第100話 ファントムフレア

「おい。戦闘が始まる前に着きたい。もっと速く飛べないのか?」


「我にそんなこと言ってくるのは、お前くらいだぞ?」


「そんなことどうでもいい。飛べないのか?」



 心底どうでもいいと思っているのか、ジルニトラの言葉に顔色一つ変えない。

 ルイはジルニトラを挑発するかのような言い方で、もう一度問いかけた。



「お前がいるからこれで抑えているのだ。お前がいなければ飛べるやもな」


「飛べるならそれをやれ」


「落ちても知らぬぞ」



 ジルニトラはそう言うと、一気に急上昇する。

 ほんの数秒で水平から垂直へとなり、ルイは右手でジルニトラの首にある毛に掴まっていた。



「いくぞ」



 ジルニトラが下降へと転じていくなか、翼を折りたたんで回転する。

 再度地表と水平になったときには、弾丸のようになってジルニトラは飛んだ。

 速度は一気に上がり、倍以上の速度が出ている。

 ジルニトラの風属性魔法で風圧はないが、回転していることによる遠心力は消えない。

 ルイは足をジルニトラの首にまたがるようにして、回転の中心に位置を取るようにした。


 視界に地表が見えるタイミングで、かなりの速度が出ていることがわかる。

 景色は過ぎていくというよりも、次々に変わっていく。

 セイサクリッドの軍が見えたと思った次の瞬間には、その頭上を越えて前に出ていた。

 水平に進んでいたジルニトラが、大きく翼を広げて急停止する。

 目の前には迫ってくる魔物がハッキリ見え、その迫る地響きが聴こえる。

 後ろでは騎士たちがジルニトラの存在で動揺してざわついてるが、ルイはまず魔物の確認をした。



「一〇〇〇〇はなさそうだが、魔獣が二体か」


「フン。あれに引っ張られ、主人たるティアマトを忘れ彷徨うとは」



 ルイは一度視線を流して後ろを確認した。

 隊は四隊に分かれ、クレアたちは中央で孤立している陣形。

 ある程度魔物を受け持ちつつ、魔獣をクレアたちが早めに押さえるつもりなのだろう。



「お前も手伝えよ」


「我にあれの相手をしろと?」


「これはただの討伐じゃない。お前もわかっているんだろ?」


「……ティアマトの言葉もある。少し力を貸してやろう」


「少しは楽ができそうか」



 ルイは口角をあげてそう言うと、左手で背中にある太刀を引き抜く。



「羽虫を相手にするのは面倒だ。お前の魔力を我によこせ」


「なにをするんだ?」


「お前の魔力は神代の頃にあった魔力。この次元では使えなかったが、お前の魔力があればあれの大半は消せるだろう」



 若干ジルニトラがなにを言っているのかわからなかったルイだが、魔力を渡せば魔物の大半を消せるとジルニトラは言っている。

 ジルニトラがいるのであれば、広範囲魔法のジャッジメントを使うことはできない。

 数を減らせるというのは助かるので、ルイはジルニトラの提案に乗ることにした。



「なにするのか知らないが、まぁ数を減らしてくれるなら少しくらい分けてやる」


「神代の炎、見ておくのだな」


 ジルニトラが大きく息を吸い込むと、ジルニトラの背後にティアマトの加護である刻印が銀色に浮かび上がる。


「おい、マジか。持って行き過ぎじゃないのか?」


 珍しく驚いた顔をルイが見せる。ジルニトラはジャッジメントよりも多い魔力、半分近くを持っていったからだ。

 だがそれとは違う形で動揺している者たちもいる。



「あの竜、なにをしようとしている?」


 これから魔物と戦う騎士たちは逃げるわけにはいかない。

 だが突然現れた白銀の竜がなにかをしようとしている状況は、どうしたらいいのかわからないという状況になってしまっていた。


「あそこにいるのルイくんなんでしょ? あの竜はなにしようとしてるの?!」


「わかりません」


 焦るユスティアの問いかけに、アランが答える。

 だが答えはなく、それに答えられる者もいなかった。

 ジルニトラの鱗が微かに水色っぽい銀色の輝きを放ち、一気にその輝きを増す。


「ファントムフレア」


 ジルニトラから吐かれたのは、今は失われた銀色の炎。

 銀色に光り輝く炎など、ルイじゃなくても見たことなどない。

 この世界にはないその神秘の炎は、一瞬で魔物を塵と化していく。

 だというのに、そこにある草花はまったく燃えることがない。


「あれは、パナケイア様がお遣わしになった竜か?」


 見当違いなことを考えてしまう騎士も出てくるが、なにも知らなければこういった考えが出てきてしまうのも仕方のない光景でもあった。

 それほどジルニトラの姿は神秘的で、畏怖の念を抱かずにはいられない。



「大分減ったな」


「この世界ではこれが限界だ」


「神代の頃は、これよりすごかったのか?」


「あの世界は、魔力が満ちた世界であったからな」


「そうか。右は俺がやるから、左はお前がやれ」



 ルイが視線を向ける先には、ボロボロに焼けただれた魔獣と、ほとんど動けない魔物たちがいた。

 数は二〇〇〇もいないだろうが、それでも十分脅威と呼べる規模ではある。

 ジルニトラが急降下で魔物の軍へ突っ込むと、地表間近でルイはジルニトラから離れた。

 右手で打刀を抜刀し、その流れで近場にいた魔物を斬り捨てる。



「軍が動いたら巻き添えにするなよ」


「わかっておる。我が大半を葬ったのだから、精々我より葬るんだな」


「俺の魔力半分近く使っておいてよく言う」

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