第三章 運命の真実

第94話 ガイアの変化

「前に出過ぎないように!」


 魔物との戦闘に意識が取られ、連携するうえでの位置関係を崩しそうになっていた班にクレアが声をかけた。

 ハッとしたような顔を見せる騎士たち。

 だが下がりながら魔物を倒すというのは難しい。

 下がるという選択は、魔物の攻撃を受けながらか避けながらということになる。

 それは位置を下げるだけでも危険を伴うことだった。


「ウォーター」


 同時に一〇個の水弾が頭上に発現し、エリスが突出してしまっている班の援護をした。

 クレアは戦線の維持と、魔法で援護をするエリスの護衛をして助ける。


 クレアのジャベリンでも援護はできた。

 だがジャベリンは、貫通力や裂傷を負わせることに向いている。

 それに比べてウォーターは殺傷能力的には劣るが、衝撃を与えるという面で優れている。

 ジャベリンよりも面積が広く、時間を稼ぐことにおいてはウォーターの方が的確であった。


 一〇の水弾が魔物へと発射されると、すぐに新たな水弾が現れる。

 エリスは一度視線を横に流し、時間を稼ぐべき場所を確認した。

 半分は位置を下げる班への援護、もう半分は三方へと水弾を放つ。


「エリスの魔力コントロールは、本当にすごいですね」


「クレアさんだって私に援護を任せてくれる状況判断、流石です」



 三方へ別々に魔法を放つというのはそれだけ意識が分散することを意味し、魔力コントロールが高くなければできることではない。

 元々魔力コントロールについてエリスは高い素養を見せていたが、それを裏付けるような魔法だった。


 そしてエリスが称賛したクレアの判断。

 水属性の魔法はクレアも使える。

 だがクレアは、エリスに援護を任せる判断をした。

 クレアが自分で援護をしていた場合、ガードをしていたクレアによって一時ガードが不在になる。

 そしてエリスに援護を任せることで、クレアの水属性と氷属性という手札が残ることで選択肢を多く残す結果となっていた。

 

「エリスの判断も――流石ですよ」


 クレアに向かって飛びかかってきたヘルハウンドを、クレアは一振りで斬り伏せた。

 一閃されたヘルハウンドの首は、クレアに斬られてから数秒後に落ちる。

 それは綺麗な断面であり、氷刀の切れ味を表していた。


 必ず集団で群れて動くヘルハウンドは、斬り伏せたクレアに向かって複数飛びかかってくる。

 それをクレアは慌てる様子もなく見据えると、氷刀をヘルハウンドたちが向かってくる地面へ向けて半円を描いた。


「アークブレイズ」


 一瞬蜃気楼のように歪んだように見え、それに気づいたときにはヘルハウンドたちは凍りついている。

 氷属性の魔法でありながら、蜃気楼のように見えることから名付けられたアークブレイズ。

 これはクレアたちがサポートとして魔法を使うようになり、その応用から生まれた魔法だった。




「クレア大隊長の隊は噂通りみたいですね」


「ああ。今回の作戦もワイズロアの戦いをベースにしているらしい。

 確かにこれなら、援護を最大限にして損耗を抑えることができるだろうな。

 恐ろしいのはこれをあの年齢で、戦力が不利だったワイズロアで実行できたこと。

 エリス様が癒やしの聖女様なら、さながらクレア大隊長は戦の聖女様だな」


「しかし、どうしてクレア大隊長は聖遺を使われないのでしょう?

 聖遺は単なる噂だったのでしょうか?」


「どうだろうな。神騎殿も使われていないようだし、聖遺を召喚するほどでもないということなのかもしれん。

 聖遺の召喚は、聖遺が応えるかどうかと言われているからな」


「確かにワイズロアでの戦いと比べると、この戦いには余裕があるでしょうね」



 現在クレアたちがいるのは、聖都から北西の国境付近にあるリンド砦。

 この国境の先には、ノルヴァという鎖国している国がある。

 ノルヴァの南には山を挟んでブルクがあり、そのふもとに流れる川がセイサクリッドとブルクの国境になっていた。


 このノルヴァとブルクに挟まれた山はセイサクリッドにもかかっており、現在この山からの魔物とクレアたちは戦闘を行っている。

 ここ二ヶ月、魔物の発生と動きが活発化しているのだ。

 特にこの国境にかかる山は広い森になっている。

 以前ダンジョンが発見された場所でもあるせいか、出現する魔物の数が多くなっていた。


 これに対応するため、クレアの父であるデューンは軍の再編を急いだ。

 だが騎士の移動には、どうしたって時間がかかる。

 その時間を稼ぐために派遣されたのがクレアの大隊であった。


 砦の最終防衛ラインにクレアたちのことを話していた大隊が控え、その前をクレアたちの大隊が請け負った。

 左翼には隊長であるクレアとエリス、右翼にはアランが隊長に据えられている。

 神騎と呼ばれているユスティアは隊長は柄ではないと言い、アランについて右翼に配置された。




「そっちも無事みたいね」


「はい。先生たちも大丈夫そうですが、なにか問題はありましたか?」



 ユスティアの後ろからついてきたアランに、クレアは念のために確認をする。

 今回左翼で現れた魔物はBランクが最高ランクだったため、右翼側もアランとユスティアなら問題なかっただろうと思われたのだ。

 それでも戦いとは生き物だとも言われる。

 なにが切っ掛けで状況が変わるとも限らない。

 たとえば、魔神という存在。



「いえ。こちらは特に問題ありません。軽傷者はいますが、重傷者、死者は出ていません。

 強いて言うなら、ワイズロアに参加していなかった騎士たちのいい訓練になったかと」



 これを聞いたクレアは、右翼も同じような感じだったのだろうと推測した。

 防衛戦は普段の討伐とはまったく違う。

 特に今回のように戦闘エリアを設定しているという部分は大きな違いだった。



「特に先生は」


「なによ。そもそもあーいう戦い方、性に合わないのよ」



 ムスッとした顔を見せて、ユスティアがアランに言う。

 それを見たクレアは、すぐに右翼でのユスティアの想像がついた。

 エリスもクレアと同じだったのか、アランとユスティアのやり取りを見てクスクスとしている。



「それにしても、けっこうな数だったわね。そんなに高ランクがいたわけじゃないけど、それでも数がいると面倒ね。

 それに魔物の出現数が今までと全然違う。本格的に活性化してるって感じ」



 このユスティアの言葉は、クレアも感じていることだった。

 そもそも魔神が現れたということだけでも異常なのだが、それが複数短期間で出現している。

 この事実はなにか状況が変わったのだと、クレアに思わせるには十分なことであった。

 そしてそれは、リリスが関係しているだろうことは、クレア以外も感じているようだ。



「ルイくんがいればもっと楽できるのに。三ヶ月って言っていたのよね?

 もうとっくに過ぎてるし、ルイくん遅過ぎ」



 ユスティアがその場にいないルイに文句を言うと、クレアは少しだけ苦笑いでそれに応えた。

 ルイが八月にクレアたちから離れ、すでに三ヶ月は経っている。

 もう数日で十二月に入ろうとしており、季節は冬へと変わっていた。


 クレアが上空を見ると、一匹の竜が夜空を過る。

 かなり高い高度のようで、月明かりに影だけが浮かんでいた。

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