第99話 迫る魔物
「クレア大隊長。戦場には私も出るぞ」
「フェルナンド王が戦場に出るなんて、はいと言えるわけがありません!」
「これも交渉材料の一つになる。私は領民たちのため、出来得る限りのことをしないわけにはいかんのだ。
それにヤツらにはブルクを陥落させられておるからな。
散っていった者たちのため、一緒に戦わせてほしい」
クレアはフェルナンド王の資質を高く評価していた。
領民たちに寄り添う姿勢もさることながら、状況を正確に理解して先も見ている。
損得だけの政治をする貴族は多いが、フェルナンド王のように人の気持ちも考えてできる者は少ない。
そしてクレアは、ルイのことを思い出していた。
フェルナンド王とは全然違うのだが、重なるところがあるように感じられたのだ。
ワイズロアでは反感を買って離脱していた。
だが逆に言えば、クレアたちのことを考慮したことでもあった。
ワイズロアの状況も正確に把握していたからこその行動であり、ルイの資質はフェルナンド王と根底は同じような気がしたのだ。
ブルクの騎士は五〇〇と少なくフェルナンド王が出陣するというのもあり、本体と町の間に入る後衛に落ち着いた。
そして準備を始めて五日後、魔物が国境に広がる山から姿を現す。
「やはり現れましたか」
「そ、それが…………」
「どうかしたの?」
報告に来た騎士が口籠り、ユスティアが声をかける。
騎士の様子がおかしいのはクレアたちやフェルナンド王も気づいていて、視線が集まっていた。
「魔獣が……魔獣が二体います」
この騎士の報告はみんな想定外で、一瞬にして緊張が増していた。
フェルナンド王と、その近衛騎士隊長の顔は凍りついてしまっている。
ブルクは魔神もさることながら、最も大きな被害だったのはベヒーモスであったからだ。
「魔獣が、二体……だと」
作戦では他の騎士たちに魔物を任せ、クレアたちはベヒーモスを討つ手筈になっていた。
魔神が現れた場合、最も早く倒せるユスティアがベヒーモスを相手にし、クレアとアランが魔神を押さえることになっている。
そしてベヒーモスを倒したユスティアが合流するという流れになっていた。
「あれは他の騎士じゃ荷が重い。クレアとアランで、もう一体をやってもらうしかないわね。
できるだけ早く倒す以外にない。いざとなったら魔神は私が押さえながらやるわ」
「神騎殿は、魔神と魔獣を同時に相手できるのか?」
フェルナンド王が、信じられないというような顔を向けて訊いてくる。
「先日の話だとブルクに現れた魔神は人型ではなかったようだし、かもしれないってところね」
すぐにクレアたちは炎幕を出て、所定の場所まで馬で移動。
前もって土属性の魔法で用意していた場所に馬を残し、そこからは身体強化で駆ける。
クレアたちの陣形は、今回四ブロックに分かれている。
正面に二ブロックと、両端から斜め四五度で斬り込む二ブロック。
そして中央のブロックから少し前に位置するのはクレア班だった。
クレアたちはベヒーモスを真っ先に押さえる必要があるので、唯一遊撃隊のような役割となっていた。
月に照らされたクレアたちがいる場所は、夜の静寂が辺りを包んでいる。
すでにユスティアの手には聖遺が握られ、迫る魔物を待っていた。
「聞いてはいたけど、ワイズロアの防衛戦はすごかったのね。
ベヒーモスが二体って聞いて、ワイズロアの防衛戦がどんな感じだったのか少しわかったような気がするわ」
ユスティアの言葉に、クレアたちは思い出したのか苦笑いを浮かべた。
だがすぐに緊張が走る。
静かなその場所に、今まで聞こえなかった音が微かに聴こえたからだ。
意識したわけではないのだろうが、それぞれの武器を自然と握りしめる。
明らかに変わる空気。
これだけの規模で魔物と戦闘になるなど、去年のガイアでは考える者などまずいない。
それだけワイズロアでのことは特殊であったはずだった。
だが今回はワイズロア、リンド砦と違って戦闘エリアなどの設定はない。
各部隊戦線をある程度維持するようにし、突出することで集中攻撃されないように指示してある。
それでも損害が出ることは間違いない。
それを騎士たちも理解しており、その損害とは自分かもしれないという思いが消えることはない。
魔物が迫ってくる地響きが少しずつ大きくなり、近づいてくるのがわかる。
視力が強化されている状態でも、まだ微かに影が見えるかどうかというくらいだが魔物の数を音が表していた。
これから戦場になるそこには、張り詰めた緊張が支配している。
「――――?」
そんな緊張のなか、なにかに気を取られる騎士たち。
何人かが南東の空を目を細めて見ている。
魔物がそっちから現れる可能性は低いが、確認しないわけにはいかない。
クレアたちもなにがあるのか確認すると、時折キラッっと白い輝きが見える。
それは間違いなく自分たちの方へと迫ってきていた。
騎士たちが剣を抜き放ち、臨戦態勢を取る。
その迫ってくる大きさは、真っ先に浮かぶのは竜。
クレアはとっさにどう戦うべきかを考えた。
ベヒーモスのこともある。どう考えても対応できる状況ではなく答えが出ない。
竜は猛烈な勢いで迫り、回転しながら飛んできていた。
あっという間に騎士たちの頭上を通り、クレアたちを背に翼をバッと広げて急停止する。
その姿は美しく、月の光に反射して白銀の鱗が水色っぽい光を放つ。
二〇メートルは超える竜が突然現れ、騎士たちはその存在に動揺している。
その美しさと、尊大な存在に動けずにいた。
「――あの竜」
騎士たちに背を向け、夜空に滞空している白銀の竜を見てエリスが言った。
ユスティアはわけがわからないという顔でエリスやクレアたちの顔を見る。
竜の肩には人が立ち、その後ろ姿はクレアたちには見慣れた姿。
背中に太刀を背負い、腰には刀を帯刀している。
チラッと後ろを確認してきた横顔は、確かにクレアたちが知る者だった。
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