第6話 いつだって大歓迎の家
レオと会ったあと。
俺は、菓子工房本谷の前にある公園を訪れていた。岬から連絡があって、呼び出されたのだ。
「透夜くん。来てくれてありがとうございます」
公園で合流した岬が、そう言って笑いかけてくる。
「別にいいって。それより、夕飯の買い出しだろ? 商店街でいいんだよな」
「はいです」
「じゃ、行くか」
そう言って俺は歩き出す。公園を真っすぐ突っ切っていけば、そこがもう商店街だ。
俺のあとを、エコバッグを手に持った岬が短い歩幅でついてくる。それに合わせて歩く速度を調整しながら、俺は彼女に手を差し出した。
「ん」
「はい」
短いやり取りで、岬の手から俺の手へとエコバッグが渡される。
「えへへ……ありがとうございます」
「この程度、気にすんな」
「透夜くん、優しいです」
「バカ。んなことねーよ」
ぶっきらぼうな言葉を返す。
「つーか、こんな程度で優しいなんてことになったら大変だぞ。世の中、優しいやつばっかってことになっちまうだろ」
「それはとてもいいことだと思います」
「怖気がするね」
「見解の相違です。でも、怖くて冷たい世界よりも優しくてあったかい世界の方が、きっとたくさん笑えると思います」
「現実ってやつは、ままならねえもんなんだよ」
「また、捻くれたようなことを言ってます……」
と、困った様子で岬がため息をついていた。呆れられてしまったかもしれない。
「ま、とにかく、優しいとか、あったかいとか、そういうものからは距離を置いて生活させてもらってるんで」
「でしたらその分、私が頑張りますねっ」
「へえ? 頑張るって、どうやって?」
「それは、あの……擦るとかです」
「乾布摩擦かよ」
「まずは物理的にあっためるという作戦です」
それは確かに温かそうだ。
「あとはホッカイロを買ってきて貼ります」
「今の季節にそれやるのはやめてくれよ?」
五月。これからだんだん、気温の上がっていく季節。
ホッカイロの活躍するシーズンは、二ヵ月ほど前に終わっていた。
そんな話をしているうちに、商店街へと辿り着く。
「で、夕飯の買い出しって、なにを買うんだ?」
「ええとですね……とりあえず八百屋さんに行きます」
「ほう」
「そこでじゃがいもときゃべつと玉ねぎを買って、あとはお肉屋さんでひき肉も買います」
「なるほど」
「あとはスーパーで、牛乳とコーンとバターも買います。それとパン粉と小麦粉も減っていたので買い足します」
「つまり、今日の夕飯はコロッケだと」
「ただのコロッケじゃありません。なんと、コーンクリームコロッケです」
えへん、と岬が胸を張る。
「あとは煮物もあります。透夜くんの好きな筑前煮です。お昼の間にお母さんが作っておいてくれたので、味がとても染みてるんです」
「豪勢な夕飯みたいだな」
「はいっ。透夜くんにもおいしくいただいてもらえたら嬉しいですっ」
そう言って、岬は笑顔を向けてくる。
いつもの、邪気も屈託もない、純粋な笑顔だ。まるで幼い子どもが浮かべるような……。
その笑顔を曇らせてしまうのは忍びない。しかし、それでも俺は彼女に告げた。
「……悪い。今日はこのあと、ちょっと都合が悪くてな」
「そう、なんですか?」
「ああ。だから……夕飯、食いには行けない」
「……」
「それと、朝もだけどさ。これまで世話になってきたけど……もう、食わせてもらうのやめようと思ってる。いつまでも美汐さんとかおっさんの世話になってるわけにもいかないしな」
俺の言葉に、岬が黙り込んでしまう。
彼女の悲しむ顔を見たくなくて、真っ直ぐ俺は前を向く。曇る笑顔から、視線を逸らす。
しかし、俺の耳に届いたのは。
「はいっ、分かりました」
という、不思議と元気な岬の声で……。
「え……?」
振り返ってみれば、そこには笑顔を浮かべる岬の姿があった。
「透夜くんが、朝ごはんを食べに来てくれないのは寂しいです。でも、自立したいということですよね? そのために、頑張りたいということですよね?」
「……」
「なら、私は、透夜くんの頑張りたいというその気持ちを応援したいと思います」
それは。
あの日、岬が俺にかけてくれた言葉とそっくり同じで。
「お父さんとお母さんには、私からそうやって話しておきますね。きっと二人とも寂しがると思いますけど、でも最後にはきっと応援してくれると思います」
「あ、ああ……」
「でも、疲れた時にはいつでもうちに来てくれて構わないですからね? 本谷家ならいつだって、透夜くんのことを大歓迎ですっ」
彼女の笑顔は。言葉は。
温かくて。温かすぎて。時々、やたらと、泣きたい気持ちにさせられる。
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