第5話 盗賊狩り
現れた禍々しいオーラを纏った黒い狐は「コンッ」と一鳴きするとハルフィスへ自らの尾を伸ばして攻撃をする。
「はっ、そんなもん俺に効くかよっ」
ハルフィスは妖狐の尾を手に持つ剣を一振りして弾くが、すかさずメルトがハルフィスの上空に魔法陣を展開し魔法を発動する。
「大地魔法『ロッククリスタルレイン』!」
ハルフィスの頭上に展開された魔法陣からロッククリスタルの矢を雨のように降らせる。ハルフィスはそれに対して、
「エンチャント『エア』」
風を身体に纏うとバックステップで素早く魔法の効果範囲から離れる。
ハルフィスが安全圏に退避したタイミングを読んでいたかのように妖狐が尾を伸ばして叩きつける。
「コンッ」
「ちっ、しつけえなぁ!」
愚痴を零しながら迫りくる尾をハルフィスは地面を転がって避けるが避け切る事はできず右肩を妖狐の尾が掠る。
「ぐっ、これは毒か! 厄介だな」
掠っただけにしては痛みがひどく右肩を見るとそこには服が溶け肌は熱傷を負っている。
『ぎゃああぁぁぁぁ!!』
ハルフィスが改めて妖狐の危険性を再認識したと同時、森の中から部下の断末魔が聞こえてくる。
その断末魔にようやくグリフォンがこの場から消えてることに気付く。
「やられたっ。そいつをグリフォンから注意を逸らすためか!」
思惑に気が付いたハルフィスは忌々しくメルトを睨む。
「私1人ではあなたの注意を引けるか不安だったので」
ウロボロス時代のメルトであればハルフィスの注意引くなどは1人でできたのだが、どういうわけか現在のメルトは保有魔力が半減し、身体能力も大幅に減衰してしまっているのだ。おかげで、先の盗賊戦ではガイに逃げられるという失態を演じてしまった。今度はそのようなことがないようにと念には念を入れ妖狐とメルトの複数で事に当たることにしたのだ。
「ちっ、ぜってぇ殺してやる」
ハルフィスが風を纏った体でメルトへ迫る。その速度は先ほどまでより一段上がって10mはあったであろう距離を一瞬で詰めてくる。
迫りくるハルフィスを妖狐の尾が阻もうとするも間に合わない。ハルフィスは目の前の妖狐をすれ違いざまに剣で斬りつける。
あっけなく妖狐が無力化されたのを見てメルトも回避しようと動くが、生身ではハルフィスの速度について行けず追いつかれその剣がメルトの首へ迫る。
「これで終いだっ」
剣がメルトの首を斬る寸前、勝利を確信したハルフィスの剣とメルトの首の間に瀕死の妖狐が最後の力で伸ばした尾で斬撃を受け止める。しかし、ひんしの妖狐ではその衝撃までは受け止めきれず妖狐の尾ごとメルトを殴り飛ばす。
「ぐぅっ」
メルトは吹き飛ばされながら体制を整えて地面に降り立つとすかさずエンチャントで自己強化を施す。
--雷鳴エンチャント--
「思ったよりもやるな」
想定を上回る力量を持っていたハルフィスに、遠距離戦では分が悪いと判断する。
エンチャントで身体能力を底上げしたメルトは、1度深呼吸して呼吸を整える。
「妖狐、ご苦労だった」
「コン」
妖狐はメルトの労いに一鳴きするとその場から溶けるように消えていった。
ハルフィスは妖狐が消えた瞬間、即座にメルトを斬り殺さんと迫る。それは先ほどの攻防の再現のようで2人の距離は一瞬で詰まりハルフィスが剣を振るう。
だが先ほどと違いメルトは自らを屠らんと迫る剣を右半身を後ろに捻り紙一重で回避する。体を捻る勢いをそのままメルトは左足を軸に回転し右足でハルフィスに回し蹴りを見舞う。
ハルフィスは剣を振り下ろした勢いで防御することができずに回し蹴りを胴に食らい吹き飛ばされる。メルトはそのままハルフィスへ追撃を加えようとするが、
「エアースラスト!」
飛び出すメルトにハルフィスは牽制として魔術を行使する。
「ちっ」
メルトは地面を転がり回避するも、すでにハルフィスの体勢は整っていた。
「エンチャント『スラスト』」
ハルフィスが自らの剣に切れ味と攻撃範囲がわずかに増すエンチャントをして再び距離を詰めてくる。
「大地魔法『クリエイトソード』」
メルトは大地魔法で剣を生成してそれを左手で構える。
メルトは魔法使いなので剣術は得意ではないが最低限の剣術は覚えている。
ハルフィスは魔術師の近接戦闘技術では元々近接戦が得意な自分には通用しないと思い、だが油断はせずに剣を振るう。
「素人の剣技が俺に通用するわけねだろっ」
右肩を正確に狙って放たれた斬撃それを、メルトが受け流す。追撃としてメルトがハルフィスを両断せんと剣を振るうがハルフィスが咄嗟にそれを剣で受けきる。
***
一方そのころ森の中では、盗賊のボスの一人であるハルフィスの命令を受けた盗賊の一人が必死に走っていた。
「くそっ、なんでこっちに来るんだよ。こっち来るなよ化け物ぉ!」
その男は森の中を盗賊のもう一人のボスであるガイを探していたが、背後から何かがものすごい速度で迫ってくるのに気が付き必死に逃げる。
一心不乱に逃げる男はしかし死を予期させる物音がすぐ後ろまで迫ったのを悟り戦う覚悟を決め、振り返る。
「まだ、まだっ……死にたくない!」
それは男の心の底からの願いだった。男を屠らんとする物音の正体が姿を現す。それは鷲頭に獅子の胴体を持ったグリフォンという魔物で、万が一にも男に勝ち目はないと悟らせる。
目の前のグリフォンは男の目の前で立ち止まると、
「ギュオッ」
と鳴いた。
それはまるでかかってこいと言っているようで男はひどい屈辱を感じる。
「くそっ やってやる! やってやるっ」
勝てないとわかっていても戦う以外に道はない。男は腰から剣を抜く。
グリフォンはそんな男を見つめたまま動かない。
「おおおおおおおおおお!」
男は叫びながらグリフォンの首を斬り飛ばそうとして、
「ギュオッ」
それが男が聞いた最後の音だった。
ーードサッ
地面に頭のなくなった胴体が転がる。それは先ほどまで剣を持って切りかかってきたものの残骸。グリフォンは自らに立ち向かった男だったものを一瞥すると、
「ギュオォ」
一鳴きして別の獲物を探しに行った。
そしてグリフォンのいなくなったその場所には血があふれる胴体のみが残った。
***
メルトをアジトへと案内した男、テイルは一刻も早くメルトから離れるため、一心不乱に森を走る。森の中は騎士や冒険者にばれないように整備などはされておらずその悪路はテイルの体力をひどく消耗させる。
「はっ はぁはぁ……もっと遠くへ、あの悪魔から離れないと」
少し休憩とばかりに立ち止まり地面に腰を下ろす。ようやく一息付けたテイルはふと仲間を殺したメルトを思い出して戦慄する。
仲間を焼き殺しているメルトからは、人を殺すことへの嫌悪感も忌避感も何も感じ取れなかった。
息が整ってきたころ、森の奥から何かが近づいてくる音が聞こえた。
「な、なんだ……まさかあのあいつが……」
テイルの脳裏にメルトが追ってくるという最悪の想定がよぎり立ち上がる。
「ま、まってくれ。俺だ、カイルだ!」
姿を現したのはテイルと同じ盗賊に所属していたカイルという男だった。テイルはまさか生きてる仲間にまた出会えるとは思わず地面に座り込む。
「お、驚かすなよ。それにしてもよく生きてたな」
「なんとかな……それにしてもガイと一緒に出てたお前がどうしてここにいるんだ?」
ガイとともに商人を狩りに行っていたテイルと出会うと思っておらず、浮かんだ疑問をそのまま口にした。
テイルはそれに苦々しい表情をすると自分たちに起こった惨劇を静かに語りだした。
***
「…………つまり……生き残りがお前だけで、ガイはどこに行ったのかわからないだと?」
テイルの話はガイを探していたカイルにとっては絶望の知らせだった。そして、メルトを連れてきたテイルに対し激昂してつかみかかる。
「てめぇっ、よくもあんなのを連れてきたな!?」
「あいつを連れて行かなければ死んでたんだから仕方がないだろっ!」
テイルも掴みかかってくるカイルを掴み返し怒鳴る。
いつ殴り合いが始まるのかと2人の間に緊張が走るが結局、どちらも手を出すことはなかった、それよりも先に森の奥から鳴き声が聞こえたのだ。
「ワォオオン!」
それは獣の鳴き声のように聞こえたが、現在の二人にとってはそれすらも警戒する対象として判断する。
「おい、早くここから離れるぞ」
「くそっ、あぁ」
カイルとテイルは即座に鳴き声と反対の方向へ走り出す。
***
しばらく走り森の出口が目の前に見える。
「はぁ、よし、ようやく出口だ」
カイルは森を出ればもう安全だと思い込んでいるようだがテイルは違うと思っている。
それを証明するように森の外から大きい何かが現れた。
「なっ、なんでこんなところに……」
カイルが思わずそう零す。目の前に現れたのはメルトが呼び出したグリフォンでハルフィスが抑えているはずの魔物だったからだ。
「ギュオッ」
グリフォンはテイルを一瞥すると一鳴きしてカイルへと視線を移す。
「ひっ、こっこっちにくるな」
カイルがグリフォンから距離を取ろうと後ずさる、しかし逃走しようとするカイルとテイルの背後、森の奥から緑色の体毛を持った狼が現れる。
「ワオンッ」
それはカイルを一瞥した後テイルに視線を固定した。
「こうなったらやってやる!」
もう戦うしか道はないと悟った2人は同時に別々の魔物に襲い掛かる。
カイルは前方のグリフォンに向かいながら、
「エンチャント『フレイム』!」
自らの剣に炎を纏わせる。
グリフォンは迫りくるカイルに視線を向けたまま動かない。
「死ねぇ」
カイルが剣を振るう直前、グリフォンは前足を振るう。それはカイルには到底反応できるものではない。
「グフッ 死にたくない!」
わき腹をえぐられたカイルは吐血しながら構えたままの剣をグリフォンに振るう。グリフォンは何を思ったのかその斬撃を防がない。
そしてカイルの斬撃がグリフォンの首にあたり切り裂く……ことはなくそのまま止まる。纏っていた炎もグリフォンを燃やすことがなかった。
はじめから勝ち目がなかったことを知ったカイルはその場に倒れる。
ーードサッ
「あぁ、死にたくないっ」
グリフォンは吐血し倒れ伏すカイルに前足を振り下ろした。
ーーグシャッ
グリフォンの前足によって弾けたカイルの残骸をグリフォンは忌々しく思いながらもフォレストウルフに自分の仕事は終わったと鳴く。
「ギュオッ」
***
カイルと同時にフォレストウルフに飛び掛かったテイルは剣を抜いて立ち向かう。
「ワンッ」
フォレストウルフはグリフォンのように何もしないというようなことはせずにはじめからテイルを殺しにかかる。
テイルとフォレストウルフの距離は一瞬でなくなり、爪と剣が交差する。
それだけでテイルの剣は半ばから砕けた。このままではまずいと感じたテイルは折れた剣を捨て即座に後退する。
「なんだその爪、硬すぎんだろ……チッ」
フォレストウルフ爪の硬度に思わず愚痴を零すが目の前に迫る爪を見て横に回避する。
「ツッ なんだ?」
転がるように回避したテイルがふと横腹に痛みを感じ視線を移すと何かにごっそり削り取られていた。
「何を「ワンッ」されっ……」
確実に回避したはずなのに攻撃を受けたことを疑問に思ったテイルが呟くが、その時にはすでに間合いに入っていたフォレストウルフの詰めによって首を斬り飛ばされた。
「ワオォォン!」
「ギュオッ」
フォレストウルフが鳴くと同時グリフォンも鳴き声を上げ互いに仕事を終えたとしてメルトのもとへ足を動かす。
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