ウロボロスより異世界へ
聖瑞水琴
第1章 ウロボロスより
第1話 異世界へ行く日
西暦2070年、世界発のフルダイブ型VR機器がこの世に現れた。半世紀以上前から開発の進められていたそれに世界は新時代の到来を確信し、実際に新時代は訪れた。
ゲームや医療機器、精密動作が必要となる機械の制御など様々な分野へ瞬く間に広がったフルダイブ技術は、様々な懸念を残しつつもゆっくりと世に浸透した。
そして更に時がたった2120年、フルダイブ技術が当たり前のものとなった時代に、とあるVRMMOゲームが存在した。
多彩な設定で自由にカスタマイズできるキャラメイク、レーティング指定以外であればほとんど制限が存在しないゲーム『ウロボロスオンライン』は全サーバーのプレイヤー数が2000万人を超える大ヒットゲームである。
*****
広大という言葉がお似合いな草原を一人の少女が歩いている。
白い肌に腰まで伸びる銀髪、釣り目気味で青藍色の瞳を持儚い少女、メルト・バルゼルトは、儚い雰囲気と真逆の声音で不満をつぶやく。
「なんで今更こんな初心者エリアでゴブリン狩りをしなきゃいけないんだ。王様だから仕方ないんだろうけど、俺を扱き使わないでほしいよ」
声色こそ少女のそれだが、口調は男性のメルトは眉間に皺を寄せながらアイテムボックスからボスを召喚するアイテム『ゴブリンキングの呼子笛』を取り出す。
笛を口に咥え息を吹きかけると、穏やかな雰囲気だった草原が騒がしくなる。
アイテムの効果で現れたゴブリンはおよそ100体だが、他よりも体格が大きいゴブリンが五体ほどいた。
「あれはゴブリンナイトか。せっかくならゴブリンロードとかの最上位種族が出てほしかったな」
通常のゴブリンよりも上位存在であるゴブリンナイトであろうとメルトにとっては誤差程度の違いでしかない。
「ただ魔法で殲滅してもつまらないし剣で倒してみようかな」
「大地魔法『武具創造』」
魔法を行使して地面から一振りの長剣を創造する。
剣を手に取ったメルトは、さっそくとばかりに一番近くにいたゴブリンを断ち切る。
ゴブリンたちは仲間の死にひるむことなく続々とメルトに殺到する。
見切ることもできずに仲間が殺されたら多少は動揺というものをするはずだが、しょせんはゲームのAIというべきか。
メルトもそんなゴブリンたちに好戦的な笑みを浮かべつつ次々と屠っていく。
およそ2分程度が経過したころ、メルトの周りにはゴブリンたちのドロップアイテムで埋め尽くされていた。
本来近接系のスキルを保持していないメルトでも初心者エリアのモンスターならば剣一振りで対処が可能なことが証明される。
「やっぱ試すにしてももうちょい強いとこ行かないとダメだな」
呟きつつさっさと仕事を終わらせようとドロップアイテムを拾い集める。
*****
その後もゴブリン狩りを何度かこなし、さすがに疲れたと空を見上げる。
いつの間にか夜となっていた空には、現代では見ることの叶わない広大な星空が浮かんでいる。
「疲れはしたけど、この星空を見れるのはよかったな」
作業自体は単調で退屈だったが、空に浮かぶ星空は荒んだ心を洗い流されるようだ。
「ふぁぁ、もう朝3時かぁ。街に戻るのは明日でいいか」
眠気に誘われ時間を確認するといつの間にか朝の3時となっていた。
翌日も平日で仕事があるメルトはメニューからログアウトを選択し、現実世界へログアウトをする。
*****
ベッドから起き上がりヘッドギアを取り外したメルト改め青年、水無月夜宵は、着衣を脱ぎ睡眠のため寝巻に着替える。
「明日は何をしようかな。……そういえば、皇龍の素材があるし新しい装備作りでもするかな。 あぁでも明日は定例の会議があるのか」
着替えや歯磨きなど寝る準備をしつつウロボロスでの明日の予定を考えていた。
ウロボロス内で夜宵の立場は友人が作った国家である、アレイ皇国の宮廷魔術師の第一席という重鎮である。
少し前に遠出で狩りをしていた時にたまった作業が溜まっているという状況だ。
本日のゴブリン狩りも溜まっていた作業の一つで、メルト以外のメンバーが時間が取れないため仕方なくメルトに役割が回った来たモノだ。
その上、明日は大事な会議とかで城に集合するようにとのことだった。
「大事なことって何だろう? 通話ではやけに楽しそうだったけど」
まぁ明日の会議で確認すればいいかとベッドに座ったタイミングで、地鳴が響く。
「最近地鳴が多いなぁ。 災害対策は万全にしとかないとかもな」
最近多発している地鳴に一抹の不安を感じつつも普段通り何もないだろうと眠ろうとベッドに横になる。
しかし、今日の地鳴はすぐにはおさまらず、やがて大きな揺れとなりベッドから立ち上がることも困難となる。
ーー バキッ
「何の音だ……」
嫌な音が天井から聞こえ、視線を移す。
視線の先に映る天井には亀裂が走っており、今にも崩れそうだ。
「は、早く逃げなきゃ!」
ベッドから下り玄関へ走ろうとするが、ベッドから何とか立ち上がったタイミングでついに天井が崩れる。
「あぁっ!」
何とか降り注ぐ瓦礫を避けようと足を動かすが、先ほどから続く揺れにより思ったより進むことが出来ず、ついには瓦礫に押しつぶされる。
「誰か……助けて……」
激しい痛みにと共に夜宵の意識は暗闇に落ちる。
*****
気持ちの良い風を感じ、メルトはゆっくりと瞼を開ける。
草の感覚や心地よいそよ風が肌を撫でる感覚にしばらく呆然と空を見上げる。しばらくそうしていると、意識がはっきりしてきたのか勢いよく身体を起こす。
「まさかゲームの中で寝ちゃってた!?」
銀髪の少女、メルトは慌てて現在時刻を確認するべくメニューを開こうとする。
しかし、メルトの考えとは裏腹にいつまでたってもメニューが表示されない。
「な、メニューが表示されない。 何かのバグ?」
焦りつつも周囲の景色を見渡してみる。つい先ほどまでゴブリン狩りをしていた草原とそっくりだが、遠くにうっすらとだが城塞のような壁が見える。
この草原からの描画範囲には少なくとも城塞の類は確認できないはずだがどういうことだろうと疑問に思っていると、悪臭がメルトの周囲に漂い出した。
「うっ、なんだこの臭いは」
ゲームの世界では決して感じることのできない悪臭に顔を顰めつつ周りを見渡すと、いつのまにか発生したのかゴブリンの群れがメルトに下卑た笑みを浮かべている。
普段の装いとは異なり、明らかに不衛生な見た目の麻布に身を包み、口からは涎を垂らしながらメルトに向かい歩いてくる。
ここでついにメルトは現在、異常事態に巻き込まれていると悟る。
「ウロボロスでこんなゴブリンは見たことないし、そもそも五感がこんな鮮明に感じるのもおかしい」
現代のVR技術において、現実とほぼ同等の五感は再現できていないはずだ。少なくとも一般に普及はしていない。しかし、メルトが現在感じている感覚は現実と遜色のないものだ。そもそもとして、メルトの使用しているVR機器は一般人が手に入れることが可能な代物であるため、ほぼ現実のような世界を処理するにはスペックが足りていないはずだ。
「まさか……っ!」
突拍子のない憶測が口を出る瞬間、 顔目掛け飛んできた一本の矢を避ける。咄嗟だったこともあり完全に避け切る事ができず頬を掠めてしまったが、その程度では特に問題は無いはずだった。
「痛っ」
矢が掠めた頬に鋭い痛みが走り、右手で押さえる。
まるで実際に刃物などで斬られたような痛みに顔を顰めつつ、ようやく今の状況がゴブリンに囲まれていることを思い出す。
メルトは左手に持つ杖を振るい矢を射ったと思われるゴブリンの周囲目掛け魔法を発現させる。
「氷雪魔法『アイスランス 属性付与:爆』」
メルトの背後に発現した氷槍が一匹のゴブリンに突き刺さり、直後に周囲のゴブリンを巻き込むように爆発を起こす。
数匹生き残りがいたので再度魔法を発現させようとしたところで、ゴブリンたちは恐慌状態に陥ったようにメルトから逃げ去った。
「ゴブリンが逃げた? ゴブリンにそんな知能はないはず」
ウロボロスにおいて、ゴブリンとは最弱モンスターの一種でどんなに仲間が倒されようと逃げることをしない。
しかし、今メルトの目には恐怖に飲まれ逃げるゴブリンたちが映っている。
痛覚の存在や、先ほどから流れる血と更にはいつまでも消えないゴブリンの死体についにメルトは現状を把握する。
いくら普段から異世界転生や異世界転移に憧れていようと、実際に体験するのはまっぴらごめんだ。ましてや剣と魔法の世界など、現代日本で平和に暮らしていたメルトにとってはあまりにも世界や価値観が異なりすぎる。
故にメルトは目の前のどうしようもない現実に項垂れるしかない。
「ガチの異世界とか最悪が過ぎる……」
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