外伝:蝮と虎と油売り③

尾張国 古渡城

 「それで儂の援助が必要……と?」

 「はい。約束を破って攻めてくる、そんなの言語道断だとは思いませんか」

 信秀は既知の通り、大和守やまとのかみ信友のぶともの有力家臣の一人だ。経済力を武器にして一気に尾張国内の有力者へと成り上がった。頼純は信友に話を通したが、たらい回しにされかけて諦めたので信秀の所へやって来た。

 

 「土岐頼芸と斎藤利政。必ず彼らは首にして眼前に」

 そういう頼純の目は強い決意が現れていた。大桑城を攻められたことがよほど悔しかったんだろう。


 「頼芸……は分かるが利政とは?」

 「知りませんか信秀殿。最近急速に土岐家内で力をつけてきてる家臣です。長井家を乗っ取った後に斎藤を名乗り一気に地位を上げてきました」

 「そんな者もいるのか」

 へえ、と感心した様子だ。信秀が周りの家臣に目を向ける。


 「政秀!どう思うか」

 「美濃への出兵自体は……正直得策では無いと思いますが。こう言うのもなんですが土岐への恩を売ると考えれば悪くない話かと」

 「私の後ろには朝倉も着いてきています! 朝倉とも近づくことが出来るはずです」


 平手政秀は外交政策を一身に担っている。それが『別にやってもいい』というなら一考の価値はある。信秀の目が美濃に向き始めた。



 

 「聞いたか利政!北からは朝倉あさくら孝景たかかげ!! 南からは織田信秀!!!」

 そう知らせてきたのは利政と同じく土岐家臣に名を連ねる斎藤さいとう正義まさよし。大柄な体躯が特徴の大男だ。

 「聞いている……稲葉山城下に誘い込みたい、な」


 利政には策略があった。稲葉山城周辺の土地を活かして織田軍を誘い込む。朝倉は織田が撤退したと知れば退いていくだろう。

 「ということで、正義。稲葉山城に織田軍を連れてくることは出来るか?」

 「いや! もう来ている!」

 「……頼純の指示か?」

 

 てっきり頼芸の川手城に直接行くものだと思っていた。少々私怨が感じられることにニヤリと笑いながらも。



 信秀軍は次々と稲葉山城の周りに火をかけながらずんずんと進んで行った。

 「利政が出てこないな……既に川手の方に回ったのか?」

 あるいは兵力が少なすぎて出て来れないのか。兵力はかなり多い。信秀方の兵力はおよそ1万2000ほど。朝倉も恐らく同じくらいの兵数だ。

 「慣れない土地だ。暗くなって迷ったら元も子もない。一旦兵を退かせるぞ」

 段々と太陽が沈んでいる。大軍の行軍なので早めに行動しないと後で酷いことになるのは見えていたので、信秀はそう指示した。


 半分ほどが退いた頃。

 「斎藤利政が出陣! 4000の兵!!」

 「今からか!?」

 そう報告してきたのは信秀の弟、信康のぶやすだった。利政は撤退直前で隙のある織田軍を全力で潰しにかかった。


 「各々撤退せよ! 散れー! 散れー!」

 一瞬で信秀軍は壊走に至った。槍を突き刀を振り回す斎藤軍に為す術なく逃げることになったのだ。利政は追走をやめず織田軍を壊滅へと向かわせた。幾百、幾千……最終的な犠牲者数は不明だったが相当の数の織田兵が討死した。信秀は命からがら尾張へと逃げ帰ったのである。



 

 「面倒なヤツめ、どこまでも這い上がってくるか」

 利政は苛立ちを隠せない様子だった。稲葉山城の戦いより2年後、頼純がずっと抵抗していたのを見た対外勢力が頼芸に詰問。幾回の問答を重ね重ねて、六角・朝倉・織田をバックにした『頼純再入国』が果たされた。


 「これで頼純は排されると思ったのに」

 単なる土岐家臣としては利政の今の地位はかなり頭打ち状態だった。ここからは強硬手段を取るしかないと思っていたのだが、頼純がこうちょこまかと動かれるとウザったくてしょうがないのだ。


ーーー天文十六1547年ーーー

 「頼純様が亡くなられたという話は本当らしいな」

 正義が利政との雑談中、そうボヤいた。つい先日頼純が急死したのだ。

 「ああ、本当に残念だな」

 「……棒読みだぞ、利政」

 正義の怪訝げな声が小さく響く。流石に正義も確信には至っていないが、本当に突然頼純が倒れたことに利政の様子が明らかにおかしかった。


 まあ結論を話そう。利政は頼純を毒殺した。方法? 土岐重臣、やろうと思えばいくらでもパイプはある。

 「それにしても今度は頼香よりたか様、頼芸様を廃しようとしているご様子で」

 「あー……らしいな」


 また面倒因子が出てきた。頼香が頼芸と対立を始めた。これは頼純の時の二の舞になる気がして、気が気でない。

 「正義はどうするんだ?」

 「……私は頼香様の方に着こうと思っている」

 「そうか」

 利政がニヤリと笑った。



 

 その頃、織田信秀が再び攻めてきた。大垣おおがき城という織田側の城を利政が攻め取ろうとしてきたのを防ぐための、増援だ。この時も利政は策略を用意していた。

 「……織田軍が撤退していくが。何をしたんだ? 利政」

 正義が唖然とした調子で尋ねる。不敵な笑みを浮かべながら答える。


 「簡単な話だ。信秀が撤退せざるを得ない状況を作った」

 「と、いうと?」

 「もし他国に攻めに出ている時、自分の本拠が攻められたらどうするのか? と考えるんだ」

 「古渡城が今攻められてるのか!? 誰に?」

 「いるではないか。信秀のことを疎ましく思っている人間が」


 大和守の信友、伊勢守いせのかみ信安のぶやすが古渡を攻めている。その報告を受けた信秀は尾張へと撤退せざるを得なくなった。

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