136話:就職面談

 夏の暑さが体に響く。そんな1555年の9月、拓海たちは美濃国稲葉山城でその城主と対面していた。以前から手紙を出していたために城に入ることは容易に叶った。

 「当家に仕えたい……と」

 「はい」


 その様子はさながら現代の就職面接のようだ。拓海が通されたのは城の広間、広さ自体は清洲と比べてもそこまで変わらない。それにこの部屋には一回来たことがあった。2年ほど前、織田家代替わりの挨拶に信長とここに来たものだ。彼の視線の先には斎藤家当主、斎藤義龍の姿がある。


 拓海は義龍に対して真面目そうだな、という印象を受けた。斎藤道三の子の斎藤義龍と言えば史実では長良川の戦いで父と弟を討ったとんでもない野郎、というイメージが先行する。おまけにその後すぐに病死してしまうんだから気が強いか、病弱かのどちらがだと思っていた。


 拓海は内心では史実のことを考えてはいけない……と思っていたがやはりどうしても比べてしまう。それに彼の中では「脳内辞書は歴史が変わりすぎて使えなくなるまでは使おう」というスタンスでいる。別に尾張でのことを反省していない訳では無い。しかし、生きるとなれば使えるものは使っておかないと勿体ないと思った。

 

 「文を貰った時は驚いたぞ。織田家の磯貝と言えば織田を代表する重臣だ」

 「いえ、そんなことは……」


 正確に言えば「驚いた」なんて言葉では表現出来ない事態であった。同時に義龍としては「なぜ」という気持ちも着いてくる。

 「文に記されていたが、何故織田家を出てこちらに?」

 「織田家を出たのは……その、信長様との対立と言いますか。それで勢いのまま出てきたんです。斎藤家に来たのは、美濃国の大半を治める大領主にぜひ仕えたいと」

 「……家族は?」

 「いません。強いて言うなら後ろにいる家臣一人でしょうか。父も母も死にましたし、兄弟はいません」

 

 この時代だと実の両親は死んだというか、まだ生まれてきてすらないが。そんなふざけたことは言わずに真摯に義龍の質問に答えていく。

 

 「実績は十分だと思う。是非斎藤家に仕官してもらいたい。ただ、2つ」


 義龍が拓海の前に二本指を立てる。

 「一つ。尾張の織田家とは懇意にさせてもらっている。今後も然りであろう。しかしそなたが斎藤家に仕える以上織田家に対する気持ちは捨てて頂きたい。つまり二心はないか、ということだ」

 

 拓海が斎藤家への手紙に記したことは

 ・あるトラブルによって織田家を出なければならなくなったこと

 ・斎藤家に仕えたいこと

 ・藤吉郎という自分の家臣と共に雇ってくれないかということ

 ・仕事ならなんでもやるという意欲

 まあそんな所だった。


 現代社会でのエントリーシートならば余裕で落第点の内容だったが取り敢えず会ってみようということになったのだ。その際に義龍と道三は彼の処遇について話をした。

 『正直きな臭い。同盟相手とはいえ、信長の家臣だからな。どんなことをしてくるか分からん』

 道三がそう言っていたのを思い出す。義龍もそれに同意だった。


 もっと端的に言うと信長は斎藤家と手切れにしたいと思っており、拓海は斎藤の内情を探るために送り出されたスパイなのでは無いのか。そういう話だ。真っ向から否定できる話ではない。


 義龍の気持ちとしては「わざわざ重臣使って諜報なんてやらないだろ。家臣として迎えたい」が半分、「父の言う通りかもしれない」が半分と言ったところか。


 「二心なんて持ち合わせていません。織田家とは手を切りましたから」

 「なら、良いが……」

 まあ言葉でなら何とでも言える。今後の行動次第だ。


 

 「あともう一つのことだが――」

 義龍がもうひとつの指を立てた時、襖が空いた。びっくりして見上げると道三がいた。

 「もう来ておったか。磯貝拓海」

 「はい」

 咄嗟に床に頭をつける。後ろの藤吉郎もそれに倣った。道三はそれを見て「そんなこと、わざわざするもんでも無い」と一蹴して義龍の横に座った。二人とも姿勢を元に戻す。

 

 そこで気づいた。道三の横に子供がいる。道三の子供か? いや、そんな馬鹿な。そうすると考えられるのは……

 「ああ、この男子おのこか? 義龍の子だ。名は喜太郎」

 喜太郎……歳を考えると幼名だろうか。幼名までは分からないが義龍の子と言えばやはり斎藤龍興だろう。こんなに幼いのかと驚く。まだ10歳にもなってないように見える。


 義龍・龍興親子。史実では桶狭間の戦いを終えた織田信長が次に向かい合った強敵だ。遂に義龍の代では織田家の攻撃を耐え続け、龍興の代でやっと信長は斎藤家を滅ぼした。


 「まあこの子はただ着いてきただけだ。特に意味は無いな。今回の用件は貴様にある」

 「ありがたいです」

 これを狙って美濃国に来たと言っても過言ではない。道三とは面識もあるし、恐らく彼は信長のことを信用してくれている。頼ればそれなりに良いポジションに行けると考えた。

 

 「義龍、どこまで話したか」

 「まだそこまで。斎藤家に仕えてくれるらしいですが。明智の件もまだです」

 「うむ」

 明智の件。気になるワードが耳に飛び込んだ。


 「磯貝よ、斎藤家とはこのように今は好き勝手やっているように見えるがそれなりに名のある家だ。仕事は下っ端からだ」

 「もちろんです」

 まあそれくらいは想定済みだった。織田家に来た時みたいなことはそうそう起こらない。この時代は実力が物を言うのだ。実績を評価されているとはいえ、この家の空気感だとか業務を学ばないといけない。

 「それでだな……光安! おるか! 光安!」

 

 突然の大声に一瞬ビビったがすぐ側に控えていたらしい、男がやってきた。光安という人名と共にピンと来た。明智光安だ。光秀の叔父の。

 「ははっ」

 「この光安に教えてもらうと良い。明智城でな」

 「はあ……?」

 「分からんか。明智城の奉公をして斎藤家の奉公を習って来いということだ」

 

 なるほど。奉公は丁稚でっちから。丁稚は商家の人間のことだけどまあ武家でもそんな変わらんだろう。常識だな。

 「ありがとうございます」

 拓海は頭を下げた。「さあこっちに」という光安の声に連れられる。どうやら義龍の言う2つのこと、2つ目はこれらしい。


 「……行ったか」

 道三はこの拓海の動きに関してかなり懐疑的だ。

 磯貝拓海という男の言に従うならば、彼のことについて信長に伺いを立てても「よく分かっていない」と言われるだろう。彼自身は織田家かなりいい地位に居たし、スパイ説は説として信頼度は低い。しかし、疑ってかかれというのが道三の常識だ。

 『光安に磯貝拓海の監視役を押し付けよう』

 そう決めたのは義龍と道三の話し合いの上だった。

 

 かくして、拓海と藤吉郎は明智城に連れられることになったのだ。

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