第91話 ゲート

 ユスティアの肩に顔を押し付けて、泣いていたティアがルイを見る。

 半分はルイがなにを言っているのかわからないという感じで、あとの半分はしゃくりあげながら泣いているという状態だ。

 その半分、なにを言っているのかわからないという部分は、クレアたちも同じような反応だった。

 ルイから開放されたアロルドの側にイオナが駆け寄り、その変化に気づく。



「え? 生きて、る?」



 信じられないというような目を向けてくるイオナに、ルイは優しく声をかけた。



「時間がなかったから、説明できずにわるかった。

 息を吹き返したといっても、死にそうだったのは確かで身体には負担がかかっているはずだ。

 俺は専門じゃないが、意識が戻るまで休ませてやってくれ」



 ルイの言葉でアロルドが死んでいないということを理解できたのか、イオナがまた涙の流し始めてしまった。



「ルイさん、本当に、本当にありがとうございます!

 本当に――ありがとう、ございます――」



 ルイとイオナのやり取りを見て、ティアもアロルドの側に駆け寄ってくる。

 恐る恐るアロルドの顔を覗き込み、疑問を宿した目でルイを見てきた。



「お父さん、寝てる?」


「そうだな。今はゆっくり寝かせてやれ」



 ティアも理解ができたのか、イオナに抱きついて二人で泣き始めてしまう。



「ルイくん? どういうこと? 死者を蘇生させるなんて、神聖魔法でもできないことでしょ……」



 ユスティアだけではなく、クレアとアランも驚きとは違う目をルイに向けていた。

 ルイは刀を持ち、まだ騒がしい方へと目を向ける。



「話はあとだ。まだ終わったわけじゃない。エリスが俺たちを待っている」



 ルイの言葉にクレアたちはハッとして、表情に緊張が戻っていた。



「そうですね。今はエリスの下に急ぎましょう」



 ルイたちがいるこの辺りで戦闘は行われておらず、エルフたちは魔物を押し返すことができているようだ。

 魔物の数は相当いたが、さすが全員が精霊魔法を使えるエルフの国ということなのだろう。

 死傷者は出てしまっているが、あの混乱から立て直したのはさすがといえた。

 ルイたちは、魔神と魔物が出現した南東へと駆ける。

 するとユスティアが、スッとルイの側に寄ってきた。



「ルイくん、ありがとう」




 ポツポツと戦闘現場が出てくるようになり、通りすがりにルイたちは魔物を倒していく。

 その倒すまでの早さにエルフたちは舌を巻くが、それは魔物がカースナイトのときは尚更だった。



「エリス!」


「ルイ様! どこか怪我をされているのですか?!」


「大丈夫だ。ちゃんと治癒している」



 ルイの服にべったりと染みとなっている血を見て、エリスが急いで駆け寄ってきた。

 どうやらエリスはハーランドと一緒に全体を見ながら、重傷者を優先して治癒していたらしい。

 神聖魔法が使えるエルフたちは、エリスの下でまとまっていた。

 人間とエルフという種族の違いはあるが、信仰心というところは変わらない。

 エリスは数少ない司祭ということと、神託の巫女である聖女という啓示が大きかった。



「向こうにある沼のようなものから魔物がずっと現れ続けていて、消耗戦になってしまっています」



 エリスが言う黒い沼は魔物がうごめき、形となった魔物が沼を出てくる。

 魔物のランクなど関係なく現れ、確かに消耗戦となってしまっていた。



「ルイさん、さっき魔力がダンジョンのように集まっていると言っていましたよね?

 あのときのように魔力を散らすことができれば、沼も消せるんじゃないでしょうか?」



 ここまで近くまでくれば、魔力が集まってきていることがルイには感じ取れた。

 ダンジョンのときと感覚的には似ており、クレアの言うことを裏付けているように思える。



「少し近くで見てみる。魔物の警戒を任せていいか?」


「もちろんです」



 クレアたちが周囲を警戒し、ルイは地面に手をついて流れてくる魔力を探ってみた。

 それはまさしくダンジョンのときのように、魔力がエスピトに流れ込んできていた。



「無理だな」


「どうして?」



 ユスティアが悲壮な目をルイに向けて言ってくる。



「ダンジョンのときは魔力の流れが集まっていただけだが、この沼を魔神はゲートと呼んでいた。

 このゲートは魔力が集まっているのではなく、魔力を吸い上げている。

 魔力を散らすことはできると思うが、ゲートが残る限り状況は変わらないだろうな」



 ゲートの大きさは一五メートルくらい。

 ダンジョンと比べれば全然大きくはないが、魔力の集まり方がダンジョンとは比較にならない。

 ゲートは絶えずうごめいていて、魔物を生み出し続けていた。



「ユスティア、全員ゲートから離れさせてくれ」



 ルイに言われ、ユスティアがその場にいたエルフを離れさせた。

 魔物は次々と現れるので攻撃の手を緩めることに不安を持っていたようだが、ユスティアが精霊魔法の準備だけして待機するように命じる。

 ダンジョンのこと、ティアマトやリリスとルイの関係を知っているユスティアからすれば、ルイに頼る他に選択肢が考えられなかった。



「かの者たちは集う

 世界は宵闇よいやみまと

 無明な現世うつしよに神は現界し

 幾百を束ね 神は穿つ」



 ルイの詠唱で空には不自然なほどの稲妻が奔り、雷鳴が響き渡る。

 それを見たエルフたちは、ルイを凝視していた。



「なんで、なんで人間が精霊魔法を使える――」


「ディバイン・ジャッジメント」



 一筋の大きな雷が、上空からゲートを穿つ。

 それは光の柱と言ってもおかしくはない現象。

 ゲートでうごめいていた魔物は一瞬で消し飛び、黒い沼を白い光が眩しく照らす。

 だがゲートは消えない。



「ダメか」



 ルイにとってディバイン・ジャッジメントは、最大の攻撃魔法だった。

 それで消し飛ばせないのであれば、打つ手が思いつかない。

 魔力を散らしてしまったからか、静かになったゲートを見ながらルイは思案する。



「あれだけの精霊魔法で――」



 周囲のエルフたちは、なおも存在するゲートを見て戦意が削がれてしまっていた。

 ユスティアがルイを見てくるが、それに答える選択肢がルイには思いつかない。

 重い空気がその場を支配する。

 そんな状況のなか、突然暖かな神聖力が周囲に満ちた。

 神聖魔法を扱うエルフと、あとはその感覚に気づいているのはクレアたちだけだった。

 エリスが膝をついて目を閉じる。

 直感的に、ルイたちは神託なのだと感じていた。

 少ししてゆっくり目を開くエリスに、ルイたちは自然と注目してしまう。



「ルイ様。パナケイア様が神槍を使うようにと。

 神聖魔法のように願い、イメージすれば神々はそれに応えると仰っていました」

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