142話:出向
拓海も明智城に慣れてきた。といっても仕事らしい仕事はあまりしていない。拓海が光秀について回っているのを見て、光安が拓海監視を光秀へ押し付けたといった所だ。
だから今日も藤吉郎を後ろにしれっと侍らせて、拓海は光秀と交流しながらささやかに明智城で雑用係……そんな感じで日々は流れている。
「へえ、やっぱりこういうのって調合してるんですね」
「やはり調合が変わると効能も変わりますから。こっちにあるのからカッコン、チンピ――。効能は――」
光秀自身は拓海について特に何か思うところはなかった。突然現れたな、とは思っているが新しい仲間として何となく受け入れつつある。藤吉郎も然りだ。
拓海が初めに驚いたのは彼の性格があまりにも温和すぎることだった。むしろ戦を好ましく思っていないきらいすらあり、困惑もある。
明智光秀という人間は織田政権下で多くの戦を経験し、また主導してきた者だ。この時代の人達にある野心も普通に備えているように事績からは感じられる。
しかし今目の前にいる光秀はまさに博愛主義。
「今日もいるのか磯貝拓海!」
でも、どちらかと言うと問題はこっちの方が大きい。三宅弥平次。年齢は20歳くらいでもう立派な大人だ。どうやら彼は突然やってきて自分のポジションを奪われかねない人間の存在を許せないようで、ことある事に突っかかってくる。
「弥平次さん、おはようございます」
「"おはようございます"じゃねえ、なんの名分があって明智様の家に上がり込んでいるんだって話だ」
「いやだって昨日言ってたじゃないですか、『明日は漢方を作るから早めに来てね』って」
「そういう意味じゃない! ああ、もう」
「弥平次! お前いつまで突っかかるんだ!」
それに反応するのは藤吉郎だ。彼は恩義深いのか果たして忠義からかそこら辺はよく分からないが、突っかかってくる弥平次に対して突っかかる。こうして地獄図が出来上がる。
どうやら弥平次はこだわりが強いタイプの人間らしい。正直場の雰囲気も悪くなるのでやめたいが、光安に『光秀に世話になってるなら安心だ』なんて言われたし。光秀との日々は正直楽しいのでこのままお邪魔しておきたい、というのが本音だ。
「ほらほら、弥平次もこちらに来なさい」
「はい……」
当然と言う他は無いが光秀の現在の課題はこの二人の不仲を治すことだ。光秀が拓海に悪印象を持っていない以上目標は"追い出すこと"ではなく"関係を良くすること"になる。
「今日はどこを回るんですか?」
「そうだな……まあそれもいいんですが、少し話したいことがあって」
光秀の顔が少し暗くなる。弥平次はそれを見て何かを察したようだった。
「また戦が始まるかもしれません」
武田に臣従した南信濃の国衆……の支援を受けた美濃国東部の勢力、遠山氏が再び斎藤に牙を剥く。そんな兆候が出始めているのだとか。その知らせは光安を通じて既に光秀にまで渡っていた。そして光秀からもう一つ、渡さないといけない情報がある。
「磯貝殿、稲葉山からの招集です。藤吉郎殿と共に参陣しろと」
「えっ」
「残念だったな磯貝拓海!」
いや、まあ、そうだ。そう言えば自分は斎藤家の武将として雇ってもらったんだった。最近はもっぱら薬・怪我人・病を見てばかりだったから完全に忘れていた。銃・出陣・戦の生活に戻らないといけない。
「明智様はどうなさるんですか」
「私? 私は……いざ本当に戦になったら怪我人の介抱のために赴きますよ」
「やはり戦うことはしないんですね」
「まあ、そうですね。刀は一応持っていますし出来ないことはありませんが……ええ。でも弥平次は戦いますよ。ねえ」
「そうだ! お前よりは戦功を上げられる!」
何言ってんだこいつは。対抗心燃やしすぎだろ。
「分かりました。まあ呼ばれたのなら行きます……それにしても何で俺たちだけ?」
拓海からすると素朴な疑問だった。弥平次も参陣するなら彼も一緒に招集されるはずだ。でも二人だけというのは……なにか別の意図が見え隠れする。
「ああ、それについては道三様からのお達しです」
道三か。うん。ひとまず稲葉山に行ってみよう。道三を相手にして自分が何か出来ることはない気がしてならない。
そんなところで冬の寒さに耐えながら、俺たちは稲葉山城へと再び出向くことになった。
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