130話:⑧ 津島湊の抗争

 堀田道空率いる斎藤義龍軍と織田信清軍は尾張国勝幡しょばたあたりで合流。津島の北で軽く認識をすり合わせた両軍はそのまま津島へ乗り込んだ。兵数的に考えても、十分な戦力であると考えた。


 「これは……酷い」

 信清が小さく呟いた。津島の町は町人たち、住人たちがてんやわんやと避難している。建物にも損害が見られる。所々で人々がごった返すせいで、兵も進めない。

 「どういう事だ? 服部は津島の家なのだろう? なぜ津島の町を壊してるのだ」

 義龍がそう疑問を呈する。


 「分かりません。しかし津島の経営も何代と続いてきた物事ですからその内の一つが何か思うことがあっても不思議ではありません」

 「では、津島の内部抗争と考えるのが自然か」

 「それに今川が目をつけて取引をした。そうでしょうな」

 それに友貞は僧侶であり、願証寺と関係も深い。道空の見立てはこうだ。津島の経営陣の中心となっていた服部家はどこかのタイミングで他の有力豪族と対立した。それによって友貞は津島の豪族たちと対抗するために願証寺または今川と手を結んだ。


 町人が次々と津島から避難していく。それをぼーっと眺めているうちに住民は粗方外に出ていったようだ。出ていったのは主に女子供老人。若い男衆は自分たちの土地を守るために戦っているようだった。

 「行くぞ」

 信清が促すのを各兵が頷く。


 津島の町は外から見た通り、荒らされていた。建物は壊された……という訳ではなく荒らされたと見える。恐らく乱取りの一種と考えて良い。逃げていった女達が『せめて』という気持ちによって持ち出されたものもあるだろうし、服部と佐治が補給や欲のために持って行ったものもあるだろう。

 「津島はこの織田家が支配している地だ! ここを荒らすことは許さんぞ!」

 そう叫ぶと向かってくる服部兵も幾らかいた。それらを蹴散らしてひたすら前に進んでいく。兵数の有利はやはり津島のこの狭い道でも有用なようだった。

 「……ここか」

 ずんずんと進んでいくと大きな川の水辺に出る。津島は津島"湊"と言うように水に囲まれた場所なのだ。

 

 そこではひしめき合う闘争の声が響き渡っている。津島の商人やそこの者たちが自ら武器を取って戦っているようだ。しかし状況は芳しくないように見える。

 「織田信清と美濃国の斎藤義龍が津島に来た! 商人たちは下がれ!!!」

 そう大声を出すも、興奮状態の彼らは背後からの声を聞いていない。あるいは、騒がしいところなので本当に聞こえないのだろう。

 「ひとまず、負傷者は近くの民家に運び込んで安静にさせるぞ」

 信清は指示を与え、兵たちが動き始めた頃に再び商人たちに呼びかける。今度は陣太鼓を鳴らしながら大音声を響かせる。


 「商人は今すぐ撤退しろ! 織田軍が津島に着いた!!!」

 その信清の呼び掛けにどよめきが走った。一部、どうしても引き下がれないと言う自衛意識が高い者もいたが安全が第一ということで撤退させた。堀田の顔が効いた、というのもある。大人しく下がって行った。負傷者もいたが、幸いにも死人が出るほどではなかったらしい。そして、その負傷者の殆どが弓矢と鉄砲によるものだった。


 

 商人たちを退かせて遂に信清、義龍が前線に躍り出る。しかし、大きな課題があった。服部たちは友貞を含め、兵数の不利を悟って船に籠ることを選んでしまった。

 「くそ、船に近づけんではないか」

 船は木造であり、燃やすか大勢で侵入すれば制圧は容易い。しかし船の上からは常に弓矢と弾が降り注いでおり、とても近づけるような雰囲気ではない。付け加えると、ここは川なので出ようと思えばいつでも海に出られる。ここらの地形は入り組んでいて逃げられることも考えると迂闊な手は出せなかった。


 「佐治の水軍はここらの水運と相性がいい。兵力で押しきってもいいですが……」

 乗り気ではない。うん、突っ込んだら兵の犠牲は中々のものになる。信清も義龍も正直貴重な人員をここで失いたくない。

 

 

 そんな思考で睨み合い、そしてたまに交戦が行われる日々が続いた。討死も多少は出たが、数字としては許容範囲内であったからそのまま続ける。

 「向こうの戦況はどうなっておるんだろう」

 17日、対陣4日目だか5日目だかの日だった。

 「『良い』とは聞いているがそれ以上はどうも。意外と善戦してるやも」

 「だといいな……」

 信清がそう呟いたところで、また川岸の方が騒がしくなる声が聞こえた。


 「今日も戦のようだな」

 指揮を執るために、と重い腰を上げる。遠くからいつもの伝令が走ってくるのが見えた。

 「御苦労。戦か」

 「撤退にございます」

 「信長は負けたのか?」

 「いえ、逆です。佐治が負けました」


 17日、近いようで遠い知多半島で信賢と信元の二勢力が遂に大野城の佐治を降伏させた。佐治のプランは水軍に津島で暴れてもらってその隙に籠城。義元が東三河に進軍してくるのを待つ、というものだったが先行きが見えない不安感と劣勢の状況に城の兵は耐えられなくなって、瓦解した。


 もちろんその報告は津島にいる佐治水軍にも伝えられたのだろう。だから撤退、という事らしい。

 「おお、そうか!」

 信清は信長が今川に挑むなんて、そんな博打なことをする筈がないと思いながらも『でも信秀の子だからな』なんて思って状況を眺めていた一人だ。自然と感嘆の声が出た。


 何となく撤退していく船を遠目で眺めながら思った。

 「あの小舟はなんだ」

 「小舟ですか?」

 

 いや、何だろうと疑う伝令より先に答えを出したのは義龍だった。

 「服部じゃないのか! あれ!」

 「あ!」


 小舟に乗ってるのは服部友貞、その人だった。佐治水軍は知多半島の方に帰っていくので自分だけ下ろしてもらったのか。

 「彼奴を追え! 討ち取るぞ!」

 大慌てで信清は走っていった。


ーーーーーーーーーーーーーーー


 一体何が悪いんだ? その考えがずっと浮かんでいる。桶狭間の戦いとこの戦いは場所からして別物であることは分かっている。

 

 史実で丸根・鷲津の報告を聞いた織田信長は未明に清洲を出発。熱田神宮で戦勝祈願を行った後に午前中には軍勢を整える。午後に入った頃、豪雨が尾張と三河の国境付近を襲った。視界が悪くなっていく中、桶狭間山という場所で信長は義元を急襲し討った。正面衝突なのか奇襲なのか、みたいな話はあるがそれはこの際関係ない。


 織田信長という、当時は今川義元に比べて遥かに格下と見られていた存在が戦場で彼を討ち取ったことにドラマがあり夢があり、それが現実なのだ。


 それに比べてもう4日、5日も膠着してるこの状態は何だ。面白く無さすぎる。人が死ぬのは仕方がない。桶狭間も織田でも今川でも犠牲者が出た。

 しかしただ人を消耗するような死なせ方は全く面白くない。ずっと対陣しているのに戦は散発的すぎる。


 俺はジレンマにひたすら頭を抱えていた。

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