2話 : 現代人織田信長

 脳内にある織田信長の肖像画と目の前の男を交互に見比べる。何となく似て……いや、本物だとしても分かるわけないか。遠くへ行っていた思考を手繰り寄せてから改めて正面を見据える。何はともあれこの、自称信長が俺を呼び出した張本人ではあるらしい。

 織田信長。家臣に対して絶対君主かと思うような姿勢で、時には激高し、それはもう苛烈な感じがする破天荒な男。俺の辞書にはそう書かれてある。日本で生まれ育った者なら、知らない人はいないまさに偉人。

 「何故俺……私を呼び出したのですか?」

 

 本当に彼が織田信長であるならば、俺は今タイムスリップしたということになる。現代日本で生まれ育った身からするとそんな非科学的な事が起こっているとは到底考えられない。それに信長も乗っかってきた。

 「だから」

 「ん?」

 イマイチ言っていることの意味が掴めなくて思わず声が出た。何かこう、もう少し『怪しい者は即刻斬る!』とかそういうのが来るんじゃなかろうか。それはそれで困るけど。

 

 「だから、俺も未来からやってきたんだよ」

 「え?」

 「ほら、この服君のでしょ。ちなみに俺のはこれ」

 そう言ってニコニコしながら信長は俺のものとは違う洋服を見せてきた。俺に戻ってきた方の服も確かに、さっきまで着てたやつだ。ん? つまり? どういう事だ?

 「つまり俺は戦国時代にタイムスリップして、更にその先でタイムスリップしてきた上に信長の座を奪ってる未来人と話してるってこと?」

 「そういうことだね」

 ははは、と明るく振る舞いながら信長はすっと何処からともなく団子を出してきた。

 「食べる?」

 「ああ、じゃあ遠慮なく……」

 さっきまでの緊張した時間はなんだったんだろう……と、虚無感に駆られながら俺は何時間ぶりかもよく分からない食べ物を口にした。想像はしてたけど薄味だった。その分食感が感じられて、意外といけるなとも思った。

 

 団子も食べ終わり、ゆっくりと進んでいた話もいよいよ本題へと入る。

 「多分だけど俺、服の他に何か持ってなかった?」

 「いや、他には見つかってないと思う。というよりさ、ここに来る前何してたか覚えてる?」

 何か変なことを言い始めた。それでも言われた通りに一日の記憶を辿っていく。いつも通りの日だったと思うし、学校終わった後もなんの変哲もなく……

 「痛……」

 「ほら、出てこないでしょ」

 記憶がタイムスリップに近づけば近づくほど頭痛が増す。これ以上は考えられない、と思うと一気に治った。さっきの頭痛の原因はこれか。つまりSF的なアレでタイムスリップの原因は分からん、ということだ。


 すると、これ以上の追究は不可能だということで話題は別のものに移っていく。俺は先程まで一緒にいたこの時代の第一村人を思い浮かべた。

 「じゃあさ、さっきの人って林秀貞?」

 「え、知ってるの?」

 勿論だ。長年織田家に仕え、いずれは筆頭家老。家臣団の中での地位は高いはずだ。俺は特にこの戦国時代については結構好きで現代にいた頃も調べていた。もしかしたらこの時代でこのまま生きていくとなればこの知識は力となるかもしれない。

 「じゃあ今度うちの家臣団にまた会ってもらおうかな」

 感心した声で信長はそう言う。ついでに、少し野暮かもしれないが聞いておこう。

 「帰れる手段は無いのか?」

 「見つかってないね、そもそもタイムスリップしてるのは多分俺と君くらいだから……名前なんだっけ」

 「磯貝拓海」

 「オーケー」

 この時代に来て初めて名乗ったな。当たり前だけど織田信長と比べると洋風で少しだけ気恥しい。ちなみにだが信長もタイムスリップ前は藤原直樹とかいう名前だったらしい。

 

 織田信長、その少年時代はうつけと呼ばれるほど破天荒であった。湯帷子と呼ばれる風呂上がりに着る着物のようなものをはだけさせ、髪は茶筅髷にし、行儀悪く柿なんかを貪る奴だったらしい。目の前の信長を見てみる。着物はちゃんと着ている。髪は……下ろしてる。団子が好きらしい。こうして見ると、あまり織田信長の若かりし姿とは言えない気がする。

 「そうだな。取り敢えずまだ実感無いでしょ、一旦外行こうか」

 「ああ……分かった」

 ここまで見てきたこの建物の庭ですら……いや、待てまずここ何処だ? ともかく信長は立ち上がって「着いてきて」と一言言った後、外へ走り出した。

 「え!? ちょいちょい、待ってくれ!」

 「誰かに見つかったら厄介だから、さっさと行くよ」

 林秀貞を部屋から追い払った目的には、これもあったのか。少し感心しながら俺は信長の後を追いかけた。さっきまで俺がいた場所が城だと言うのは、街に出てから気づいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る