126話:信長とタイムスリップ
13日の朝は前日に緒川で宿泊していた兵たちが岡崎に集まるのを待っていた。出立は昼頃で少しの時間が生まれた。
「なあ拓海」
俺は岡崎城の中、客室で信長とサシで話していた。今日も天気は快晴、雨など降る気配はない。
「拓海って現代にいた時どんなだった?」
随分唐突に話を振るな、と思ったが信長が突然にそんなことを聞いたのも不思議だった。どうしたんだと考えながらも答える。
「いやまあ……普通の中学生だったよ。ただ今みたいに戦国時代が好きで本読んでたりはしたけど」
最近、どうも現代のことは考えなくなっている。自分がこの時代の人間となったから、なのかは分からないが兎も角現代にいた頃の思い出が薄れている感はある。ただ、タイムスリップしてから6年は経っている。6年前の記憶なんて、中々すぐに思い出せるものでもない。
「同じく。いや暗記物はどちらかと言うと苦手だったけど。それはいいとして、俺たちってなんでタイムスリップしてきたんだろ?」
信長の、根本的な疑問に何か答えることは出来なくて黙ってしまう。
なぜ、俺たちは戦国時代にタイムスリップしたのか? 最初の頃こそ考えたこともあったが今となってはなんの疑問にもなっていなかった。この時代に適応したから? いや、この時代を楽しんでいるからだろうか。
「分からない……けどなんで突然そんな?」
「思ったことがあるんだよ。拓海って実際の信長の顔分かる?」
「まあ……」
肖像画なら。現代にも流通しているものが数点あるはずだ。脳内でそれとなく重ねてみると、似ているような似てないような。分からん。
そもそも肖像画の精度も問われるし(当時基準で)写実的に描かれてたとしても、信長の肖像画は年取ってからのものが多いから簡単に比較もできない。
「似てる?」
「分からん。だからどういうこと?」
「俺は信長と入れ替わったんじゃないかって思うんだ……いや入れ替わったかはわわからんけど」
ちょっと待て、本当に意味がわからん話になって来た。信長の言ってる言葉の意味も分からなくなってきた。
「拓海も、気づいたら織田家に居たんだろ? 俺も同じ。 気づいたら信長になってたんだ。拓海が来た時は、政秀が城の前に転がってたお前を発見したんだよ。あと変な服着てて」
「気づいたら信長ってどういうこと? 本当に分からん」
「だから拓海と同じ。自分がタイムスリップした時の感覚は覚えてるだろ、あれ」
「起きたら、ってこと?」
「そう。で、元の信長はどこにも居なかった」
突然信長がそんなことを言い始めたことも含めて、本当に意味がわからない。信長の中では何か一つの仮説があるんだろうが、それもあまり理解できない。
「俺って現代で藤原って名字だったんだ」
「うん……って、それ初めて聞いた気がする」
「そうだっけ? 言ってた気もしたけど……まあ、それでともかく、藤原ってなんか歴史ある感じがしない?」
いやまあ藤原氏と言えば名門の名にふさわしい、まさに日本を代表する氏族と言ってもいい。大化の改新をきっかけにして中臣鎌足の息子、藤原不比等から始まった姓。この時代にも摂関家として、様々な分家にも別れて続いているはずだ。それで藤原は……
「織田家の先祖って藤原じゃなかったっけ」
その言葉を聞いた信長は、自分が正しかったと喜ぶためにガッツポーズを見せた。
織田家のルーツはとある系図によると平氏にあると言われる。それが僭称なのかどうかは一旦置いといて、越前国にある
「ってか、よく知ってたなそんなこと」
「いや何となく」
信長の言いたいことが少し分かった。
要は、自分が藤原の家系だから同じく藤原氏が織田家ともどこか分からないところで繋がっていて、それで何やら不思議な力が働いてタイムスリップした。そんな少し支離滅裂な持論を伝えたかったのだ。
「……ないだろ。ってかソレの原因は分かるはずもないって気がする。そんなオカルトの領域で話しても……」
俺たちは科学者ではない。オカルトマニアでもない。憶測に憶測を重ねて話している。面白い話だとは思う。しかし、それ止まりだ。
「じゃあ俺は? 俺は別に先祖のことも家のことも知らないけど」
「……那古野にいたホームレスが拓海と何らかの繋がりを持ってた?」
「失礼な話だな」
信長の中ではかなり本気で考えている事ではあるらしい……正直、帰れる方法とかの話でもない限り意味の無い話だとは思ってしまう。
「織田様、磯貝殿」
外から忠康の声が聞こえてきた。岡崎に兵が粗方集まったんだろう。
「分かった」
信長は立ち上がって、「よし」と小さく呟くと俺の耳元に口を近づけて小声で喋った。
「頑張ろうぜ。それと一応。一応言っとくけど、ここは
「おう……ん?」
また信長の言ってる意味がすぐには飲め込めなかった。本当に、アイツは何を言ってるんだ? ここが史実と違う世界なのは知ってる。じゃなきゃ、この戦をこんなに早く出来てない。
今川義元討伐戦。その主戦場の火蓋は切られた。
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