8話 : 便利屋源さん

 俺は一つの店に入った。

「いらっしゃいませ」

 俺の姿を見て、と判断した店員が深深と腰を折る。

「店主を呼んでくれ、磯貝拓海の名前を出して貰えればわかると思う」

「……承知致しました」

 再び深く腰を折り、奥の部屋に姿を消す。暫くすると、店主の驚いたような声が店内に大きく響く。


「これは……これは磯貝様ではありませんか!さあさあ、どうぞどうぞ、奥の部屋へ」

「突然押しかけて申し訳ありません、源さん」

「滅相もない!」

 彼の名前はげん。那古野城城下に店を構える商人だ。俺の今着ている着物から何から……俺の戦国時代ライフのすべてを握っている人と言っても過言ではない。

 彼はまるで、時代劇に出てくる商人の見本のような腰の低さと言動をする。現代人からすると、時々吹き出しそうになってしまうのが彼と接する際の注意点だ。俺も何度大笑いしそうになったか……



 奥の部屋にある座敷に連れられて、いよいよと本題に入る。

「それで……今日は何用で?」

「いや、少し取り寄せたいものがあってね。この事はあくまで内密に」

 店主……源さんも「分かりました」と二つ返事で了承してくれる。

「うちの主人……信長様は今度大きな式に出席されるんだ。それで、重役含めて計6名分の格好を用意したい」

「なるほど……承知しました。すぐに用意させます。衣装に要望は?」

「特にないです」

 一通りの会話を終えて、用意してくれたお茶を一口飲む。いつも思うのだが、この時代のお茶は苦い気がする。水が悪いのか、茶葉が品種改良されてないのかは分からんが。

 だが、全く飲まないというのもマナー違反なのでちゃんと飲む。


「……いや、しかし」

 一つ、重要なことを思い出す。信長は俺に『戦国生活は慣れたか』と説明した。それを俺は肯定した。その上で、恒興はと称して俺に衣装を準備をさせようとした。

 つまりどういうことかと言うと……


「6着のうちの1着だけを──の柄の──のような着物にしてくれ。──も用意してくれる事が出来るか?」

 そこまで言うと源さんは半笑いになりながら、驚きの表情をし始めた。

「本気ですかい?磯貝様……?」

「ああ。だから、分かってるな?」

「はい。この事は私が単独で、内密に、隠密に行わさせていただきます。」

 それから、30分ほど品物の受け取り方法や支払い方法、その他諸々を話し合って俺は店を発った。


 なかなかいい買い物をしたな……

 俺は信長の反応が楽しみで自然に笑みが零れた。

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