第136話 ルイ

「「「「「――――――」」」」」



 ルイとリリスの戦闘を、唯一意識を留めているクレアたちとジルニトラが見守っていた。

 ジルニトラもジッとしていられなかったようで何度か膜に爪を立てていたが、今は静かに視線をルイに向けている。

 それはどこか悲哀ひあいを感じさせる目で、そんなジルニトラにクレアが訊ねた。



「ジルニトラさんでも、この膜は破れませんか?」



 ジルニトラがクレアに顔を向け、ゆっくりとした口調で口を開く。



「我も先程足掻いてはみたが、破ること叶わぬ。

 これはこの世界の魔法ではなく、神の加護による権能。

 このガイアで破れる存在があるとすれば、あの紛いものだけであろう」



 ジルニトラが視線でその存在を示す。

 ルイに時折攻撃を流されながらも、決定的に攻め込まれることはない。

 むしろ余裕すら感じさせるのは決定的ななにかがあるのか、それとも神という存在で計り知れないだけなのか。



「ルイさんよりも身体強化で勝るジルニトラさんでも破れないとなると……」



 神の権能を破れるのは、リリスだけだとジルニトラは言う。

 それはジルニトラよりも、リリスが上だということを意味している。

 これは同時に、ルイよりもリリスが上回っているということでもあった。



「それはアヤツが言ったのか?」


「はい。以前ルイさんが、ジルニトラさんに負け越していると」


「――それは正確ではない。戦闘の強さとは、力以外の部分もあるであろう。

 特に非力な人間とはそういうもの。そのなかでも身体強化の比重は大きい。

 ヤツの魔法は身体強化をさらに引き上げるものである故、他の者よりそれは顕著。

 我と相対していたとき、ヤツは魔法を使わずに向かってきていた。

 少なくとも、アヤツが我より身体強化で劣ることはないであろう」




「――――っ」


 ルイの剣はリリスに傷をつけることはできている。

 だが決定的なタイミングが見いだせない。

 リリスの体勢を多少崩し、背後に回ってもそれは変わらない。

 それは戦闘技術が云々ということではなく、単純にリリスの魔力が高い。


「――諦めよ」


「んんっ――――」


 リリスの指先から、圧縮された黒い水がレーザーのようにルイの太ももを突き破る。

 ルイはそれでも剣を横に払い、追撃を受けないようにして距離を取った。


「加護を持っていようと、我とお前では魔力が違い過ぎる」


 ルイはリリスから視線だけは離さず、即座に脚の傷に治癒魔法をかけた。

 リリスもそれに気づいているようだったが、取るに足らないことのようにかまいもせずに言葉を続ける。


「この世界が我だということは知っていよう? この世界にある魔力は我自身。

 アヤツの加護を持つお前なら、その大きさは理解できるはず。

 人間であるお前と比べるまでもなかろう?」


 リリスの言葉で、クレアたちに絶望の色が広がる。

 それはクレアたちからすれば、リリスの魔力がほぼ無尽蔵と等しいことであったから。

 そんなクレアたちとは違い、ルイはなんでもないように言い放つ。


「そんなことは関係ない。いくら魔力があっても、俺がこの剣で貫けば終わりだ。

 それがわかっているから、お前は俺を殺したいんだろ?」


 面白くなさそうにリリスがルイを睨む。

 リリスに感情と呼ぶものがあるのかは定かではないが、ここまで表情に出たのは初めてのことであった。


「転生者舐めんなよ。ガイアしか知らないんだろうが、デバフってもんがあんだよ。

 少し時間を稼げ。致命傷さえ受けなければそれでいい」


 漆黒の神剣を右側に固定し、右手の神剣の腹を重ねてルイは目を閉じた。

 ルイの周囲には虹色のカーテンが顕現し、リリスとの間を阻む。

 リリスの指先から細く鋭い激流が放たれ、一直線にルイへと向かった。


「……別次元に隔絶したか」


 リリスの魔法は虹色のカーテンに吸い込まれたが、それがルイには届かない。

 この虹色のカーテンはガイアとの世界を隔絶し、目の前のルイを攻撃しても意味はなかった。


「――――そう遠い次元ではなさそうだな」


 リリスも目を閉じ、なにかを探るようにして魔法を放つ。

 五本の魔法がカーテンへと消え、その一つがルイの肩を抉る。


「人間には過ぎた力。いつまでも続けられるものではあるまい?」


 リリスの魔法は頬、腹部、脚を何度かかすめ、閉じたルイの瞳からは血が流れた。

 ルイはリリスの攻撃を無視し、神剣を滑らせていく。

 神剣が滑っていくごとに、神剣からほとばしる雷は激しくなる。 


「鳴神」


 ルイが目を開くと守護していたカーテンが解け、周囲に雷を撒き散らす一二の球体が現れる。

 その球体がルイとリリスを囲み、黒い雷がドーム状に支配する領域を展開した。


「――――ッ」


 ルイが息を吸い込んで、リリスへと距離を詰める。


「――――!」


 リリスが一瞬困惑したような表情を見せ、ルイの漆黒の神剣を受け止めた。


葬天そうてん


 遅れてルイの剣を受けたリリスに、ルイは途切れることなく二撃目を被せにいく。

 初撃の対応に遅れたリリスは、二撃目も同じように遅れてしまう。

 その結果、雷をまとう神剣を受けられない。

 リリスは大きな翼を自身とルイの間に割り込ませることで凌ぐ。

 ルイは構わず振り抜き、リリスの翼を一閃して左腕も大きく斬り裂いた。


「人間が、我になにをした!」


 リリスが漆黒の剣を受け止めていた剣を、ルイに向かって振り下ろしてくる。

 何が起きているのか理解できていないリリスが、恐怖を感じているような目をしていた。

 無理に身体を向かせて振り下ろしてくる体勢は、ルイが左に躱すことで大きな隙となるのがルイには見えている。


 さっきまでと違い、リリスの反応が遅れているのは鳴神が関係している。

 通常の鳴神は雷を直接浴びせる技だが、今回ルイが発現したのは黒い雷を放つ鳴神。

 ルイは体感速度を遅くし、相対的に思考を速める魔法を使用しているが、これを極限まで使っているのが葬天そうてんという技。


 そして黒い雷を放つ鳴神には、これとは逆の時空魔法が併用されている。

 この鳴神を使い、ルイは自身ではなくリリスに時空魔法をかけていた。

 だが時空魔法は以前ティアマトが言っていたように負担が大きい魔法。

 それを相手に影響させるなど、通常ではできないことである。

 そのためルイは鳴神に使うことで、雷で直接的にリリスを影響下においていた。

 鳴神はルイのオリジナル技であるため、このような使い方などリリスには知る由もない。


 リリスがルイを攻撃するたび、その先を行くルイの剣閃がリリスを追い詰める。

 それはさっきとはまったく違う光景。

 止まることのないルイの連撃は、少しずつ手繰り寄せていく。

 ルイの軌跡がいくつも描かれていき――――。


「紫電」


「――――」


 ルイの持つ雷の神剣がリリスの胸を貫いていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る