ウロボロスより異世界へ

聖瑞水琴

第1章 ウロボロスより

第1話 異世界へ行く日

西暦2070年に世界初のフルダイブ型VRゲームが実装された。初めは健康面への影響などを疑問視されていたが、時が過ぎるにつれ疑問視する人間は少数派となっていった。

 そしてそれから半世紀が過ぎた2120年。フルダイブ技術はゲームのみならず、研究面や軍事面、さらには医療面でも目覚ましい活躍を見せる。

 しかしながら、一般家庭ではバーチャル空間で仕事をする人間やゲームをする人間以外は未だに高価なものであるということもありそこまで普及していない。


そんな現代において日本で今最も人気のあるオンラインVRMMOゲーム『ウロボロス』は、多彩なキャラメイク、自由に移動のできるオープンワールド、さらに条件さえ満たせば国家やギルドなどの組織を立ち上げることもできる。他にも多彩なジョブやゲーム内の素材もあることから、もう一つの現実世界と呼べるゲームだ。



  ***



 広大な草原の中央に腰までの長さの透き通った銀髪とアルビノを思わせる白い肌の紅い瞳を持った美少女が立っている。


「ふあ~。もう朝五時かぁ。」


 水無月夜宵のウロボロス内でのアバターであるメルトと呼ばれる少女は、そろそろ寝ようかと思いメニューからログアウトのボタンを押して現実へと戻る。


 **

 

 現実に戻ってきた夜宵はベッドから起き上がり着替え始める。


「ようやく装備を全部作り終えたよ。明日から国政の手伝いしないとな」


 着替えながら夜宵はウロボロスでの今後の予定を考えていた。ウロボロス内での夜宵の立ち位置は友人が作った国家であるアレイ皇国の宮廷魔術師代表という重鎮だ。


 最近は政の手伝いもせずに自分の装備を製作するために各地を旅しながら素材集め等をしていたため国家の仕事をおろそかにしていた。

 おかげで皇帝であり友人であるパンドラからの仕事が溜まっていて結構な量になっているので明日から少しずつ消化していくことにしようと決める。


「よしっ、明日起きたら頑張って仕事を消化するか!」


 今日の予定も決めて、さぁ寝るぞというところで大きな地鳴りが鳴り始める。地鳴りは最近多発していたため慣れているが、今回は地鳴りの直後に大きな地震が起こった。


 あまりにも大きな揺れについに立っていられなくなった夜宵は四肢を地面につく。


 ーーバキッ


「何の音だ……」


 天井から変な音が聞こえ、視線を天井に移す。


 視線の先に会った天井には罅が入っており、嫌な予感を感じた夜宵が逃げる暇もなく崩れてくる。


「わぁっ!?」


 なんとかその場から逃げようとする先ほどから続く揺れのせいでその場から動けなかった。そして夜宵はなすすべもなく瓦礫に潰されてその命を終わらせてしまったのだった。



  ***



 目が覚めると目の前に広がっていたのは今までウロボロス内でよく見たことのある広大な草原だった。


「あれ、いつの間にログインしたんだろう。それにしても風がこんなに気持ちいいものだったなんて知らなかったな」


 銀髪の少女ーーメルトは吹き抜ける風の感覚を楽しむ。


 普段は仕事以外で外出することのないメルトは、風にあたることがこんなにも気持ちいのかと感慨に耽っていた。


「グギャギャ!!」


 暫く風に吹かれていると、周囲から気色の悪い鳴き声がたくさん聞こえてくる。その鳴き声はゴブリンというどこにでもいる雑食性の魔物だ。


「せっかく気持ちよく風に吹かれてたのに。ん、なんかいつもと違う気がする」

 

メルトを囲むように現れたゴブリン約20匹は、今までと違い薄汚れた麻布に身を包んだ姿をしていて、より不潔に見える。そしてかすかにだが生臭いにおいがする。


「あれ、おかしいな。今の技術じゃ嗅覚は再現できないとか言っていたはずなんだけど、どういうことだ。それによく考えたら触覚もこんなにリアルに表現できていなかったし」


 そう、現代の技術力だと、どう頑張っても触覚は実際よりも感度は悪くなるし、嗅覚は再現できていなかったはずなのだ。だというのにまるで現実にいると錯覚させるようなこの感覚は何なのだろうか。


「グギャ! グギャギャギャッ!」


 メルトが違和感について考えていると、ゴブリンたちは鳴き声をあげながら襲い掛かってきた。ゴブリンが近づくにつれて匂いもひどくなってきて、不快感が増してくる。


「とりあえず倒すか」


 懐から杖を出して一振りする。


「火焔魔法『マルチファイアアロー』」


 正面に展開された魔法陣からは炎の矢が複数現れて、襲い掛かるゴブリンを射抜く。


「で、何を考えていたんだったか……あぁ違和感だ。そもそも私はいつログインしたんだ」


 そう、メルトはなぜ今ログインしているのかがわからないのだ。ログアウトしたまでの記憶はあるが、それ以降が靄がかかったように思い出せなかった。


「……地震」


 しばらく考えてふと口にした単語を脳裏で反芻していると、徐々に靄が晴れてくる。


「そうだ、確かあの後大きな地震があって、上から瓦礫が降ってきたんだ」


 メルトは思い出した記憶から自分が、瓦礫につぶされて死んだのだという考えに至る。


 自分が死んだということにショックを受けていると、風切り音とともに一本の矢がメルトの頬を掠める。


「いったあああああああ!」


 メルトは痛みに呻きながら矢が飛んできた方向へ杖を振るう。


「氷雪魔法『アイスアロー』!」


氷の矢がメルトに矢を射た何かを射抜いた。


「げっ、まだいたのか」


 草むらから出てきたのはやはりというべきかゴブリンの弓兵だったようだ。しかし先ほどのゴブリンは知能のかけらも感じさせられなかったのに対して今のゴブリンは隠れ敵をうかがっていたことから知能がなかったなんてとてもではないが言えない。


「大気魔法『カマイタチ』」


 メルトが横一文字に杖を振るうと、その先から一筋の斬撃が生まれた。


 その斬撃は草原の草を切り裂きながらゴブリンのもとへ襲い掛かり、数匹居たゴブリンの胴体を切り裂いた。


「くそっ、まさか不意打ちを食らうなんて。ゴブリンが奇襲ってあり得ないだろ……って、メニューが開かない? まさか……」


 メルトは愚痴りながらもアイテムボックスを開こうとするが開かないことでまさかと思っていたことが確信に変わる。


「嘘だろ」


 メルトは大きく溜息をついてその場にうなだれる。


「実際に異世界転生とか最悪すぎるっ!」


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