第103話 圧倒的な実力

 クレアたちの視線がルイへと集中していると、別の場所から大気を揺らすほどの咆哮ほうこうが響いた。

 その先ではジルニトラが後ろ脚でベヒーモスの頭と残った前脚を踏みつけ、力づくで地面に伏せさせている。

 ジルニトラは上からベヒーモスの首に爪を刺し、それを取っ掛かりとして引きちぎってしまった。


 魔獣と呼ばれるベヒーモスに対し、規格外な戦い方の圧倒的な強者。

 ジルニトラは翼を広げてフワッと浮き上がると、そこからルイ側の魔物へと突撃した。

 その突撃で少なくなっていた魔物の大半が絶命する。



「手伝えと言っておきながら、我だけにやらせる気か?

 残りは我が葬っておいてやる。せめてソレだけでも始末しておけ」


「ッチ。少しくらいデカイからって、それで勝ったと思うなよ」



 ルイは面白くなさそうに舌打ちをして、魔神へと視線を移す。

 魔神はジルニトラが見せたベヒーモスの殺し方に、顔が固まってしまっていた。



「これ以上はアイツになにを言われるかわかったもんじゃないから終わらせてもらうぞ」


 そう告げると、ルイが魔神との間合いを詰めた。

 魔神の目には恐怖と呼べるような怯えた色があり、とっさに距離を保とうとしているのかインフェルノを放ってくる。

 地面から青い炎が吹き上がろうとした直後、ルイの剣閃がそれを消失させてしまう。

 焦る魔神がやみくもに鉾を振るってくるが、それをルイは右手の打刀で強引に弾く。


 魔神はルイに力だけで武器を弾かれ、そして視線が交差した。

 まるで魔神との戦闘がなんでもないような涼しい目で、ルイが魔神に迫る。

 生み出されたときから圧倒的強者であるはずの魔神。

 だがそれは、目の前に迫ってくるルイとは立場が逆転してしまっていた

 

 魔神は尻尾の蛇をルイとの間に割り込ませると、その蛇がルイを丸呑みにしようと口を開ける。

 ここでルイが斬っていたならば、魔神は弾かれた鉾を引き戻す時間を稼げていたかもしれない。

 だがルイはそれをしなかった。


「スヴェル」


 ルイは神聖魔法の盾で蛇の動きを一瞬止め、それを蹴り飛ばした。

 さっきと同じように魔神は吹き飛ぶが、ルイは吹き飛んだ魔神を追撃する。

 吹き飛んで動けない魔神の核に、ルイの刀が突き刺さっていた。

 ルイが地面に着地したときには魔神は霧散し、ジルニトラは魔物を葬り去ったあとだった。



「最低限の働きはしたようだな」


「俺もベヒーモス一体はやってるぞ。魔神と合わせてイーブンだろ」


「なにを言っているのか理解できんな。イーブンとはなんだ?」


「引き分けってことだ」


「ふざけたことを。だが神代の炎で魔力の借りがある。

 今回はそういうことにしておいてやろう」



 ルイとジルニトラが話していると、後ろで歓声があがった。

 少しの間状況が飲み込めていなかった騎士たちだが、ルイとジルニトラが話し始めたことで戦闘が終了したことを理解したようだ。



「このあとはどうするのだ? 戻るのか?」


「ああ」


「そうか。では近いということだな。なにかあれば呼ぶがいい」



 そう言うとジルニトラは大きな翼を広げ、空高く舞い上がっていく。

 薄っすらと水色の光を放ち、紺色の空へと消えていった。



「ルイ様!」



 ジルニトラが離れると、入れ替わるようにクレアたちが駆け寄ってくる。



「黙って置いていくなんて酷いです!」



 最初に声をかけてきたのはエリス。

 いろいろとルイに不満を持っているようで、わりと声色に怒気が含まれている。



「そうだぞ。一言くらい断りを入れていけ。しかも戻ってくるなり混乱させるようなことを」



 アランは不満というよりも、注意をしているような感じだ。

 ユスティアは腕を組んで控えめな笑みを向けている。

 なにか言おうとはしたのかもしれないが、二人を見てしょうがないわねというような雰囲気。

 そしてクレアは――。



「嘘つき……三ヶ月って言ったのに」



 クレアはその後勝利を宣言し、ルーカンは街全体での宴会状態になった。

 魔獣が二体と、魔神が倒されたことが報告されるとブルクの領民は涙を流す者も多数いた。

 そんななかクレアたちは宴会に参加せず、ここ三ヶ月ちょっとのことをルイに訊いていた。



「ねぇ、ルイくん? なんかすっごい強くなってたんだけど、今までなにしてたの?」



 口調はいつもと変わらないが、たまに見せる真面目な目をユスティアが向けて問いかける。

 それはクレアたちも同じように思っていたことのようで、食い入るように視線がルイに集中していた。



「ずっとひたすら訓練してた感じだな」


「いや、それはなんとなくわかるが、いったいどんな訓練をしていたんだ?」



 アランが適当に誤魔化すのは許さないという勢いで問い詰めてくる。



「エスピトで俺は、普通の訓練では実力の伸びが足りないと考えた。

 それで俺は、ジルニトラを相手に訓練することにしたんだ」



 ルイの言葉を聞いたクレアたちは、一様にえ? っという顔をルイに向ける。

 なにしろジルニトラと言えば、さっきベヒーモスの頭を力づくで引きちぎってしまった竜だ。

 そんな竜を相手に訓練など、訓練の範疇を超えて訓練と呼べるのかも怪しい。



「戦闘の基礎は身体強化だろ? これを強くするのが一番効率的だし、確かだからな。

 実際ジルニトラは強かったよ。最初はアイツにボコボコにされたからな」


「ルイ様は、あのジルニトラさんを相手に訓練していたんですか?」


「ああ。それ以外大幅に強化できそうな訓練が思いつかなかったからな。

 まぁでもアイツのおかげで、かなり強化できるようになった。

 最初のうちかなり負けたから、戦績としてはまだ負け越してるんだけどな」


「あの竜と訓練なんて、ルイくんとんでもない訓練を思いついたわね」


「他に選択肢がなかっただけだ」


「それでルイさんはジルニトラさんと一緒だったわけですね。

 ですがどうしてこのタイミングで戻ってこれたんですか?

 たまたまとは考えにくい気がしますが」


「それはジルニトラに言って、偵察を出していたからだ」



 ルイが言う偵察とは竜のこと。

 ここ二ヶ月の間、セイサクリッド領では頻繁に竜が目撃されていた。

 竜によって低空であったりと様々でかなりの警戒がされていたのだが、それがルイが言っている時期とピッタリ符合する。



「だからある程度の大きな動きは、俺も把握していた」


「もぅ! だったらリンド砦のときも把握していたんじゃないの?

 手伝ってくれてもよかったのに!」



 夜中宴会状態のルーカンであったが、ルイたちも同じように積もる話を語り明かす夜となった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る