第20話 マジで、ムカつくんだよなー

レオ:発作起こしたって聞いたけど、岬ちゃん、大丈夫?


 その日、礼音は岬が発作を起こして学校を休んだことを知ったあと、彼女にそんなメッセージを送っていた。


 既読はすぐにはつかない。寝ているのだろうと判断をし、礼音はその後の授業を普通に受ける。


 岬から返信があったのは、昼休みに差し掛かる少し前ぐらいであった。


本谷岬:寝ていたので、今はもうだいぶ良くなりました


本谷岬:心配してくれて、ありがとうございます


「そか……良かった」


 安堵のため息をつきながら、フリック入力で返事を返す。


レオ:大丈夫なら、良かったよ


レオ:オレがあんな提案・・・・・したばかりに……ごめんな


本谷岬:そんなことないです


本谷岬:むしろ、私のほうが申し訳ないくらいです。本来なら、篠原さんから力を貸していただける立場ではありませんから


レオ:オレは俺の事情で手を貸してるだけだよ


 その返事は礼音の本音であった。


 そもそも、岬の方から礼音を頼ってきたという事実など微塵もない。むしろ、岬は礼音が透夜に関することで協力を申し出た時、必死で固辞しようとしたぐらいだ。


 そんな岬に半ば押し付けるようにして、『提案』をしたのは礼音の方である。礼音は礼音で、彼自身の都合で動いているだけに過ぎないのであった。


レオ:それに、オレは提案するだけで、実際に動いてるのは岬ちゃんだ。気にしないでくれ


本谷岬:そんな……本当に申し訳ないです


 そんな、岬らしい返信に、礼音は苦笑を漏らす。


 彼女は本当に人が好い。まさか自分が、岬が発作を・・・・・起こす可能性・・・・・・まで計算に入れてあんな提案をしたなどとは、まさか夢にも思っていないのだろう。


 礼音には、そういうところがある。人の善意や好意、感情まで含めて計算した上で、行動できてしまう……そんな性質。


 多くの人間は、礼音のそう言った性質を知らない。いや、見せていないと言うべきか。


 付き合いの長い透夜ですら、決して気づいてはいないことだろう。


 いつしか、透夜に向かって言った言葉を礼音は思い出す。


 ――オレ、多分だけど透夜よりもよっぽど性格悪いし?


 いやいや、と礼音は苦笑交じりに首を振った。この言葉は訂正するべきだろう。『多分』ではなく『絶対に』と。


レオ:でも、一応無事だったみたいでほんと安心したよ


レオ:岬ちゃんみたいな可愛い子が外で発作起こしたら、万が一のことだってあるし


本谷岬:万が一なんて……そんなことないです


本谷岬:それに、透夜くんが……家まで運んでくれたみたいでしたから


 ――計算通り。


 ニッ、と礼音は口端を歪めた。複雑で拗らせているようでいて、透夜の性質はその実単純だ。


 あまりに予想通りに動いてくれるものだから、むしろ歯ごたえがないほどである。


レオ:そっか。良かったな


レオ:透夜は今どうしてるんだ?


本谷岬:私が寝ている間に、帰ってしまったみたいです……


本谷岬:あまり、意味がなかったのでしょうか……


レオ:そう気落ちしなくても大丈夫だよ


レオ:あいつのことだ。岬ちゃんのこと、心配してるに決まってる


 それならそれで、目が覚めるまで側についていてやればいいものを、と礼音などは思うが、透夜のことだ。大方、自意識を妙ちくりんな方向に拗らせて、合わせる顔がないとでも思っているのだろう。


 そして、礼音は透夜のそういうところが昔から――、


(イライラして、たまんなかったんだよな)


 礼音の表情が険しくなる。深く眉間に寄せられたしわが、透夜に対する苛立ちの深さを物語っていた。


「マジ、ムカつくんだよなー……あいつ」


 そんな風に呟いたところで、礼音のスマホがブブッと鳴る。


 岬からの返信かと思ったが、違った。


トーヤ:決着、つけようぜ


「……ふーん」


 無表情に、透夜から届いたメッセージを礼音は眺める。


 その透夜からのメッセージは、思い描いたパターンの内のひとつをなぞっているに過ぎない。


「……チッ」


 舌打ちをしながら……礼音は透夜への返事を打ち始めるのであった。

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