119話:交わり
美濃国稲葉山城。弟との家督争いを終結させた
「織田より援軍要請の文が届きました」
「織田信長か」
義龍に取ってみると、織田信長という男は何とも奇怪な人間だ。見たのはたった1回きり、5年前に信秀が開いた斎藤と織田の同盟を記念した会。あそこで信勝と言い合いをしている信長を見たのが最初で最後。年下相手とはいえ、少し舐め腐ったような態度には思わず顔を歪めたが、聞いていたよりは自分の中の論理を持っている、しっかりとした人間だと思った。
信長たちの視点で見るとそれはタイムスリップからたった4ヶ月後の、この時代での身の振り方も考えていなかった時の出来事だ。今の信長と、あの時の信長では随分と考え方も変わったような気がする。
「『近い内、今川からの侵攻を防ぐために松平に援軍を送る。その後詰に入ってはくれないか。清洲の守備も少し頼む』……今川相手は嫌だな」
義龍はまた顔を歪めた。今川と斎藤は、動員できる兵力で言えばトントンと言ったところか。いや実際のことを考えれば今川は三国同盟によって三河方面のみに兵を送れるから、もし一対一で戦になれば斎藤は不利になるが。
義龍は自分より信長のことを知っている道三に見解を聞こうと考えた。
「ほう、信長が今川と」
「何かあるとは思っていましたが、今川とは面倒くさい相手です」
「やはり信秀の血だな」
信秀は斎藤と
「いや、だとしても少し性格が違うな。これは防衛戦だ」
「協力はしたいですが、あまり兵を無闇には動かしたくありません」
「そうだな。それにもう一つ気になる事がある」
「気になる事?」
武田の信濃侵攻が着実に進んでいることだった。晴信は十年ほど前から信濃をじっくりと平らげていた。その進捗が大詰めに入っていることは明らかだった。
「武田とて斎藤に手は出してこんだろ」
「ええ、私もそう思います。なら援軍は?」
「うむ……4000か5000ほどでどうだろう。それ位なら居なくても支障ない」
「では、その通りに」
そんな会話が美濃でなされた後すぐ、1554年7月18日。武田晴信は嫡男の
武田氏は
長尾に対する対抗策は以前より武田に通じてきていた景虎家臣の
そしてそれが意味するところは――
美濃国と信濃国の国境。そこに広く領地を構える
「
「2000だと!? 馬鹿を申すな!」
「2000の兵など相手しておれるか!!! こっちの兵など500もおらんわ!! 今すぐ帰順だ、開城するぞ!」
その決断に至るまでは一瞬だった。
その少し北、
「戦うべきか」
「無謀ですな」
直廉も少し勢力を隔てた先とはいえ、武田のことはよく意識していた。そして、その手が自分のところに迫ってくることも。
「……ならば臣従か」
「時節を読むべきかと」
少しの思案の末、苗木城も開城した。選択は、武田と斎藤の両属。残る遠山氏の主要な城は一つだ。
「馬鹿言うな、武田になど屈するか」
そしてその一つは少しイレギュラーだった。
「道三に援軍を頼むぞ、いや今は義龍か。どちらでも良い、今すぐに兵を送ってこいと手紙を出せ」
「ははっ」
彼の行動は斎藤と武田のドッキングを促進する、かなり挑発的な手ではあったがそんなことは頭になかった。白兵戦、戦上手の武田に勝てる技量はない。ただこの明知城で道三が来るまで篭城できるか、それのみである。
景行は覚悟した。稲葉山城から明知までは距離がある。このような自殺的行為をしてしまったからには、討たれてしまうかもしれない。それでもすぐに武田に寝返った親類と比べれば武人らしい最期を遂げられると思ったのだ。
「武田に包囲されるか、水源を絶たれるか、いずれにせよ厳しい戦いになるな」
しかし、武田の猛攻は始まったと思えばすぐに止んでしまった。
「おい、どうなってる。武田は!?」
「て……撤退して、いきました」
家臣の絞り出したような声に景行は腰を抜かした。意味が分からない、なぜ。斎藤が来るまでにはまだ時間がかかる、まだ退くような時ではない。なぜ。
美濃からの帰途に着いた晴信父子はゆっくりと語った。
「信濃も落ちた。後は景虎……」
「父上。それより三河です」
「ああ、そうだ。
「斎藤はいいのですか?」
「まだ良い。誘き寄せることが出来ればな」
「まあ、我々も善意でやっている訳ではありませんからね。それに美濃には道三もいる。厄介」
「いいか。三河平定の準備は
晴信が撤退したのは9月。長い出陣であった。もう3ヶ月もすれば信濃を雪が覆い隠す。
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