第4話 付き合い、ませんよ?
翌朝。
俺は遅い時間に目を覚ました。時計を見れば、もう九時を回っている。
完全に寝坊だった。もう、朝のホームルームだってとっくに終わっているような時間。遅刻確定だ。
今から行っても、一時間目の途中から授業に参加することになりそうだ。だったらいっそのこと、今日一日ぐらいは全部サボっちまってもよさそうなもんだが……。
(ダメですっ、学校は真面目に行かないといけないですっ)
……もう一度布団に包まろうとした俺の頭の中で、聞きなれた声が響いた。
この言い方は、多分、唇を不満げに尖らせている時だろうな。表情までありありと想像できて、俺はついつい苦笑する。
このまま学校をサボったら、頭の中の岬が一日中説教を垂れてきそうだ。それはさすがに、ちょっと勘弁だ。
想像の中の岬に背中を蹴飛ばされるようにして、俺は布団から抜け出し、適当にパンだけの朝食を口にする。
それから制服に着替え、家を出る。
そして、もうかなり高いところにある日差しに目を眇めつつ顔を上げたところで――、
「透夜くん。遅いですよ」
「あ……」
「ほら、早く行きましょう。ああ、もうっ、こんな時間ですっ。遅刻確定ですっ」
彼女は……いた。
家の前で、通学鞄を手に持って、俺のことを待ってくれていた。
「みさ、き? なんで……」
「なんでもなにも、朝ごはんを透夜くんがすっぽかすからです。お母さん、ちょっと寂しそうにしていたんですからね」
「そうなのか……」
「あとお父さんが、『ほっとけほっとけ。小僧だって朝からムラムラきちまって、一発や二発ぶっ放したくなる時だってあるんだよ』って言ってお母さんに説教されてました」
「おいおっさん」
「ぶっ放すってなんのことですか?」
「知らないお前のままでいてくれ」
「……? あの、余計気になるんですが……って、ああ! お話しているうちにもうこんな時間です!」
スマホの時計を確認し、岬があわあわと慌て出す。
「はい、透夜くんはこれ持って。もうっ、今からだと走らないと一時間目が終わるのに間に合わないです」
通学鞄から出した弁当箱を俺に押し付けるようにして渡すと、岬がパタパタと頼りない足取りで走り出す。
「ほらっ、透夜くんものんびり歩いてないで、走ってください!」
「お、おう……」
「急ぎましょう!」
岬の勢いに押されるようにして、俺も彼女の後を追って駆け出した。
彼女には、色々と聞きたいことがあった。レオとどういう話になったのかとか、結局二人は付き合うことになったのかとか。
でも、それを聞くのはきっと、今じゃない。
「ぜっ、はぁ……ば、バテました……」
「岬!? し、しっかりしろ、岬ー! まだ、百メートルも走ってないぞ!?」
……どうやら今は、体力に乏しい幼馴染を担いで、学校まで走って行くことを優先した方が良さそうだったから。
***
「付き合い、ませんよ?」
その日の昼休み。
レオと付き合い始めたのかどうか確認したところ、彼女の返答はそのようなものだった。
昼休みに入って、弁当片手に俺の席に近寄ってきた岬に、「レオと食わなくていいのか?」と問いかけたのが話の発端である。
俺の問いかけに彼女はきょとんと小首を傾げて、
「でも、いつも一緒に食べてるのは透夜くんじゃないですか」
と言ってきた。
「だけど昨日あいつから放課後に告白されたんだろ?」
「よく知ってますね。私、そんなこと言いましたっけ?」
「まあ、もともとレオの気持ちは知ってたしな」
「そうだったんですか……私は、全然、気づいてなかったです」
目を丸くして驚く岬。
そんな岬に、重ねて問う。
「で。レオと付き合うんだろ?」
「そうですね……」
「あいつ、いいやつだからな。お前、幸運だよ。あんなやつに好いてもらえるなんてさ」
「はい。とても、もったいないことだと思います。私なんかのことを好きになってくれるなんて……」
「ああ。お前さ、ちょっとトロいとこあるけど、レオならしっかりしてるからな。俺も、お前の彼氏があいつなら安心だよ」
「……彼氏じゃ、ないですよ?」
「……んん?」
話が食い違っている気がした。
「ちょっと待て。レオと付き合うことになったんじゃないのか?」
「付き合い、ませんよ?」
「いや、でもお前、さっき『そうですね』って言ったじゃねえか」
「それはただの相槌です。英語で例えるなら、Yesではなくwell...という感じです」
「ややこしいわ!」
「『ええと……』とか『うーん……』とかのニュアンスで口にした『そうですね……』です」
な、なんて分かりにくい……。
なんだか、思い切り力が抜けてしまう。
「だから私は、篠原さんと付き合ったりすることにはなっていませんし、彼女になったわけでもないです。それに篠原さんには、私なんかよりも素敵でふさわしい相手がいるはずだと思います」
「いや……だからってなあ、もったいねえ」
「もったいなくてもいいんです。だから、透夜くんだって、遠慮しないでこれまで通りに朝ごはんを食べに来てもいいんですからね?」
その言葉に、ハッとさせられる。
もしかすると彼女は、俺のことを気遣って、レオの告白を断ったのではないだろうか。
だとしたら、本当は、あいつと付き合いたい気持ちがあったりするのでは?
……俺の存在が、岬にとって負担になっているのでは?
そう思い始めると、止まらない。それが真実のように思えてたまらない。
自己嫌悪に、感情が黒く濁りそうになる。
そんな俺に、岬の穏やかな言葉がかけられた。
「それでは、そろそろお弁当にしませんか? 早くしないと、お昼の時間が終わってしまいます」
「……ああ、そうだな」
「いただきましょう」
「いただきます」
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