127話:⑤ 浸潤

 13日昼、岡崎に織田方の兵が到着。部隊の確認が行われた後、松平・織田同盟軍は岡崎の地を発った。ほぼ同時刻、今川義元出陣の報告が忠康に告げられた。国衆勢を合わせてその数推定1万2000。国衆は三河国境に駐留しており、そこで合流が計画されていると察せられた。


 「まさに一世一代というやつですな!」

 利家は手を叩いて喜んでいる。馬から落ちるぞ、と言いたくなるが拓海は利家の耳に入るよう、大声で話しかけた。

 「ここら辺ってもう上之郷城の近くなんだろ? もうそろそろ着くんじゃないのか?」

 拓海は位置的には本陣にいる。信長も同じだが。今回の戦では先陣と本陣が松平と共同で設置されていて、間に鉄砲隊や弓隊、2番目の陣が織田家メインである。今川が来るのは明朝……いや、もう少しかかるか。

 

 すると、突然行軍が止まった。どうやらもう少しで広い場所に出るらしい。そこで休憩、ということだ。

 「確か岩略寺城を攻めてみるって言ってたな……」

 到底落ちるとは思えないが、義元が来るまでの時間稼ぎと言ったところだろうか。それに万が一落とせた場合、戦局はかなり有利に進む。


 この辺りの地形は全て山、山々。岩略寺城も山城になっている。これを一日や二日で落とすのは……出来るだろうか?


ーーーーーーーーーーーーーーーーーー


織田・松平同盟軍は匂坂長能さぎさかながよしが守る岩略寺城を攻め落とさんと躍起になっていた。現時点では兵の士気もそれなりに高く、結果には期待できるように思えた。

 「……まあこうなるか」

 今川義元が迫っているという情報が届いている以上、城に全兵を向けるわけにはいかない。実際兵の大部分は少し奥にある長沢という場所に待機している。そして2000程の兵でこの城を包囲している、そんな状況だ。


 「信長、これ無理じゃね?」

 「篭城されてるし、城門を壊して無理やり突破したらこっちの損害も馬鹿にならないことになる。無理だ」


 こっちの士気が高いなら、向こうの士気も同様に高いと考えるのが道理だろう。

 「撤退ー!撤退ーっ!」

 大きな太鼓の音と共に、長沢城へと織田は下がった。長沢城とは松平分家の一人、松平政忠まつだいらまさただが守る城である。


 「随分とグダグダになってる気がする」

 「いや、今川が来るまではそう動かないよ。当たり前」

 岩略寺城攻めも、俺たちより後方で起きてる西三河の内乱も、知多半島の戦いもここで結果が出れば終わる。そういう戦いだ。ハッキリ言って、ここの勝敗イコールこの一連の戦いの勝敗と言っていい。


 「ここら辺の三河は本当に山ばっかでマジで疲れた。もうちょっと南なら平野なんだけどな」

 「いやまあ、南に行ったら上之郷城もあるけど、今川がどんな動きするのか分からない以上どの方面でも抑えられるここが一番いいよ」

 そんな信長との会話もあった。上之郷城にも兵が少しは入ってるらしく、それを考えると岩略寺城と上之郷城は同じ状態にある城と言えるか。


 

 13日深夜、義元がどうやら三河に入ったらしいという情報に触れた。つまり、明日には今川義元の軍勢がここを襲ってくることを意味している。


翌。14日。

 「今川本隊、このままだと上之郷城方面に流れ込みます!」

 1号の切羽詰まった声が始まりだった。急いで織田軍は取るものも取り敢えず、9000の兵を急いで上之郷城の方面に向けた。

 「我先にと思う者は着いてこい! 今川をこの三河の地で葬ってくれる!」

 そんな口上をかましながらも、勢いよく山を下っていく。俺も着いていくが、何せ周りの勢いが凄くて、それに飲まれてしまった。


 おおおおお!! という低い声が山の中には響き、男たちはこぞって山を駆け下りていく。日は高く昇っていて、兵士一人一人の陰は重なり合って大きな一つの黒い塊になっている。この山を降りたら今川義元がいる。そう考えて、俺は少しわくわくした。


 「鉄砲隊、撃て――」

 信勝の大音声と共にバン、バンと激しく鋭い音を立てて銃弾が発射されていく。やはり織田家の戦はこの音から始まった。しかしこの戦はかなり遭遇戦の色が強く、馬に乗った状態で突撃してくる者や無理やり切り抜けようとする者もいる。


 「よし」

 滝川一益は自身の腕が戦場でも発揮されてることに、内心で小さく喜んだ。このような状況はしばらく続いたが、やがて今川も弓隊を用いて射撃してくることが厄介になり、結局鉄砲・弓隊は退いていった。

 

 「先陣かかれ!」

 『おおおおおぉぉぉぉ!!!!』

 織田家の先陣は松平の先陣と共同で隊を組んでいる。先陣はそれこそ、我先にと武功を求めて行動する者たちが多い。兵士の士気はかなり高かった。

 「ここは地形的にはすぐ北に山がある。ここだけ、少し平地になってるけど迂回するとなると手間がかかる。北の山から突然現れることは、おそらく無い」


 そう俺は話す。これだけ人数の多い戦なので、戦うこと自体は自分がやらなくても良い。これは史実と違って少し楽かもしれない。もちろん先陣や第二陣たちが壊滅したら自分たちも戦うことになるかもしれないが。まあそれか、大攻勢をかけるような時に。そんな勝負の時に俺たちは出ることになる。

 

 逐次伝えられる情報によると、ちょうど拮抗しているくらいらしく双方ともにそこそこ犠牲も出ているとの事。

 「今のところ30人ほどが討死しております。その中に飯尾殿も含まれているようで」

 飯尾と言えば飯尾定宗か。子の尚清と共に、清洲の戦いで奮戦したという記憶だが……。


 「織田様」

 織田の本陣にやってきたのは忠康。今後について話したいとのことだ。忠康……今回を除けば最後に会ったのは何年も前だ。父親も亡くし、若年で家督を継ぎ。かなり大人びたという印象だ。

 「恐らく長期戦になります。だから今川を崩す一手が必要です」

 「つまり?」

 「三河国衆を調略します」

 主にターゲットは牧野と西郷。他は今川への求心力もそれなりにあり、厳しいかもしれないということだ。


 「しかし、上之郷城の時を見ると牧野・西郷の両氏はあまり今川に忠義があるようには見えない」

 確かに、上之郷城が落ちたのは彼らがさっさと帰って行ったからでもあると言える。忠康の推測はかなり合っているように聞こえた。


 「よし、それで進めよう」

 「はい。調略は忠次……頼むぞ」

 「相分かりました」

忠康はしっかりと頷いた。

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