第3話 現実

 日が傾き暗くなり始めるころ、馬車などが走れるように整備された道を一人の少女が歩いている。

 その少女、ベゴニアの花が描かれた白いワンピースに青色の星々が描かれたひざ下まである黒いローブ纏い腰まである銀髪を揺らす美少女メルトは大きなため息をこぼす。


「はぁ、ここらで空路使うべきか。でももしもばれたらどうなるかわからないしなぁ」


 メルトは数時間前に忠告されたとおり空路の使用を控え陸路で学術都市アテナルへと向かっている。


「陸路を移動する召喚獣がいないのが痛すぎる。それにどうやって夜を過ごせばいいのか」


 魔物に気を付けながらこの道中でどうやって夜を越すかに頭を悩ます。


「まぁ何とかなるか。それにしても……夕日と混ざってこの景色は絶景としか言えないな」


 メルトは半ば現実逃避気味にあたりの景色へ視線を移す。広大な自然を夕日が照らすさまは、日中の太陽が照らす自然とはまた別の感動をメルトへと与える。


 ーーぐうぅぅ


 日本では見ることのできなかった自然に感動していたメルトは自らのお腹が鳴る音で現実に戻される。そして自らのお腹をさすり自分が転生してから何も飲み食いしていないことを思い出す。


「そういえばずっと何も食べてない……。何か食べたいけど、手持ちに食べ物がないんだよな」


 美しい景色に意識が向いていたが、数時間も飲まず食わずで歩いていれば流石に喉の渇きや空腹はごまかしがきかなくなってくる。


「どこかで水と食べ物の調達しないとだけど、他国のお金なんて持っていないし。最悪川でも見つけて水を飲むしかないな……ってあれは、もしかしなくても馬車なのでは?」


 お腹をさすりながら歩むスピードを少し上げたメルトは街道のはずれに1台の馬車が止まっていることに気が付く。


 もしかしたら食料を分けてもらえるかもしれないと思い馬車に向かって行く。


 **


「あれ、誰もいないのかな。それに馬車なのに馬がいない……」


 馬車に近づいたメルトは馬車から人の気配がしないことに気が付き、御者台には馬がつながれていないことに気が付く。


「あのー、誰かいませんかー。ドア開けますよー!」


 嫌な予感を感じながら空腹がひどくなってきたメルトはだれもいないならばせめて食糧だけでも貰おうと馬車の扉を開ける。


「な、にこれ……」


 しかし、そんなメルトの楽観思考は腹部に穴をあけられ恐怖に顔を歪ませた死体をみてここが過酷な異世界だということを思い知らせる。


「うぷっ、おえぇぇぇ!!」


 ーービチャビチャッ!


 メルトは初めて見る死体に吐き気を催し嘔吐するも、空っぽの胃では吐き出すものは胃液以外になく胃液が喉を逆流して地面に吐き出される。しかし、嘔吐したにもかかわらず吐き気は一向に収まることない。

 しばらく吐き続けてようやく吐き気が収まったメルトは急いで馬車の外へと出ていく。


「はぁ はぁ、ゲホッ」


 今まで平和な世界で生きていたメルトにとって人の死、特に殺害された死体への耐性は皆無といっていい。



  ***



 ようやく吐き気が収まったメルトは馬車から完全に日が沈み明かりは月明りのみとなった街道を見る。


「……先に進もう。流石に死体と一緒に夜を過ごすのはごめんだ」


 メルトは酸っぱい匂いや死臭の漂う場所からできるだけ離れるために見通しの悪い中先へ進もうと歩み始める。


 夜道を歩くメルトは初めて惨殺体を目の当たりにしたにもかかわらず冷静そのものだった。それは元来の性格ゆえなのか異世界転生した影響からなのか本人ですら回答を持ち合わせていない。


 メルトはそんな回答のない疑問を考えないように先に進むことだけを考えようとしたとき、前方から足音が聞こえてくることに気が付く。


「これは、人の足音。それも結構人数がいる」


 前方から向かってくる集団は一定の速度でこちらに近づいてきている。そこから相手は魔物ではないことがわかる。

しかしなぜこんな見通しの悪い夜に明かりすらつけない人間の集団が歩いているのだろうと疑問に思っていると、視界に入ってた集団の格好をみて納得した。


 前方の集団の人間はおそらく血で汚れたであろう服を纏っている。その恰好から盗賊なのだろう。一瞬逃げるべきか迷う。

 数瞬して逃げようと決めたメルトは、しかしその決断は少し遅かった。


 前方の盗賊たちもメルトを見つけたようで、集団の中から1人だけきれいな服を着た男が突出してメルトの前で馬から下りる。


「おや、こんな暗い中一人で散歩とはどうしたのかな?」


「え、えと……」


 予想に反して優しく丁寧な口調で話しかけてきた相手にメルトは動揺して口ごもってしまう。それを見て怖がっているとおもったらしい相手の男性は、


「怖がらなくて大丈夫だよ。俺の名前はガイというんだ。よかったら村まで送り届けてあげる」


 明らかにお兄さんなんて見た目をしてない厳つい見た目のガイがメルトのもとへと近づいてくる。


「ひっ、来るな!」


 ガイからは何も感じなかったがガイの後ろにいた人間の気味の悪い視線に気が付きとっさにバックステップで距離を離す。


 ただの小娘と思っていたガイたちはメルトに拒絶されると先ほどまで浮かべていた笑みを潜める。


「おいおい、こっちが優しくしてあげてるうちにおとなしくついてきたほうが身のためだぜ」


 ガイの仲間の一人がメルトへ脅迫のような声掛けをしてくる。相手の眼は素人でもわかるほど欲望に染まっている。

 今までぶつけられたことのない種類の視線をぶつけられたメルトは自ら先頭の火ぶたを切ってしまう。


「あ、あなたたちは盗賊ですよね。なんでこんなことするんですか」


 メルトはなんとか戦闘しないで逃げようと対話を試みる。


 まずは相手が何を目的にしているのか聞きだそうとして、しかしそれは場所と言葉選びが悪かった。歩いたとはいえいまだ馬車とは目と鼻の距離だ。

 おかげでメルトは目の前の盗賊たちにに誤解を与えてしまった。


「あ? あー、そういうことか、嬢ちゃん昼間の商人の連れかなんかか。女と金目の物はすべて盗ったと思ったがまさかかどこかに隠れてたとは思わんかった。まぁそれにしても運が悪いな結局見つかっちまうんだから」


「で、なんでこんなことするかだっけか。そりゃもちろん楽しいからだろ。それに嬢ちゃんみたいな上玉は俺らで楽しんだ後でも結構な額で売れんだ」


 ガイは笑みを浮かべながら予想する中で最も最低な答えを提示した。

 

 これほどまでメルトにとって絶望的な展開はないだろう。異世界転生したと思ったら即盗賊に出くわしてしまうなど、考えうる限りで最悪の部類ではないだろうか。


 メルトの脳内が絶望で染められかけた時、ふと魔法の存在を思い出す。ショックな出来事続きで忘れていたがメルトは凄腕の魔法使いである、目の前の盗賊くらいからならなんなく逃げることも可能だ。

 そうと決まれば話は早い。メルトはさっそく雷属性のエンチャントを纏おうと魔力を練る。


「おっと、魔術を使おうたってそうはいかないぜ。嬢ちゃんのお仲間の女がどうなってもいいってならべつだが。おいっ、こいつを取り囲め! 小娘とはいえ魔術師だ油断すんじゃねえぞ!」


 ガイは仲間にメルトを取り囲むように指示を出す。盗賊一味は素早くメルトを取り囲む。


 メルトは盗賊の動きなど気にせずに逃げるべきだと思うが、メルトの良心が人質を見捨ててもよいのかと足を止める。


 緊張の面持ちのメルトに何を思ったのかガイはいやらしい笑みを浮かべて、


「さて、魔術師の嬢ちゃんにチャンスをやる。俺ら全員を殺せたら人質もろとも開放してやろう」


 とおどけた様子で宣言する。それはまるでメルトでは絶対にできないと確信しているようで、メルトはガイの挑発に乗ってしまう。


「大気魔法『エアスタンプ』!」


 上空から空気の塊をたたきつける魔法を盗賊へ向けて放つ。もちろん殺さないように手加減をしての攻撃だが、人間相手に使った罪悪感で胸が締め付けられそうになる。


 ガイは自らの上空に魔力の塊ができたのを確認してとっさに指示を出す。


「お前ら避けろっ!」


 盗賊たちは何の迷いもなくメルトの攻撃範囲外へと退避して魔法攻撃は空振りの結果となる。


「はっ、いきなり魔術を撃ってくるなんてあぶねぇじゃねえか! お前のほうが俺らより野蛮だなぁっ」


 余裕の表情を崩さずに挑発をするガイだが、表情とは裏腹に内心ではメルトの予想外の実力に焦りを感じていた。

 今の攻撃は相手が魔術名を唱えたのと、こちらを殺さないように配慮したから回避の指示を出すことができた。だがもしも手加減一切なしで殺しに来られていたら、おそらくガイも避け切れなかっただろう。


 そんなガイの内心など知らないメルトは手加減したとはいえガイたちが自分の攻撃を軽々避けたように映る。


「よしお前ら、殺さない程度に痛めつけてやれ!」


 ガイの号令と同時に囲んでいる盗賊たちが一斉に飛び出してくる。


「大地魔法『ロックウォール』!」


 とっさに前方以外を岩の壁で多い相手の進入路を一つに絞る。唐突に現れた岩の壁に走る勢いを止められず何人かがぶつかるがそれほどの速度で走っていたわけではないかったので戦闘不能に追いやることはできなかった。


「おら、泣き叫べや!」


 目の前から叫びながら殴りかかってくる盗賊を雷鳴属性のエンチャントを宿した体で迎え撃つ。雷鳴属性は名前の通り雷を司る属性でそれを体に付与すると移動速度が大幅に上がる。もちろん訓練は必要だがそこは曲がりなりにも宮廷魔術師代表を務めていたのだ、たとえ動揺していたとしてもエンチャントを失敗などありえない。


 相手の拳を身体を横に捻って避け、相手が目の前に来るタイミングでみぞおちに膝蹴りで意識を落とす。相手は殺すつもりがないのか武器を抜こうとしない。それが功を制してメルトは約半数の敵の意識を刈り取ることができた。


「ちっ、このままだとこっちがやられるな。お前らっ、生け捕りは諦めてさっさと殺すぞ!」


 ガイは魔術師相手には接近戦に持ち込めればどうとでもなると思っていたが、それが間違いだと仲間の半数を犠牲にして思い知る。だがガイにはまだ10人の仲間がいる。ましてや先程とは違い剣を抜いて殺す気だ。これならばいくら凄腕の魔術師でも早々負けはしない。


「まさかそんな強いとは思わなかったぜ。せっかくの上玉なのに殺さないといけないなんて残念だ」


 ガイが言うや同時飛び出してくる。ほかの盗賊とはけた違いのスピードでメルトの懐へと潜り込み鞘から剣を抜き袈裟懸けに斬りつける。

 メルトはガイの予想外の速度に一瞬慌てるが、すぐに目の前に岩壁を出現させて防御を行いながら後ろに距離をとる。そして岩壁を解除しガイの姿を確認しようとして姿が見当たらないことに気が付く。


「いったいどこに」


 ほんの少し視界から外しただけでガイの姿を見失ったメルトはガイがどこに行ったのかあたりを見回す。


「こっちだぜ嬢ちゃんッ」


 メルトが声の聞こえた上空に視線を向けるとすでにガイは剣を振りかぶっている。


「火焔魔法『炎槍』ッ!!」


 とっさにガイに向かい炎槍を発動する。それは咄嗟の攻撃だったこともあり手加減抜きだ。炎槍はガイの胴体めがけて飛んで行きそのままガイを串刺しにするかと思われた。

 しかしガイは驚くべきことに空中で体を捻り紙一重で炎槍を回避する。そしてそのままメルト目掛け上段切りを放つ。


 「これで終いだ。恨むなら自分の実力を恨みな」


 ガイの斬撃がメルトの脳天へと吸い込まれそしてメルトはーー

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