125話:④ 斎藤の援軍

 「斎藤様!」

 景行の歓迎と共に迎えられたのは道三。5000の兵を率いて明知城近くに布陣したのは12日の夕方、日がくれる直前だった。

 「久しいな。それで、武田の動きは」

 「はい。武田晴信嫡男の義信を大将とした大軍3000がこの明知を攻め落とそうとしている勢いです。斎藤軍のおかげで向こうも攻めあぐねるでしょう」

 

 道三と義信の軍は互いにほぼ同時刻に遠山領内に入った。そのため明知城は無傷であり、現状死傷者も出ていない。夜襲があるかは分からないが、土地勘のない暗い場所であまり構造も分かっていない城を落とすために人を動かすというのも中々やらない話だ。ひとまず今日の攻撃は無いと思って良い。


 「僥倖だ。ならば儂も動く必要はなさそうだな」

 「なぜ?」

 「武田の目的だ」


 この争乱の少し前、晴信は美濃の東部国境に軍を食い込ませて主要な遠山氏二つを傘下に置いた。しかしそこで引いた、ということは武田にとって明知を支配することにあまり旨味を感じなかったことと等しい。彼からすれば遠山支配は今川への義理というか、この争乱のための伏線というか。そういう物に過ぎない。



 「だから儂が戦場から離れようとでもしない限り仕掛けてこんだろうな。睨み合いで終わり。老体には楽な仕事だ」

 「では、この争乱が終わった後に同族が我々を攻撃することは?」

 「そりゃあるかもしれん。その時は斎藤を呼べ、すぐに1000か2000派遣する」

 「あ、有難いことで……」


 確かに武田にとって遠山氏は付属品でしかない。しかし斎藤、ひいては美濃、さらに三河などあらゆる場所への接続を図れる場所でもある。そういう意味で明知も勢力下に入れておこうという思考に至ることは十分に有り得る。


 「だが、それもこの戦いの結果次第だろうて」

 「つまり?」

 今川が勝てば遠山氏は尾張とともに三国同盟の西部最前線となる。今川が負ければ――

 「ここで今川が勝つと遠山と織田で対三国同盟を二方面に抱えることになる。義龍に任せるにしては少々荷が重い気がするな」

 

 道三は心の中で密かに、三河戦線の勝利を願っていた。


 

 「そういえばこの武田の行軍、ひとつ不思議なことがありまして」

 「ほう」

 城内のとある部屋で景行と二人きりになって酒を酌み交わしていた。話題はもちろん戦のことだったが次期当主の子供の話なんかにも途中は逸れた。

 「武田行軍の発見自体は少し前に行われたんです。信濃の南部……それこそ下伊那を通っているという話だったのですが、その時に報告された兵数が6000だったんです」

 

 「実際の倍あるな」

 「そう。6000なんて数が攻めてくるって話を聞いた時には『向こうがその気ならこっちもやってやる』くらいの気持ちだったんですが、知らないうちに半分が消えてまして」


 それは中々不可解な話だ。足軽に旗を数本上げさせて兵力を多く見せ掛け、陽動に利用するなんて事はよくある。だが、少なくとも道三に報告された兵数は『3000』だったから、武田の陽動作戦という訳では無い。という事は、本当にどこかで半分が消えた。つまり部隊が別れた。だから、残りの3000がどこかに向かったというわけだ。


 通行していたのは下伊那の街道。山道だから多少変な動きをしても敵にすぐ察知されることは無い。

 下伊那……信濃南部……国境。


 「三河に、それも設楽の辺りに入ったか?」

 「あ……ああ! 確かにそれなら……!」

 

 道三が言及したのは後年、奥三河と呼ばれる地域についてだ。信濃からずっと山続きになっていて、行軍してもあまり気づかれない。いわゆる美濃三河高原。そこには今川の国衆となっている奥平、菅沼、鈴木と言った者たちが領地を構えている。そこへの援軍。そういう線を考えた。


 そしてこの道三の読みは、結論から言うと大当たりになる。甲斐国躑躅ヶ崎館を出発した武田軍は三河国国境に差し掛かると、人数を半分に分けた。美濃方面の義信と三河方面の信繁。武田の尽力の結果と言っても良い。

 「面倒だな。武田の3000に今川、国衆諸々合わせて1万少しと言ったところか。どうなるか……」


 道三は不安の念を積もらせた。


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 「斎藤様。わざわざお越しくださりありがとうございます」

 「いえ。と言っても、今回は家臣に指揮を任せておりますので」

 清洲城近く。義龍到着の報はすぐに広まり、貞勝が丁寧に応対する。義龍の隣にいるのは堀田道空。見た目はただの禿げた男だが、尾張出身ということもあって今回の件ではかなり頼りになる。


 義龍が尾張に着いたのは13日の昼。率いた兵は1000。本来ならばもうちょっと多くの兵を動員することが出来たが、晴信にしてやられた形になった。

 「そちらの方は?」

 「亡き守山城主、織田信光嫡男の信成と申します。共に尾張を守れ、そう言われておりますから」

 「よろしく頼む」


 信成は現在那古野城に居を構えている。守山城はどうした、となるかもしれないが守山は信成家臣が治めている。

 「まあ、いざとなれば犬山城の信清様にもご助力を頂けるということになっているので早々変なことは起こらないかと。信長様が帰ってくるまでこの近くに布陣しておけば――」


 「伝令! 伝令! 津島湊! 津島が服部友貞の軍勢と佐治の水軍によって襲われております!」

 「……」

 西尾張にも今川の手は伸びている。貞勝は一呼吸おいてから、「頼みます」と一礼した。信長が莫大な金を得ている金庫を今川は壊しに来た。

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