第104話 魔神殺し
クレアたちは数日をかけて、ルーカンから聖都へと帰還した。
ブルクの領民は何回かにわけての移動になり、フェルナンド王は最初に移動することとなった。
最初はこれについてフェルナンド王は難色を示したが、今やルーカンはブルクの領民ともかなり良好な関係にある。
ルーカンもブルクと同じように魔物が迫り、共感するところが多かったというのもあるのだろう。
だが聖都へと移動した人たちは、その後のことに不安が出る。
それをクレアが進言し、フェルナンド王も考えを改めたのだ。
「これは…………」
ルーカンは聖都の西に位置するため、クレアたちはそのまま西から聖都へと入った。
「これは、魔神によるものなのか?」
「そうです。今は瓦礫も片付けて綺麗になっていますが、この西地区一帯は焼け野原と言っても差し支えない景観でした」
「そうか。ブルクほどではないとはいえ、これだけの惨状は痛ましいな」
大隊がそのまま聖都へ入場してしまうと道を占拠してしまうことになるため、大半は西地区で一度待機することになり、フェルナンド王が乗る馬車とクレアたち近衛隊のみが城へと進むことになった。
「聖女様たちがご帰還されたぞ」
西地区周辺は飲食店などが多く、時間も夕方になろうとしていたため人が多い。
クレアたちの帰還で騒がしくなり、お店の奥から出てくる者たちまでいた。
だが少し進むと、一瞬静かにざわつき始めた。
「ねぇ、あの黒髪の騎士って、魔神殺しの騎士じゃない?」
集まっている人々の視線がルイに集まっている。
いつもより目立ってしまっているので視線は多いが、ルイからすればいつもと変わらない光景。
そんな人々の視線を見て、クレアが不安そうにルイに目を向けたのだが。
「魔神殺しぃーー! アンタのおかげで助かったーー!
今度飯食いに来てくれよぉーーー」
「ほらっ! アンタお風呂が好きなんだろ?! あとでこれでゆっくりしな」
人集りを掻き分けて、ルイがいつも利用していたお店のおばちゃんがお風呂セットを手渡してきた。
いつもと違う周りの反応にルイが困惑していると、隣りにいたエリスが口を開いた。
「ルイ様のことは、魔神を倒した騎士として噂になっていたようですよ?」
「そうなのか? だが魔神殺しなんて、随分物騒な名前の噂で嫌なんだが」
ルイが聖都で魔神を倒してすぐは、魔神の被害で聖都全体が暗い雰囲気になっていた。
聖都が普段の活気に戻るにはそれなりの時間がかかったのだが、ルイたちはその間にエスピトに行く。
そしてルイはそのままジルニトラの下へ行ってしまったので、今日まで聖都の人々がルイを目にすることはなかったのだ。
「あの騎士は随分と聖都で人気があるようだな」
目の前の光景を見て、フェルナンド王が明るい表情でクレアに話しかけた。
「そのようですね。当の本人は困惑しているみたいですけど」
クレアたちが城へ着くと、門のところに十数人が出迎えをしていた。
先頭に立つ男は、上等な生地のローブを身に着けている。
隣にはクレアの父であるデューンと、後ろには執事と思われる者やメイド、三騎士が控えていた。
「――! テメェ……」
三騎士はルイの姿を見た途端驚いたような顔をしていたが、そのなかでもグロウは声を発してしまっていた。
「あれはリドリア宰相よ。三大貴族レグルント家の現当主で、魔道士としての腕はかなり高いとは聞いてるけど、なんか細かくて面倒なヤツなのよね」
ユスティアがルイの側に寄ってきて、訊いてもいない情報を告げてくる。
ユスティアは城への滞在もしていることから、わりと宰相とも顔を合わせる機会が多かったのだろう。
だがユスティアの反応から見るに、あまり良好な関係というわけではなさそうだ。
「リドリア宰相であったな。私のような亡国の王に、出迎えまでしていただき申し訳ない」
「なにを仰られますか。よくぞご無事であられました。
聖都も魔神には多大な被害を受けております。
できる限りのことをさせてもらいます」
「ご無事でなによりでございます。私は軍務を預かっております、デューン・メディアスと申します」
「メディアス? クレア殿のお父上か?」
「はっ。此度の件で、至らぬところがありましたら、私が伏してお詫びを申し上げます」
「そのようなことを申されなくともよいですぞ。
ルーカンではクレア殿の言葉に励まされた。
騎士としての心構えもあり、我々ブルクの民への配慮もできる。
素晴らしい騎士であり、羨ましく思うぞ」
「クレアにそこまでのお言葉を賜るとは、身に余る光栄でございます」
「クレア殿、今までより顔を合わせる機会は減ってしまうかもしれぬが、そなたとはどこかでまた顔を合わせることがありそうな気がする。
そのときを楽しみにしておるぞ」
「ありがたいお言葉、私も楽しみにしております」
クレアが左胸に手を当てて軽く頭を下げると、フェルナンド王はリドリア宰相たちにつれられて城へと入っていった。
「このあとはどうする?」
任務も終わり日も傾いてきているので、帰宅か食事のことをユスティアは言ってきたのだろう。
「わるい、ちょっと行きたいところがある」
ルイの要望で、クレアたちはその場所へ案内をした。
「これがそうなのか……」
ルイの行き先は墓標だった。
ただその場所は通常の場所とは違う。
その墓標はパナケイア教団の敷地に建てられていた。
それは甚大な被害を出した魔神が、ここで討ち取られたことから。
そこには五メートルはある墓標が二つ並んでいる。
「エドワードさんはこちらの墓標です」
エリスが案内したのは右の墓標。
エドワードの葬儀自体は行われて、ルイもそれに参列はしていた。
だが当時は魔神の襲撃直後ということもあり、すぐに埋葬されることはなく保管されたのだ。
「なんで二つあるんだ?」
ルイが疑問に思って訊ねると、クレアがそれに答えた。
「三騎士のグロウさんの要望だと聞いています」
思わぬ名前が出てルイが怪訝な顔をした。
墓標は一般の領民と、魔神と戦って殉職した騎士の墓標でわけられている。
最初は一つの予定であったらしいが、これに口を出したのがグロウだったらしい。
領民と騎士の被害で悲しみが変わることはない。
だが騎士たちは領民を守るために逃げずに戦い、生き残った領民たちを助けた。
その功績と犠牲は讃えられるべきだと主張を押し通したらしい。
墓標にはいくつも名前が刻まれ、エドワードの名前は一番上に一人だけ刻まれている。
「少し遅くなった……リリスを倒して、奥さんとカレンのことは守ってやる」
少しの間ルイが墓標に向かって立っていると、そこにグロウが現れた。
「テメェはここに来ると思ったぜ」
ルイを見たグロウは、相変わらず面白くなさそうな顔を向けてくる。
だが以前のように絡んでくるようなことはなかった。
「…………この墓はお前が二つにしたらしいな?」
「まぁそうだな。魔神は三騎士である俺たち三人が同時に挑んでもそれを軽くいなしやがった。
どれだけ俺たちが傷を負わせても修復されちまう。
俺たちは倒すどころか、戦闘不能に追い込まれる始末だった。
他にも倒れた騎士たちはいたが、エドワードは別格の働きをしたんだ。
アイツは俺たち三騎士以上に魔神と対峙していた。
それがテメェが来るまでの時間を稼いだんだ。
生き残った俺たちは、エドワードに助けられたんだ。
一番功績が大きいのはエドワードなのは間違いねぇ。
俺はそれを言っただけだ」
「そうか……お前みたいなヤツでも三騎士にそこまで言わせれば、エドワードも笑ってるかもな」
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