第2話 初コミュニケーション

 ゴブリンの処理を終わらせたメルトは改めて周囲の地形を確認する。


「やっぱりウロボロスとよく似てる。東へ向かえばもしかしたらアレイ皇国につくかもしれない」


 ウロボロスと同じ世界だとすれば東へ進めばアレイ皇国にたどり着くことができるかもしれない。


 宙に杖を向けて魔法陣を展開する。


「召喚魔法『グリフォン』」


「ギュオオオオオ!!」


 空中に展開された魔法陣から鳴き声とともに鷲の頭と獅子の体を持った生物が大きな翼をはためかせながら地面に降り立つ。


 グリフォンはメルトが乗りやすいようにその場にしゃがむ。


「それでは東にあるアレイ皇国へと向かってくれ」


「ギュオオッ!」


 背に乗ったメルトがグリフォンに命令をすると「了解」というように元気よく鳴き大空に飛び上がる。


「うっわ、ほんとにゲームとは違う。すごく怖い!」


 メルトの肉体になったとはいえ現実で初めての空の旅はやはりそれなりの恐怖を感じるものだ。


「うぅ、このスピードはさすがに怖くてつらい。グリフォンもう少しスピードを落として飛んで」


「ギュオッ」


 思わずといった様子でスピードを緩めるように指示をする。


 なれない空中を車と同程度の速度で飛んでいたグリフォンはメルトの言葉を受けてスピードを時速50キロから時速25キロくらいまで落として空の旅を続行する。


  ***


「あぁ、風は気持ちいいし景色はいいし異世界転生してよかったー」


 空の旅を始めて約2時間、メルトはグリフォンの背で異世界の景色を堪能していた。


 メルトの眼下にはのどかな草原とそこを歩いているゴブリンたちの姿が映っている。自らの右腕に傷をつけた憎きゴブリンといえ絶景を眺めて気分の良いメルトにとっては風に揺蕩う草に様々な変化を与えるオブジェクトに過ぎない。


「うーんそれにしても、草原を行進しているゴブリンとは……異世界って感じがしていい景色だ……うん?」


 メルトが草原のゴブリンを見て改めてここが異世界だと感じていると、草原の奥に城壁らしき建造物が視界に飛び込んでくる。


「よかった、何とか街につくことが出来そうだ」


 メルトは何とか日が沈む前に街へたどり着けたことに安堵の息を漏らす。


「グリフォン、ここで降ろしてくれ」


 もしもここがアレイ皇国でない場合を考慮してメルトは城壁から少し離れた人目のつかないところで地面に降りたった。


「ありがとう、グリフォン。また何かあったらよろしく頼むぞ」


 メルトはグリフォンの頭をなでるとグリフォンの召喚を解除する。


「よし、それじゃあ行くか」


 グリフォンの姿が消えるとメルトは城壁の門へと向かって歩き出す。


  ***


「結構歩いた気がする。これならもう少し近くで降りればよかった」


 メルトは思っていたよりも距離があることに降りる場所を間違えたと後悔しながら歩き、30分くらいかけて門の前に到着した。


 門の入り口にはウロボロスでは見たことのない鎧を纏った騎士が立っており、その前には一般人らしき人間が何かカードらしきものを提示しているのが見える。


 メルトが騎士の前に立つと騎士はメルトに向かい、


「身分証の提示をお願いします」


 と言った。


「え、身分証?」


 まさか身分証が必要だと思ってもみなかったメルトは唖然と騎士の男を見る。


「はい。身分証を確認させてください」


 メルトは騎士の言葉にいまだ嗜好が追いついておらずに呆然と騎士を見つめている。すると騎士は何かを察したような顔で問いかけてくる。


「もしかして、身分証を持っていないのかな?」


 ここでようやく、メルトの思考が復活する。


「は、はい。実は途中で落としてしまって……」


 しどろもどろになりながらもなんとか言い訳をするメルトに騎士は困ったような顔をする。


「うーん、だとすると150アルドを払ってもらわないといけないけど払える?」


 もしかしたら王都内で発行してもらえるかもと思っていたのだが、そう簡単に王都に入ることはできないらしい。


「うっ、実はお財布もその時に一緒に落としてしまって……」


「何も持っていない……と、それだと申し訳ないんだけど王都に入れることはできないかな」


「そ、そんな……それじゃ私はどこで夜を越せばいいんですか!?」


 思わず声を荒げてしまう。


「僕も子供相手にこんなことを言いたくはないけど、これも規則だからどうしようもないんだ」


「そ、そこを何とか! 一晩泊めていただいたら明日には出ていきますから!!」


 メルトは見知らぬ土地で一夜を過ごすのはさすがにまずいと思い何とか泊めてもらおうと必死に食い下がる。


「そういわれてもねぇ……今の時世、身分の証明もできなくてお金も払えない人を王都に入れることはできないんだよ」


 それでもメルトを王都に入れることはないと断られてしまい、項垂れてしまう。


「おーい、さっきから何してるんだイラぁ?」


 メルトがこれからどうしようかと考えていると、騎士の後方から鎧ではなく軍服を着た赤い髪と紅い瞳の青年が声をかける。その男性はメルトの前に立っている騎士に視線を向け、次にメルトへ視線を向ける。


「……それで、二人はさっきから何してるんだ?」


「実は、彼女が身分証や金銭の類を落としてしまったらしく何とか一晩泊めてもらいたと言ってまして」

 

 イラと呼ばれた目の前の騎士は軍服の青年に困ったように相談をし始める。


「なるほど、見た感じまだ子供だしもし追い返して死なれでもしたら罪悪感が強いってところか?」


 青年はイラをからかいながらメルトに冷淡な視線を向ける。


「うっ」


 メルトは青年の観察するような冷淡な視線を受けて思わずたじろいでしまう。


「まぁ大丈夫でしょ。ここまで一人で来たみたいだし、ある程度の実力はあるみたいだからさ」


 青年はイラへ優しく言葉をかけ、メルトに微笑む。


「さて、それで君はこれからどこに向かうつもりかな? もし決まってないんだったらここから東に進んだところにある学術都市アテナルに行くといい。ここから一番近くて唯一身分の証明が無料で猶予をもらえるから」


「は、はいありがとうございます」


「あ、敵と見間違えてしまうから空路はあまり使わないように……それでは道中気をつけて行ってね」


 さっそく人目のつかないところでグリフォンに乗って学術都市アテナルへ向かおうと思っていたメルトに青年がくぎを刺すように言う。


「は、はい!」


 まさか空路を使っていたことがばれているとは思っていなかったメルトは若干動揺しながらも早歩きでその場を後にする。


  ***


 銀髪の少女が早歩きで学術都市アテナルへと向かって行くのを確認してイアに視線を移す。


「さて、それじゃ私は本部に戻るとするか、そうだ、私はこの後食事をするのだがイアはどうする?」


「はっ、差し支えなければご同行させていただきたく思います」


 特にこの後用事のないイアは上官である青年に同行することにする。


「心配か?」


 それはつい先ほどイアが追い返した少女のことを言っているのだろう。


「はい、いくら実力があるとはいえ外は危険です。魔物だけなら問題ないかもしれませんが、敵は何も魔物だけではありません」


「そうだな。外は魔物のみならず盗賊なども襲ってくるからな」


「でしたらなぜっ あの場で追い返したりなどしたのですか!」


 声を荒げたイアに対して青年は、冷めた眼差しを向ける。


「……っ 申し訳ありません中佐。取り乱してしまいました」


 青年のまなざしを受けて正気に戻ったイアが青年へと謝罪する。すると青年はふっ と微笑んだ。


「かまわない。私もお前の気持ちがわからないでもない。しかし、あの少女に限って言えば不要な心配というべきだ」


 イアは青年の言わんとしていることが理解できずに怪訝な表情をする。


「不要とはどういうことでしょうか?」


「私の眼については知っているな?」


 青年が自らの瞳を指さし問いかけてくる。


「もちろんです。アドル中佐の他人の魔力量を視認することのできる魔眼は騎士団でも有名ですから」


「そうだ、私は任意で他人の魔力量を視認することができる。だが、例外もいるのだ、稀に異質魔力を持つ人間が現れる。その人間の魔力は私の意志と関係なく微量ではあるが視認することができてしまう、さらにその人間は私が出会った中では全員が実力者でもあった」


 イアはそこでようやくアドルの言わんとしていることを理解した。


「……つまり、先ほどの少女はその例外に当てはまるということですか」


「そうだ、心配なのも分かるがあのような危険な人間を王都アルデバランに入れるわけにはいかない。しばらくは下手に動かず学術都市アテナルにて監視にとどめる」


「なるほど、中佐がそこまで言うほどの実力者であるのですね」


 イアはアドルが虚偽を言うことはないと思いその説明で納得する。


「……まぁ、敵であれば始末するが、味方であればどうにかして引き込みたいものだ。……さて、心配事も解消したらしいな、それでは食事に向かうぞ」


 アドルは誰にも聞こえない声量で呟いたのち、気軽な様子でイアに声をかけ街中へ繰り出す。


「はっ」


 アドルの本心を知らないイアは無邪気にその背を追い街明かりが賑わう夜の街へと消えていく。

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