第4話 仮面

 メルトは目の前から自らを殺さんと迫りくる刃がスローモーションとなる現象に見舞われている。だが今はそれを気にしている場合ではない。


--『雷鳴エンチャント』--


 エンチャントで自らを強化してメルトはその場から後ろの岩壁付近にまで後退する。何とか後退したが完全に回避できずにわずかに頬を斬られてしまった。


「ちっ、今ので殺れたと思ったんだがな!」


 ガイは悪態をつきながら間髪入れずに追撃のためにメルトへと迫る。相変わらず人間のできる動きを超越しているが、今回は正面から地面を駆けての接近ということで、


「大地魔法『アースコントロール』」


 ガイの足元を上昇させて接近の妨害をおこなう。


 ガイは急に足場が上昇したせいで体勢を崩し、地面に転がってしまう。


「くそ、やってくれるな」


「これで終わりです。雷鳴魔法『雷電』」


 メルトの目の前に現れた紫色の魔法陣から紫の線が一閃してガイの足を貫く。直後、立ち上がろうとしていたガイが地面に倒れた。


 メルトの魔法を直撃を受けたガイは魔力の流れを感じ取って回避を試みたが、それが功を奏したのか雷の標的は胸から足にずれて一時的に足の麻痺のみで済んだ。


「くっそ、体が動きやがらねえ。てめえら、見てねえでさっさと助けやがれっ!!」


 ガイは自らの後ろに待機して見学を決め込んでいた部下たちに怒鳴りつけて助けを求める。


「しかたねぇな、後で一番いい酒おごれよ!」


 盗賊たちはガイをからかいながら突撃してくる。速度はガイほどでないものの十分に人間離れしている。そんな人間10人がメルトを殺すべく突撃してくる。


「雷鳴魔法『雷電 散』」


 先ほどガイを襲った魔法を対象へと拡散させて直線の雷で襲う対複数を目的とした魔法だ。その魔法に襲われる盗賊はしかし、何人かは驚くべきことに横に回避して速度を緩めずに突撃してくる。


これを避けるのか!」


「武装強化『炎』!」


 盗賊の一人が剣へ炎を纏わせて振るう。メルトから離れた場所で振るわれたその剣は空中に炎の斬撃を纏わせてメルト目掛け飛んでくる。

 メルトもさすがにこれは予想外で迎撃が間に合わなくなり横へ大幅に回避する。


「武装強化ってなんだよそれ!?」


 ウロボロスでは聞いたことない魔法に脅威を感じ取ったメルトは腕を横に振り複数の魔法陣を展開させる。


「雷鳴魔法『迅雷電撃』」


 複数の魔法陣から雷が音を置き去りに盗賊たちへ突き刺さる。この魔法は『雷電』を速度面において強化した魔法でその分魔力消費量も多くなっている。しかも威力面では雷電と同等のため実用性に乏しかったが、現実では案外使い道があったようだ。


 流石に今回の魔法は回避できなかったようですべての盗賊に命中する。


「ようやく終わった。人間相手だとすごく疲れるな。あ、でもまずは動けないようにしないと」


「大地魔法『アースコントロール』」


  ***


 メルトは大地を操作して盗賊たちを一纏まりにして岩で簡易的な牢屋を作り捕らえる。そしてガイの姿を探そうとしてメルトはガイがいないことに気が付く。


「ガイがいない……。もしかして逃げられた?」


 まさか動けない状態のガイが逃亡できると思わなかったメルトは自らの失策を後悔した。もしアジトへ逃げられてしまっていれば捕まっている人たちを殺されてしまうかもしれない。


「急いでアジトへ向かわないと。……雷鳴魔法『ショック』」


 小さな雷が盗賊の一人へ当たる。その盗賊は一瞬跳ねると、すぐに目を覚まして起き上がってくる。


「起きましたか。早速ですがあなたたちのアジトへと案内してください」


 メルトは内心の焦燥感を表に出さないように努めながら、端的に盗賊へと話しかける。


「はっ、なんで俺がそんなことしなきゃいけねえんだよ」


「ガイがあなたたちを倒せば捕まっている女性たちを解放すると約束しましたが、あれは嘘だということですか?」


 メルトはガイとの約束を持ち出してアジトへの案内するように言う。がしかし、メルトへと返ってきた言葉は予想外の、それも最悪な言葉だった。


「あぁ、あいつらか。それならとっくに死んじまったよ」


「は? なんで、お前らを倒せば開放するって……」


 メルトは約束が違うと盗賊に訴えるが、盗賊はそんなことお構いなしにメルトを煽り始める。


「そんなのガイのやつが勝手に取り付けたもんだろ。そういえば、あの女どもは気持ちよかったなぁ。お前にも聞かせたかったんだが残念だな。泣き叫ぶあいつらをやるのは最高な気分だったぜ」


 盗賊が心から最高の気分だとメルトでもわかるほどその顔は笑っていた。しかしすぐに盗賊の顔は苛立ちに染まる。


「だってのによう。あいつらときたら舌を噛み切って死にやがった」


「……もういいです。あなたに聞くことはもうありません」


 メルトは自分が甘かったと盗賊によってもたらされた凄惨な現実によって思い知らされた。それとともにメルトは初めて人間に対して殺意を覚える。


「雷鳴魔法『ショック』」


「いたいなにが……」


 もう一人盗賊が起きたことを確認したメルトはその盗賊に向かい、


「あなたは私にアジトを案内してくれますね?」


 メルトは盗賊が返答を口にする前に最初に起こした盗賊の男へ向かい魔法を発動させる。


--大地魔法『アースコントロール』--


 地面を移動させて男をほかの盗賊から離す。


「は? なんだよ急に」


 男は急に移動させられたことに動揺しながらもメルトをにらんでくる。


「大気魔法『カマイタチ』」


 メルトは男を一瞥して魔法を詠唱すると男の周囲に透明な刃が生まれそれが男を切り刻む。一瞬で元男だったものは細切りにされる。


 自らがやったことを確認したメルトは思ったより自分が動揺していないことに複雑な気持ちになりながらも二人目の男へと視線を向ける。


 二人目の男は突如仲間が細切りにされようやく夢から覚めたらしい。メルトを恐怖に染まった眼で見る。


「で、あなたは私をアジトへ案内しますか?」


 男はものすごい勢いで顔を縦に振った。

 メルトはそれに「そうですか」とだけ言って魔法を発動させて男をほかの盗賊から離す。


 最初の男と同じように話されて自分も殺されるのではと思い、ただでさえ恐怖に染まっていた顔がさらに歪む。


「火焔魔法『炎蛇強襲』」


 気絶している盗賊たちのいる空間に体長2メートルの炎の蛇が生れ落ちる。その炎蛇は盗賊の一人に近づくと長い尾を巻き付けて焼き始める。


「う、なんだこ……ぎゃああ! あづいぃ!!」


 その盗賊は気絶からすぐに目を覚まして自らの状況を認識するより早く悲鳴とともに焼き尽くされた。その悲鳴によって周りの盗賊たち少しずつ目を覚まし始めて自らが捕らわれていること、さらに仲間を殺した炎蛇が放たれていることに気が付く。


「お、おいなんだよこれ。おい、早く出してくれっ!!」


 叫んだ男はメルトへと助けを求めるが、メルトは男を一瞥して、隔離されている男へと声をかける。


「さて、これから解放しますが妙なことはしないでください。妙な真似をしたら指を切り落とします」


「わ、わかった。しっかりアジトへ案内するからどうか、どうか殺さないでくれっ!」


 男はほかの仲間たちが炎蛇に焼き殺されているのに目もくれず必死に命乞いをする。


「えぇ、あなたがしっかり約束を守れば私は殺しませんよ」


 メルトは男へと約束をして男の拘束を解除する。


「さて、それではアジトへと案内お願いしますね。……えっと、お名前をうかがってもいいですか?」


「あ、あぁ。俺はテイルだ」


「そうですか。それじゃあ短い間ですがよろしくお願いしますねテイルさん」


 メルトはテイルを先頭に歩かせて盗賊団のアジトへと向かい始める。



*****



 メルトがテイルに案内をさせ始めて三十分ほどたった。現在得るとの所在地は街道からはずれた森の中にある建物の前にいる。その建物は一見してただの放置して廃れた家だが、それはどうやら見せかけだけで中には地下室がありそこに生活スペースがあるようだ。


「中にいるのは、た、たぶん5人だと思う。き、基本見張り以外のぜ、全員で襲撃するから」


 メルトはしどろもどろになりながら情報を吐き出すテイルに対して淡々と「それですべてですか?」と問う。


「あ、あぁこれですべてだ。な、なぁちゃんと全部喋ったんだから開放してくれるだろ」


 テイルは自分はちゃんと約束を守ったと主張して開放を主張する。その顔は一刻も早くこの場から去りたいという思いがありありと浮かんでいた。


「えぇ、あなたはちゃんと情報を吐いてくれたので私はあなたを殺しませんよ。さっどこかに消えてください」


「も、もちろんだ。もう二度とあんたの前に現れないことを約束する」


 テイルはメルトの許可が出たことに安堵してすぐさまその場から走り去っていく。


 テイルが去ってからもメルトはテイルの去った方角を見つめたままだ。


「召喚魔法『フォレストウルフ』……テイルを殺してきて」


 召喚陣から現れたのは体長1メートル前後の新緑の体毛を纏った狼だ。

 メルトによって召喚されたフォレストウルフは、テイルを殺すという命令に「ワンッ」と一鳴きすると狼の名に恥じぬ速度で森を駆け抜けてテイルを殺すべく追いかけ始める。


「"私は"殺しません。約束はちゃんと守ります。あなたを殺すのはフォレストウルフです」


 メルトはいまだ森をかけているであろうテイルへ向かいちゃんと約束は守ったと呟いて盗賊団のアジトへと目を向ける。


「さて、まずはどうやって盗賊を殲滅しようかな」


 テイルの情報が正しければ建物内にいる敵はせいぜい五人程度のはずだ。しかし中には盗賊に捕まった人たちもいるので中の人間を無差別に殺してしまう魔法は使用できない。


「となると隠密行動をとる必要があるけど、そんな魔法はないし、こんなことなら隠密系のスキル取っておけばよかったな」


 メルトは捕らわれている人をどうやって救出すればいいか迷ってしまう。


「隠密作戦ができないとなると、後は陽動作戦か。となると今回は、死霊魔法の出番か」


「死霊魔法『クリエイトアンデッド・ハイゾンビ』」


 魔法を唱えると直径一メートルほどの魔法陣が地面に現れ、直後地面から身長2メートルほどのゾンビが這い出てくる。その肉体は所々腐っていてさらに目玉が片方欠損しているまさに死人という風貌だ。


「くさっ、現実だとゾンビってこんな臭いのか!」


 ハイゾンビの見た目からして臭いのは当たり前なのだが、どうやらそこまで頭が回っていなかったらしい。


「あぁもうっ、とりあえず建物入り口から侵入して適当に暴れて!」


 ハイゾンビは細かい命令を聞くことはできないので大雑把に暴れろとだけ命令する。ハイゾンビはその命令で建物に向かい走り出し扉の前にたどり着くと扉を破壊して建物の中に侵入した。

 どうやら入り口付近にいた盗賊は2人だけだったようでハイゾンビの急襲に1人が襲われているなかでもう一人が大声で「敵襲ー!!」と叫び地下に居るであろう盗賊へ知らせる。


「くそっ、なんでアンデッドがこんなとこに湧いて出てくるんだよ! 普通死体のある場所に湧くもんだろうがっ」


 メルトが思った以上に奮戦している盗賊に感心していると、ちょうど地下から盗賊二人が武器を持って現れた。


「おいおい、お前らゾンビごときに何やられてるんだ……よっ」


 救援できた盗賊は苦戦してる仲間を茶化しながら手にしている剣でハイゾンビを一体切り伏せる。


「たくよぉ、こんな雑魚に何苦戦してんだか。ハルフィス様に感謝しろよお前ら!」


「仕方ないだろっ あんなのが襲ってくるなんて予想できるか!」


 ハルフィスの恩着せがましいたいどに起こった盗賊が反論してつかみかかる。


「おいおい、お前その手はなんだよ」


 ハルフィスは自分の胸倉を掴んでいる盗賊に目を細めて言う。その表情には先ほどのような陽気な雰囲気はなく、ただ何かおぞましい雰囲気だけがある。


「な、なんでもねえよ」


 盗賊はすねたようにハルフィスから手を離す。それにたいしてハルフィスは再び陽気な雰囲気を纏い、


「ならいんだよ。これからも俺とお前ら、仲良くやってこうなっ?」


 そう言いながら盗賊に方に腕を回す。盗賊は渋々ち「あぁ」とだけ返答する。


「で、さっきからこっちを観察しているお前さんは何もんだ?」


 急にハルフィスがメルトのいるほうへと視線を移して問うてくる。


 まさか見つかると思っていなかったメルトは諦めて木の裏から姿を現した。


「よくわかりましたね。まさか見つかると思いませんでしたよ」


 メルトは冷徹な自分という仮面をかぶり殺し合いもできるように心を切り替える。


「はん、伊達に元アルディラ騎士団に所属してたわけじゃねえからな。それでお前は冒険者だな」


 ハルフィスはメルトを自分たちを討伐するために来た冒険者と思っているようだが、実際はただ捕虜を救出に来たただの一般人だ。


「まぁ、一人でここまで来るんだ、結構やるんだろうな。もっとも、このハルフィスをやれるほど強いとも思えねえ」


 ハルフィスは自分の力に相当な自身があるのか陽気な表情を崩さない。そしておもむろに手のひらをメルトへと向けて魔術を発動する。


「エアースラスト!」


 ハルフィスの掌から不可視の刃がメルトへ迫る。


 メルトはその魔術に対して、同じような効果の魔法を発動する。


「大気魔法『エアースライス』」


 ハルフィスの横一文字の攻撃に対してメルトは縦一文字の魔法で迎撃する。

 両者のの攻撃の威力は互角だったようで相殺してしょうめつしてしまう。


「はっ、まさか不可視の攻撃を所見で避けられるなんて眼いいんだな」


 ハルフィスがメルトの眼を羨ましそうに褒める。

 

 メルトとしてはハルフィスの魔術を発動する方法に興味を持った。ハルフィスは魔法の属性名を口にしないで直接魔法を発動させた。それはメルトにとってあり得ない出来事だ。


「それはこちらも同じですよ。私の魔法を相殺するなんて、自信がなくなりそうです」


 メルトはとりあえず魔法に関する疑問は棚上げして煽ってくるハルフィスを煽り返す。と、そこで メルトへむかって盗賊が一人迫ってくる。


「おいっ、俺も忘れてるんじゃねえよ!」


 先ほどハルフィスに突っかかっていた盗賊がメルトのすぐ目の前まで迫ってきて横一文字に剣を振るう。


「忘れてなんていませんよ……っと」


 メルトは大気魔法で生成した刃を右掌に纏い盗賊の剣ごと縦に切り裂く。


「うわ、思ったよりも切れ味鋭い。今後気をつけよ」


 自ら纏った風刃の切れ味に軽く引きながらもハルフィスへの警戒は解かない。


「たく、実力差も分からねえのか」


 ハルフィスは頭を掻きむしりながら今しがた死んでいった仲間を蔑む。


「お前ら、あのガキは俺が相手をする。だからお前らはさっさとガイでも探して連れてこい」


 ハルフィスはいまだ戻ってこないガイを連れてくるように味方へ言う。


「さて、お行儀よく待ってるとはおもしれえなお前」


「別に、あなた方がどう足掻こうと死ぬことに変わりはないので」


 メルトはハルフィスにどのみち死ぬと煽り、


「召喚魔法『グリフォン』」


 グリフォンを召喚する。


「グリフォン、目の前のやつ以外を殺してください」


 グリフォンは了解とばかりに「ギュオッ」と一鳴きしてハルフィス以外の盗賊へ向かい突撃していく。


「させねえよっ」


 そんなグリフォンの行く手をハルフィスが剣で切りかかり妨害する。


 ハルフィスに守られた盗賊たち2人は別々の方向へ一斉に走り出す。メルトはそれを見てハルフィスを抑えるために魔法を発動する。


「死霊魔法『妖狐顕現』」


 メルトは先の攻防で生半可な攻撃では相殺されてしまうだけとみて、死霊魔法の中でも自らが開発した魔法を発動させる。

 

 妖狐顕現によって地面に紫紺色の魔術陣が現れてそこから黒い体毛と紅い瞳の目立つ一匹の妖狐が顕現した。

 


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