのかもしれないと思うと少し怖く思う。というのも現在アルディラ王国と北に位置するフェイタル帝国は戦争の最中であり、数年前に王国の領地が占領されたりもしている。


「でも、きっと同じ王国人だよね。だって帝国人が王国にいるわけないもん」


 もしもメルトが帝国人だとして敵国の人間である王国人を助けるなんてことはないと無理やり納得する。


「それにしても、どうやって盗賊をやっつけたんだろ」


 メルトが盗賊を倒したということを信用するとなるとメルトは騎士にも引けを取らない強さを持っているのだろうが、13歳のセーラとそんなに離れていないと思うとその実力に疑問が生まれる。


 メルトについて考えれば考えるほど不審な点が現れてくる。


「そういえば……お母さんが話してくれたおとぎ話にもこんな話があったような」


——コツ、コツ


 昔に聞いた物語を曖昧な記憶から救い上げようとしたところで、外から足音が聞こえてきた。どうやらもう鍵は見つかったようだ。


「もどりましたが、何か異変などはありませんか?」


 部屋に戻ってきたメルトは相変わらず優しそうだが、冷たい雰囲気を纏っていた。



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