9話 : 信長の結婚前夜

 源さんの店で衣装を買ってから約一週間。結婚式まで残り4日……というところで城に衣装が届いたとの連絡が入った。無事に届いたようでとりあえず胸を撫で下ろす。さて……どう殿様信長には話をつけようか。


「ちょ、ちょ……拓海い!ちょっと来い!」

 廊下を半ば滑りながら恒興が部屋に入ってくる。顔はまさしく憤怒の表情、かなり怒りを貯めていることが一目でわかった。「説明しろ!」と、俺に怒鳴ってくる。

「分かってる……信長のところに行くぞ」

「おま……なんで偉そうにしてんだ!俺の方が立場は上なんだからな!」

 恒興の怒りが、またまたこだまする。


歩いて少しの信長の部屋の襖を開く。あくまで堂々と。

「おまたせ」

「待ってたよ」

 軽く挨拶を交わしてから、「さて」と本題を切り出す。

「あの着物について……俺に話を聞きたいって」

「まあね、あれは着物って言うのか俺も知識がないから分からないけど」

 信長は半笑いで、なにかの悟りを開いているような状態だった。

「俺はお前の意図を汲めたと思うけど」

 横で恒興が主君を呼び捨てで!……みたいな小言を延々と言っているが俺は当然のようにスルーする。信長も同じく。


「汲みすぎなんだよなあ……」

 信長は手で顔を押えて溜息を着いている。俺が信長のために買った着物?は水玉模様の湯帷子ゆかたびら。湯帷子は風呂に入る時に着る和服みたいなやつのことだ。着物の原点とも言われている。

 それにいくつかの小道具。ひょうたんなどだ。

 つまり、俺は信長に現実の歴史と同じように『うつけ』として行動してね、と暗に伝えているわけだ。


「どう?気に入ってくれた?」

「気に入るも何も、これで行くしかねえじゃねえか、馬鹿」

 婿が花嫁の実家に風呂の時の格好で出向く……現代でも有り得なさすぎる。ルールや決まりを重んじる戦国時代なら尚更に。

 この馬鹿にしか見えない行動がどう転ぶかは……天のみが知っているというわけだ。

「後は任せた、結婚式頑張ってくれ」

 着いていくことが出来ない俺は、せめてものエールを送り信長を見送ったのだった。



 さて、ここまでの話を整理する。

 信長は結婚の2週間前『戦国生活は慣れたか』と質問をした。それに俺は肯定で返した。

 そうすると、信長は恒興にということを打ち明けた。それを『特別訓練』と称して。

 俺は傍から見れば不審人物だ。俺からしても、これから俺を使っていくことになる信長からしても、俺の評判は高くなければならない。だから衣装の仕入れで俺の評判をあげようという試みだったのだ。それを俺は信長の予想を超えて、信長を『うつけ』に仕立てることで応えた。そんな話だ。


 さて、いよいよ信長が尾張国を出発して、北にある斎藤道三の居城である美濃国の稲葉山城に向かう。

 俺のこの行動が吉と出るか凶と出るか。それは神のみぞ知る。

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