第93話 別離

 そして夜は、アロルドたちが料理を振る舞ってくれるということになっていた。

 これはルイとユスティアの約束。

 死傷者も出ているので、エスピトをあげての盛大なものというわけにはいかなかったが。



「ユスティア様!」



 目的地となっている建物へと向かう途中、ルイたちを見かけたエルフたちが寄ってくる。

 戦闘の後処理をしていたようで、瓦礫などが風魔法で集められていた。



「もう、ルイさんも大丈夫なんですか?」


「ああ。この通り、なんの問題もない」


「ルイさんは人族なのに、俺たちよりも強い精霊魔法が使えるんだな」


「そうなのか?」



 自分が精霊魔法を使っていることを知らなかったルイは、ユスティアの方を見る。

 クレアたちはユスティアから聞いていたが、当の本人は初耳だ。



「なんだ、気づいていなかったのか? そんな状態でも精霊があれだけしてくれるんだからすごいな」


「そうなのか。じゃぁ、精霊に感謝くらいはしておかないとな」



 目的地につくまでの間、ルイたちは何度も囲まれることになる。

 ユスティアがいたからというのもあるが、クレアたちが魔神を引き受けて助けられたという事実も大きかった。

 エリスのおかげで死傷者はかなり抑えられ、そしてルイにはゲートのことも。


 ルイたちがついた先は、エスピトで一番大きな建物。

 ここは元老院と王家が主に職務をするのと、外交の場で使われる建物らしい。

 聖都のように王城というものはなく、王家や元老院の者も他のエルフと同じような暮らしをしているようだ。

 だが外交にはそれなりの場というものが必要であり、そのための建物だということだった。

 案内された部屋は二〇メートルくらいある部屋で、立食形式で料理が並んでいる。



「べつにここまでしてもらわなくても、普通の食事でよかったんだが」


「あれだけみんなには助けられたんだもん。これくらいはしてもらっていいと思うわよ?」



 部屋に入って話していると、近づいてくるエルフがいる。

 後ろにはアロルドたちと、元老院の者たちがあとに続いていた。



「私はベルナール・フォルシウス。エスピトを治めさせて頂いています。

 此度は魔神、ゲートと呼ばれるものからお助け頂いたこと、深く感謝を申し上げます」



 ベルナールが深く腰を折ると、後ろに控えていた元老院のエルフたちも同じようにする。

 ルイの視界の端には、ティアがニコニコとしていた。



「御山の件も聞いております。我々エルフが手を出してしまったということも。

 それでもみなさんは、我々のために戦って下さった」


「目の前であんな状況があったから助けただけだ。

 それよりも、ユスティアは一人で助けに行こうとしていたから、ユスティアに感謝しておいてくれ。

 俺は腹いっぱい食わせてもらうよ」



 食事が始まると、ティアがやっとかという感じで寄ってくる。

 だがそこに、またティアの邪魔をするエルフがきた。

 ユスティアが若干の警戒をする。

 なにしろ、ユスティアがルイと剣を交えることになった張本人であるカルンだったからだ。



「この前は、申し訳なかった」



 ユスティアもそうだが、イオナとティアが驚いた顔をしている。



「今回のことで、私は思ったのだよ。我々古いエルフは変化に取り残され、少し閉鎖的過ぎていたのかもしれないと」


「それはそうね」



 カルンの言葉に、少しムッとした顔をしたユスティアが茶々を入れる。



「話も聞かずにあんなことをするから、私はルイくんに蹴られたんだから」



 けっこうユスティアは、ルイに蹴られたことを根に持っていた。

 これは死ぬまで言われるのではないかとルイは感じた。



「まぁ、俺たちも黙って山に行こうとしていたからな。

 そういう意味ではお互い様っていうことにしておこう」


「そうか」


「カルンおじは、なにかわるいことした?」



 ティアが子供らしい素直な質問をしてくる。

 イオナは少し慌てていたが、そこにユスティアが意地悪なことを言った。



「カルンさんのせいで、私がルイくんに蹴られたの!」


「ルイにぃ、ユス姉様のこと蹴ったの? 暴力はダメなんだよっ!」



 少し眉を吊り上げて、ティアがルイに迫る。

 ティアが言っていることは当然のことで、反論の余地などなかった。



「そうだな。仲良くしなとダメだよな」


「そうなんだよ」



 ティアの言葉は、カルンにはかなり響いていたようで、随分と顔が崩れていた。

 食事が進み、バルコニーでルイが休んでいると、クレアが飲み物を持ってくる。

 果実を絞ったそれは爽やかな自然な甘みで、ルージュ色の飲み物だった。



「これでルイさんには三度目ですね」


「なにが三度目なんだ?」



 七メートルくらいの高さにあるバルコニーから、クレアは遠くを見ながら呟いた。



「ワイズロア、聖都、エスピトで三度です。ダンジョンも入れるなら四度ですね」


「だが、今のままではリリスは厳しいと思う」



 ルイが言った言葉に、不安そうな色を見せてクレアが見る。



「この前俺が対峙した魔神は、神代の魔法を使っていた。

 普通に考えれば、リリスは魔神よりも強いはずだ。

 それに、加護を使って意識を失うんじゃ話にならない」


「あれだけの力なのですから、仕方のない部分もあるんじゃないですか?」


「俺が失敗したら、ガイアは永遠にリリスと一緒だ。

 もっと確実性をあげる必要がある」



 ルイの雰囲気からなにかを感じたのか、クレアがルイの袖を摘んで見てくる。



「少しの間、クレアたちとは離れようと思う」


「――少しって、どれくらいですか?」


「三ヶ月くらいがいいところか」


「長いです!」



 避難の声をあげるクレアだったが、それにルイが答える言葉はなかった。



「もう、私のことは、好きではなくなってしまいましたか?」



 ルイの袖を摘んでいた手を離し、胸のところをギュッと握り締めて訊いてくる。

 だがそれとリリスのことは別の問題だ。

 そして優先すべき方はリリス。



「そんなことはない」



 クレアの頭をそっと撫で、ルイはやさしい口調で言った。

 そのルイの顔は、クレアがルイと出会った当初のものではない。

 誰にも関心がなさそうな、冷めた瞳ではなかった。



「わかるだろ?」


「本当に、三ヶ月ですか?」


「ああ」


「三ヶ月経ったら、私のところに戻ってきてくれますか?」


「俺を馬車馬のように使うんだろ?」



 ルイの言葉に、クレアの顔は少しだけ笑顔になっていた。



「そんなことを言ったこと、ありましたね。

 帰ってこなかったら、ルイさんに唇を奪われたと言いふらしますから」



 クレアの腕がルイの首に回されて、唇が重なっていた。

 クレアからのキスに、ルイは離れがたい気持ちが出てくる。

 唇が離れると、クレアは顔を赤くしながら寂しそうな顔をしていた。



「ディバインゲート」



 ルイは飲みかけの飲み物をバルコニーの手摺に残して、この日クレアたちの前から消えた。




 ここからルイは、エドワードとカレンとの約束であるリリスを倒すために行動をすることになる。

 そしてクレア、アラン、エリス、ユスティアは、人々からリリスという鎖を断ち切るために。

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