129話:⑦ 瓦解
西三河の戦場には大きな笑い声が響いていた。
「はははは!!! 好調好調!」
松平昌久は大草に居城を構える松平分家の一人だ。広忠が織田方に
斯波・吉良への情報網も、広忠死亡の知らせも、松平が織田と協力して今川とぶつかろうとしているのも。全て彼らがもたらした情報だ。広忠は、残念ながら気づいていなかった。
「これからはどうするので?」
「うむ、そうだな……」
子の
「義元に知らせは送ったが、やはりその目で見てもらいたい。今川の元へ加勢するのはどうだ」
その言葉に大草松平軍は強く頷いた。西三河の主力隊一つ目、大草松平隊は深溝城を攻撃。補給も得られず、不利を悟った好景は昌久に突撃し討たれた。15日のことである。
岡崎城のすぐ近く、家次は
「ま……まだか! まだ城は落ちんか!」
焦りを苛立ちに変えて、必至の心情で青野城を見つめているのは松平家次、桜井城主だ。既に伝えられているとおり、彼も忠康から離反した分家になる。
家次に着いていたのは斯波義統。ずっと吉良の庇護を受けながらも小さく生存し続けた。義統の心境を言うならまさしく自信と焦りの狭間。現在の戦況は今川方にやや有利。つまり、家次たちが押している。
「斯波様。城はじきに落ちるはずです。もう少し待てば……」
「この尾張国主、斯波義統の名のもとに再び尾張を支配する。その大義名分があるからこそ、この戦なのだ。義元も重々理解しているはずだが」
前線では
西三河二つ目の勢力、桜井松平・斯波軍の瓦解はすぐに起こった。
「松平
その伝令に信じられず思わず目を見開いて立ち上がった。援軍が多少来ても持ちこたえろ、そう命じるつもりだったから直ぐに壊滅状態にあることに驚いた。
「利長、藤井城からの援軍か」
「我々も出陣するぞ。松平なんか屁でもない」
「くっそ、昌久もどこか行ってしまったし」
好景討死の知らせが来た時から家次はずっと援軍を頼んでいた。『余裕があるなら来てくれ』と。しかし昌久が選んだのは今川本陣への進軍だった。太平洋海岸線近くを通って直で今川本陣へ。織田への挟み撃ちをするには兵数が不安なので挟撃は行わない。
彼がこの選択をしたのは決して家次や義統を邪険に思っているからでは無い。むしろ家次が多少負けても義元が最終的に織田を三河から追い出すと思っているからだ。
端的に言うと、将来的に良いポジションを貰うための今川へのアピールと言ったところか。
「統雅様お討死です」
義統が出陣しようと武器を手に取った時、その報告がちょうど届けられた。その報告をまともに飲み込むために、数秒の間があった。
「は……統雅が?」
信じられない、そう言う声だ。
「確かに、そう伝わっております」
「……撤退だ」
義統は苦虫をかみ潰した顔で潰走を決意した。
16日の早朝。織田・松平の猛攻は『吉良義昭の討死』の報告と共に行われた。そう、西三河最後の勢力、吉良義昭は竹谷城の清善と形原城の家広の元で潰された。これで西三河の戦いは終わったわけだ。結果として1勝2敗という微妙な結果を残しながら、前日の反撃に出ることになった。
「我に続け!!」
信盛は自ら兵を率いて今川の元に一直線に駆けていく。彼の落胆は一夜明けて無くなったものの、やはり何処か八つ当たりを感じるものだ。
信盛の周りは真っ赤な血で染っていて、その猛攻ぶりはひと目でわかる。それを見た俺は「ヤバいな」と呟きながらも、目の前の相手に集中する。
織田家臣総勢、松平側でも忠康自ら出ていって今川に抵抗した。その夜に明らかになった結果は家臣の士気が少し戻ったこと、松平側の阿部定吉が討死したことのみだった。4日目の夜が過ぎた。ずっと天気は晴れている。少しだけ冷たい風が吹いていた。
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