141話:松平との政略結婚③
1556年の初め、三河国岡崎城主松平忠康は尾張国清洲城主織田信長の妹のお犬の方を娶った……と仰々しい言い方をしておこう。お犬の輿入れの日、忠康は清洲城へとやって来た。
まあ要は花婿が花嫁を実家に迎えに来た、という事だ。
「本日はよろしく頼みます」
「はい、こちらこそ」
忠康が先に城内に入っていくのを見て、信長はその後ろにいる男に挨拶した。三河
「今回の一連の話、当家としてはありがたいことです」
「織田家としても東の三河と磐石に連携できるのはうまみがある事なので、同じことです」
そしてその"一連の流れ"は終わり、二人は無事に結婚と相成った。まあ婚姻の儀を行ったわけだ。そしてその夜、清洲城では大々的に宴会が催された。
この日ばかりは城下の周りには灯りがともされ、清洲は明るく照らされた。城下町でもささやかながら祭りが行われた。主催はもちろん信長である。
「松平、織田両家の繁栄を願って!」
信盛がそんなことを言っていびきをかいているのを恒興が「ほら、部屋に戻りましょう」と宥めている。そんな光景を見ながら信長は笑って、忠康の隣にさっと近づく。
宴もたけなわ。家臣たちはそれなりに酔ってたり、他の人と話してたりで信長もその波からようやっと解放されたところだった。今日の主役の二人が談笑しているがそれは明日以降、沢山やってもらうとして。
「忠康」
「あ、織田様! すみません挨拶には行こうと思ってたのですが」
「いや別にいいよ。それに"織田様"なんて堅苦しく呼ばなくてもいい」
じゃあ、「信長様」と話し始めたことで忠康との会談は始まる。議題はたくさんある。1つ目、お犬との結婚について。
「どう? お犬は」
「"どう"……ですか」
お犬が何やら希望の眼差しで二人を見る。自分の評価はやはり気になるものだろう。いや、それとも何かに期待しているんだろうか。何かに。
「こんなこと本人を目の前に言うのも……ですが、とても可愛らしい
言葉を途切れ途切れにさせながらではあるが、忠康は恥ずかしがって言った。それを聞いた犬は「!!!!」と分かりやすい顔をしている。二人のことは取り敢えず何とか行きそうでよかった。
信長はこういうのもなんだが、それなりに顔が良い。それはその父、信秀の顔が良いことに由来する。ということは信長の妹のお犬やお市も、端正な顔立ち……つまり可愛いということになる。
これは家系の力なのか、信秀の力なのか。そこら辺は分からないがとにかく遺伝に感謝といったところか。
2つ目、三河国の現状について。
「長沢の戦以降、結構上手くいってると聞いてたけど」
「はい西三河はほぼ手中に入った……と言っても過言ではないです。というか西三河で我々と結んでなかった勢力が吉良とかでしたから」
「東三河は?」
「うーん、まあ依然として今川の影響はあります。けれど確実に薄まってますね。現在は調略も行いながら徐々に切り崩しを……と言った感じです」
どうやら松平は三河においてかなり影響力を得つつあるらしい。実際は清善なんかの後見がやっている仕事なのかもしれないが、忠康もこうしてすらすらと内容を話せるならリーダーとしての役割は果たしていると言えるだろう。
「ああ、吉良といえば話そうとしてたことなんだけど……ちょいちょい」
手招きをして信長が忠康の耳に口をよせる。
「実は話してなかったけど、
「え!?」
一気に忠康の顔が驚愕に変わるのが少し面白かった。
嫡男、
義統は長沢の戦いで今川方に加勢した一人で尾張の守護だった人物だ。義統弟の
「まあ尾張から追放しても良かったけどね。でもまあ利用価値はあるだろうってことになった」
尾張守護の子供、つまり次の守護だ。信長はそれを擁立する存在となれる。これは外聞的にもそれなりに良い話だ。まあ何かに使うという訳ではなく、ただ単に飼い殺しにするだけだが。衣食住はそれなりのものを保証されるので悪い話ではない。
「じゃあ本当にいよいよ、信長様は尾張国の国主となるのですね」
「実感無いけどね、けど父上も浮かばれる」
信秀は主君、信友を倒して尾張を乗っ取ろうという思考をする人物ではなかったが、尾張国内での地位を上げることに関しては満更でもないという感じだった。
最期が不本意に終わってしまった分、仮にも息子として何か義理を果たしたのではなかろうか。
犬山城の信清、岩倉城の信賢、知多半島の水野。信長以外に尾張の国内を領する者はいるが全員信長に好意的な者だ。軍勢も頼めば多少は優遇してもらえる。その中での最大勢力、殆どを領する信長はまさしく国主と言える。
「まあその流れの話なんだけどね、次の方針はちょっと考えてる途中なんだよね」
北側、美濃国。斎藤、遠山など。遠山氏が織田家に積極的に介入している動きは見えない。斎藤氏は言わずもがな。東側、三河国。松平。言わずもがな。
尾張国内に敵はいない。
ということは考えることは一つだ。西側、北伊勢。
「
「伊勢に……それは大変な話ですな」
伊勢国の勢力は大別すると北、中部、南にいる。
まず一番南にいるのは
正確に言うと中部にある家も四十八家に含まれるのだが、
「時間はかかりそうだけど……まあそれくらいしかないしね」
対外戦争を積極的に行うことに信長は賛成している。理由は二つ。それが戦国時代だからだし、信秀もやっていたことだからだ。まあ世の常というやつだ。
「なるほど……あ、一献飲みますか」
自分が飲んでいることに気づいて信長にも勧める。
「いや大丈夫。酒苦手なんだよね」
「ああ、そうですか」
「人に酒を勧めるとか……本当に大きくなったな忠康」
酒を当たり前のように飲んでいる姿もそう感じさせた。信長からするとやはり彼はたまに会う従兄弟の弟みたいな感じだ。
「信長様も変わりました」
「何が?」
「自立されていると思います……いや、こんなこと言うのは失礼でしたね。私が自立出来てないのに」
自立か。自分でも何となくそう感じる。何があったからだろうか? 拓海が居なくなったから? 違う。もっと前からな気がする。この時代の人達に馴染んだから? それもありそうだけどなんか違う。
何でだ?
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