3章 決意編

3ー1章 美濃の蝮

134話:見ないふり

長沢の戦いでの俺の行動により、俺は実質的に織田家をクビになった。自主退職した。次は誰を主君にすべきか。歴史が変わっている以上近隣の領主で最適なのは、斎藤氏だと思えた。


 「あーあ、ずぶ濡れすぎる」

 「早く着替えましょう」


 その日は酷い大雨だった。俺と藤吉郎は清洲を出たあと、直ぐに美濃に向かった訳では無い。信長に貰った手切れ金もあったから尾張を見納めだと思いゆっくりと観光していた。そしてようやく美濃に向かおうと決心した次の日。降られた。


 津島の様子も見たが、どうやらかなり復興しているらしく休業している店は殆ど無かった。昔の人の底力を感じる。


 「武士の御二方、今日は泊まりですかい? もう日も沈みかけだ」

 「そうさせてもらいます」

 「へい、じゃあ四十八文ね」


 宿……と言ってもみすぼらしい所だ。一文が何円くらいなのかは正直分からないけど、どの宿でも料金はこの位だし標準価格ではあるらしい。


 「どこへ向かうんで? 尾張なら清洲だとか那古野だとかが今は栄えていますが」


 あまり俺たちからは剣呑な雰囲気を感じなかったからだろうか。今しがた料金を渡した宿場のおっさんが話しかけてくる。

 

 「まあここから、境川を渡って美濃に。少し用がありましてね」

 

 はぁ、と何ともどっちつかずの返答をしておっさんはどこかに行った。俺たちが今いる場所は津島より少し北東、位の場所だ。尾張と美濃の間には目立った山はなく平地が続いているから行き来は簡単だ。濃尾平野という単語があるくらいだし。


 現代では木曽三川と呼ばれる川がある。長良川、揖斐川、木曽川。境川はこの周辺では一段と大きな川だ。長良川は今でも長良川と呼ばれてることを考えるに、恐らく揖斐川か木曽川の昔の名前だと思う。渡しみたいな人がいるとは思うから交通料を払って渡る予定だ。


 「よし、寝るか」

 「はい」


 

 狭い部屋だが寝る場所はある。そこで2人寝転んで雑魚寝……中々質素に見えるがまあこんなもんだろうと納得することにした。納得はしたが、背中は痛い。

 これまではそれなりに綺麗な畳の上でしっかりと熟睡していたので環境の差を感じる。織田が裕福なのは知っていたことだが。


 夜になると虫の声と静かな雰囲気が肌感覚として伝わってくる。夜風を室内にも関わらず感じている気がする。今日の宿屋はハズレかもしれない。

 

 「……寒いな」

 「はい……」


 どうやら藤吉郎と同じ気持ちらしい。彼の声からはあまり眠気を感じない。ならば、と起き上がる。

 

 「藤吉郎、眠くないなら話をしよう」

 「……申し訳ないですがお断りします」


 体を向こうに向けて拒絶された。ムッとなってしまい無理やり体をこちらに向けさせる。俺はただ彼と話がしたいのだ。


 「眠い?」

 「いえ、まだそこまでは……」

 「じゃあ、話そう」

 「"話す"?」


 なんだか無性に会話が噛み合わないのを感じながら話を進める。話題はなんでもいい。ただ部下とこうやって話す時間は大事だろう……なんか飲み会に無理やり誘ってる上司みたいな言い草だな。


 「ほら、今後の目標とか。俺に着いてきてくれたのは嬉しいけど、その先があるじゃん」

 「先……先ですか。うん。それなら私は……この世でのし上がっていきたいです」


 藤吉郎の含みのある物言いに思わず鳥肌が立った。基本的に藤吉郎は真面目キャラではあるが、性格はそれなりに明るい。でも声を潜めるように、拓海以外の世界の誰にも聞こえないように。そんな声にぞくっとした。

 そして拓海の脳裏に豊臣秀吉の業績が浮かびかけるが、首を振って散らす。そういうのは考えないようにしようと決めたからだ。


 「磯貝様に拾ってもらって私は機会を得たんです。だから出来ることはなんでもやります。そして一人でも多くの人が私を知る、そんな風になりたい」

 「そ、そうか」

 

 彼とはもうそれなりに長い間一緒にいるがこんな野心めいたことを聞いたことは無かった。つまり自分の名をあげるために斎藤など色んな家を転々とするため。その理由で自分に着いてきた、ということだ。

 織田家も随分いい状況にあるけどな、と思いつつため息をつく。


 「俺はまだ何も決めれてない」

 「斎藤義龍の家臣になるのでは?」

 「まあね。でもさっきも言ったけど先ってのがあるじゃん」


 別に拓海になにか野心があるかと言われれば無い。信長と一緒に居た時は「コイツと一緒に天下に登り詰めてやる」みたいな感じの気持ちもあったが、今となっては正直失せた。確かに自分はゲーム感覚でこの時代を生きているのだろう。かと言って農民というのも嫌だ。やはり武士として生きたい。

 

 信長が俺に言ったことは、こういう事なんだろう。生きることに対しての執着が明らかにおかしなベクトルに働いているんだ。

 

 「まあいいか! 義龍のところ行ったら何があるだろ」

 「はい」

 「後さ、何でさっきからちょっと遠いの?」


 この話を振り始めたくらいから薄々思っていた。藤吉郎は少しニヤけて「私は男色の趣味はありませんので」と言う。そこで最初に彼が会話を拒否した理由が分かった。違う違う、体で会話しようとかそういう話じゃないから。


 「俺も生まれた時から武士階級じゃないし、男色は興味ないから大丈夫。怖がらせたならすまん」


 そう言って灯りを消す。部屋は真っ暗になった。そう言えばそうだった、豊臣秀吉は農民出身だから男色の話は……ああ、だから。ん? そう言えば信長って男色の話があったな。まあいいか、アイツの性事情までは知りたくねえ。

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