第92話 神槍

 ルイはエリスの話を聞いて、そういうことかと思った。

 ガイアの成り立ちはティアマトである。

 そのガイアでの魔物の発生は、ティアマトの権能が名残であると言っていた。

 そしてリリスの復活はティアマトの権能であり、それを防ぐために加護が必要なのだ。

 確証はなかったが、このゲートも権能に近いものなのだろうとルイは推測した。


 ゲートは一五メートルほどの大きさであり、これを消し飛ばすにはそれなりの規模での攻撃が必要。

 少なくとも、ルイはイメージ的にそう感じていた。

 ならば武器での攻撃というよりも、大規模な魔法の方がイメージ的にしっくりくる。

 ルイは神聖魔法を使う要領で、夜空に魔法のような神槍をイメージする。

 それはさっきのパナケイアの神託があったときよりも、圧倒的な神聖力が周囲を満たした。


 普段から神聖力を感じることができる者たちは、その異常な強大さ故に自らの身体を抱き、恐怖から身を守るような顔をしている。

 すべてを知っているエリスはそこまでではなかったが、それでも杖をギュッと握り締めていた。


 ルイの左胸にあったティアマトの加護と同じような刻印が、銀色の輝きを放って背後に現れる。

 その銀色の輝きはルイの瞳にも現れ、黒から銀へと変わっていた。

 そのままゲートの真上にルイは浮かび上がり、神槍を顕現させる夜空に右手を固定。

 神聖力はさらに密度を増していき、神聖魔法が使えないクレアたちまでそれを感じているようだった。


 深い青に覆われている空に白と金の輝きが発現し、それは夜を光に変えた。

 光は槍のように先端があるが、それは竜巻のように渦巻いている。

 槍の光はさらに強大に、さらに激しく回転して輝きを増していく。


「消し飛ばせっ」


 ルイの視線が上からゲートを見下ろし、右手が振り下ろされる。

 右手が振り下ろされた瞬間、光の神槍は黒いゲートを穿つ。

 光のなかに黒い影が浮かび、激しい光のなかに掻き消える。

 ゲートは神槍によって飛び散りながら蒸発していく。

 光の槍は大地を貫き、周囲一体をその光で飲み込んだ。


 とても目を開けていられるような明るさではなく、クレアたちは目を閉じてそれを遮る。

 ほんの数秒。

 再びクレアたちが目を開いて見た光景は、さっきまで広がっていたゲートが跡形もない緑の大地。

 周囲は何事もなかったかのような、静寂に包まれた夜に戻っていた。



「今のは――いったい、なんだ――」


「とても強大な神聖力を、感じました」



 カルンの言葉に、近くにいたエルフが答えた。

 だがカルンは、その言葉をすぐには信じられない顔をする。



「あれが神聖魔法だとでも言うのか?」


「――わかりません。ですが、あのような神聖力、とても私の器では行使できるものではないです」



 ルイが地面に降り立つと背後に現れていた刻印は消え、そのまま倒れた。



「ルイさん」



 クレアたちがすぐに駆け寄り、エリスが治癒魔法をかける。

 だが怪我をしているわけでもない。



「エリス、どうなっているかわかる?」


「先程の奇跡は私では行使できない強大な神聖力でしたので、その反動ではないかと思います」


「それって、器が保たないとかって話じゃないの?」



 ユスティアがエリスに訊ねるが、それは訊ねるとは言えない勢い。

 だがそれも仕方のないことでもあった。

 器に見合わない大きな奇跡を願えば、奇跡を受け止めきれずに死んでしまうこともあるのだから。

 そんなユスティアに、エリスはやさしく話した。



「ルイ様は大丈夫ですよ。それに、パナケイア様の御神託だったのです。

 邪神リリスはまだいるんです。それなのに、パナケイア様があのような御神託をするわけがありません。

 とにかく、ルイ様を休める場所へ移してあげましょう」




 ルイはその後一日眠ってしまっていたが、二日目に意識が戻った。

 目を覚ますと、ユスティアとティアがベッドの脇に座っている。



「ああ! ユス姉さま! 起きた、起きた!」



 目が合うと、ティアが騒がしくルイのことを知らせる。

 その騒がしさは側にいたユスティアだけではなく、部屋の外にいたクレアたちにまで届いた。

 クレアたちと一緒にアロルドとイオナも入ってきて、アロルドの意識が戻っていたことがわかる。

 その後空腹を感じていたルイのこともあり、少し早目の昼食を取ることになった。



「ルイにぃがチューして、パパは生き返ったの!」



 ルイの隣りに座り、得意げに話すティア。

 その昼食は、少しだけ気まずい雰囲気だ。

 だがその現場にいなかったエリスは、初耳の話に食い付いた。



「ルイ様! 本当にルイ様がキスをすることで、蘇生ができるのですか?」



 このエリスの問いに関しては、他の者も興味を惹かれていたようだ。

 あのときルイが行った蘇生法を、理解できている者は当然だがいなかった。



「俺は生き返らせることなんてできない」



 この言葉には全員がえ? という反応を示した。

 当然だろう。今目の前に、死んだと思われたアロルドが生きているのだから。



「心臓が止まっていたり息がない状態を死と結びつけると思うが、通常これは自発できない場合だと思う。

 たとえば、外的要因でこれらが起こった場合だ。

 なにかの衝撃で心臓が止まってしまったときというのは、衝撃という外的要因によってとなる。

 ならその心臓を動かしてあげればいいってことなんだ。

 少し息を止めたからといって、それで死ぬことはないだろ?」



 この話は医療行為を行うエリスはかなり強い関心を示し、アロルドたちが帰ったあとに質問攻めに合うことになった。

 このルイの知識はガイアではまったくない考え方であり、呪いのときと同じような扱いとなる。

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