第90話 冒涜と呼ばれても

「――!」


 慌てて剣で受けようと魔神は動くが、ルイの方が速いのは明らか。

 太刀を左上段から袈裟斬りに振るうルイに、魔神はその軌道に剣を割り込ませるくらいしかできない。

 剣が魔神との間に割り込むが、ルイはそれを無視して斜め上から叩きつける。

 それはさっきまでと違う戦い方だった。


 ギリギリで剣を割り込ませた魔神はルイに弾かれる。

 地面を何度も回転して転がる魔神に、ルイはさらに追撃をかけていた。

 右下へ伸びる太刀に、ルイは右手の刀を滑らせる。

 さっきまでと違い、周囲の魔物は一箇所に集まっていてエルフへの被害を心配する必要はなくなっていた。


鳴神なるかみ


 雷が激しく奔っている黒い球体が三つ現れ、地面を転がる魔神の側面、上空から急襲する。

 弾き飛ばされた魔神に回避という選択肢などなく、鳴神なるかみの雷をまともに受ける。

 三つの鳴神なるかみの雷に、魔神の叫びが響いた。


紫電しでん


 鳴神なるかみの磔となっている魔神に、神速の刺突が襲う。


「っく!」


 魔神の目が見開かれ、ルイが迫るのを捉える。

 ルイの核を狙った刺突は、魔神の首元を突き刺していた。

 魔神の目が、憎悪の色でルイを見る。

 ルイは横に払って魔神の首を斬り裂いて太刀を抜くと、目の前に青い炎が現れた。


「インフェルノォ」


 それは豪炎魔法のファイアーストームのように、青い炎の竜巻となってルイを襲うかと思われた。

 だがルイがインフェルノを一振り、一閃して掻き消してしまう。

 インフェルノに遮られていた視界が戻ると、ボロボロになった漆黒の鎧をまとう魔神の姿があった。

 鎧は修復を始めているが、身体の損傷を優先して再生したようで完全には修復しきれていない。

 魔神の口元はわなわなとしていて、口を思いっきり噛んでいるようだった。



「未来を予見している俺が、なんで人間ごときに追い詰められる!」


「視えているのはやられる未来だろ?」



 ルイの赤くなった目が魔神を見返す。

 ルイはさっき言っていた予見しているという言葉から、ある程度の未来を視ていると考えていた。

 通常ならそんなことは思い浮かんでも、すぐに頭からその考えを排除するだろう。

 だがルイは、時空魔法とティアマトが言っていたクロノイアを使う。

 ならば未来が視える魔法も、あり得ない話ではないと考えていた。


 それはルイが感じていた違和感にも符合する。

 タイミングの速い回避行動や、間をズラされる動き。

 すべてが未来を予見していると考えれば、辻褄が合うことだった。

 ならば、予見をしても防ぎようがないようにするだけ。



葬天そうてん


 ルイが踏み込んだかと思うと、魔神を間合いに捉えた。

 右手の打刀を小さく横に払い、魔神の核を真っ二つにしようとする。

 ルイが間合いに入った瞬間魔神の顔は引きつり、尻尾と剣を間に割り込ませてきた。

 先の未来になにかを視たのだろうが、ルイにはそれはわからない。

 ただ葬天そうてんの連撃で追い詰め、魔神の運命を葬るだけだ。


 打刀は尻尾を切断し、なお魔神の胸部へと迫る。

 尻尾が阻んだことでギリギリ漆黒の剣が間に合うが、すぐ下からの太刀が魔神を襲う。

 それは再生中である漆黒の鎧を斬り裂き、魔神の血が流れる。

 魔神が反射的に爪を振るってくるが、ルイはすでに側面へと移動して三撃目を放つ。

 側面から核へと向かう刺突。


 爪を振るってしまっている魔神の体勢は崩れ、防ぐ手立てなどない。

 予見で取れる選択肢を選んだのだろう。

 魔神は振るった爪の勢いのまま前のめりになる。

 それは数センチという差ではあったが、ルイの刺突が核を貫くことはなかった。


 ルイは刀を引く動きに連動させ、魔神の背後を蹴り飛ばす。

 途切れることのないルイの連撃は、魔神の選択肢を削っていく。

 それは徐々に部位の欠損という道へと進み、魔神を選択肢のない袋小路へと追い詰めた。


 駆け引きなどない剣を魔神が振るう。

 それをルイは大きく弾き、魔神の核を点ではなく線で斬る。

 魔神の左胸部を一閃すると、ルイはそのまま魔神の核を粉々に斬り裂いた。

 魔神の口がなにかを言おうと睨んでいたが、なにも言えずに霧散して消える。

 ルイは魔神が霧散したことを確認し、治癒魔法を自身にかけた。

 治癒魔法によって、赤くなっていた目が白く戻る。



 すぐにクレアたちと魔物を倒して、エスピトの南東に出現したという沼の方へと向かう。

 その途中、ルイたちに倒れているアロルドの姿が目に入った。



「お父さん! お父さん!」



 イオナは泣き崩れ、ティアがアロルドにすがるようにして泣いている。



「アロルド……」



 ユスティアの瞳が潤んでいたが、まだ戦闘が完全に終わったわけではない。

 それもあってか、涙が零れるのを必死に押さえているようだった。

 ユスティアの分まで泣いているかのように、ティアは涙で顔をクシャクシャにしている。

 ルイはそんなティアを見て、泣いていたカレンが重なった。

 だが、ルイはアロルドを見ておかしなことに気づく。

 イオナとティアの側に行き、アロルドを観察して訊ねた。



「おい、アロルドが倒れてどれくらいだ?」



 イオナが涙を零しながらルイを見て答えた。



「二分くらいです……」



 ルイがザッと見た限りでは、アロルドには致命傷になるような外傷がない。

 

「どけ」


 ティアをイオナの方へ押し退け背中、頭部への外傷を確認する。

 だがどこもそれらしい外傷はない。


「ルイくん?」


 ユスティアが不安そうな声で呼ぶが、ルイには聞こえていなかった。

 アロルドの息はなく、手首の脈もない。

 すぐにルイは刀を外し首筋へ置いて、アロルドのあごをあげた。


「なにしてるんですかっ!」


「ルイくん?」


 ルイがアロルドに息を吹き込むと、イオナとユスティアが叫ぶように言う。

 二回息を吹き込み、胸骨の上を圧迫する。

 正確な時間など憶えていないが、蘇生法は最初の数分で決まることだけは知っている。

 ルイが措置を始めるまでに三分は経過しているとみると、決して時間があるとは言えなかった。


「人間、なにしてる!」


「お父さん」


「主人の身体に酷いことしないでっ!」


 ティアがアロルドの胸に抱きつき、イオナがルイの腕を掴んでくる。

 それでも事情の説明などしている時間的余裕があるとは思えななかったルイは、すべてを無視して措置を続ける。


「お願いだから止めて!」


 イオナは泣きながら必死に訴えた。

 だがルイには届かない。

 クレアたちはなにをすればいいのかもわからないし、なにをしているのかもわからない。

 クレアたちからすれば、ルイのやっていることは死者への冒涜と言えるものだった。


「まだ家族と一緒にいたいだろ! 子供を残していくのか! 戻ってこい!」


「おいっ! いい加減しろ!」


 周囲のエルフたちが剣を抜くが、ルイはそれを見ても無視する。

 胸部圧迫を二分くらい続けても状態は変わらない。

 このままでは時間だけが過ぎてしまうかもしれないと考え、ルイは賭けに出ることにした。


 イオナを突き飛ばし、ティアをユスティアに向かって投げる。

 アロルドの周りにはルイだけとなり、剣を抜いていたエルフたちがルイを押さえようとした瞬間だった。

 ルイがアロルドの衣服を破り、心臓の側面の辺りと反対側の鎖骨の横に手を置いたかと思うと雷を発現させた。

 雷の衝撃で、アロルドの身体がドンッっと跳ねる。

 その光景を見た者たちの目は見開かれて、イオナは言葉も出せずに泣き崩れた。


「死者の身体を冒涜して楽しいかっ!」


 剣を抜いたエルフが叫ぶ。だがルイがそのエルフに視線を向けることはない。

 ルイは雷の出力をどの程度にするかだけを考えていた。

 多少身体が傷ついたとしても、息を吹き返せばこの賭けは勝ちになる。

 蘇生さえできれば、そのあと治癒魔法でどうとでもなるだろうと考えていた。

 それよりも血流が滞ることによる、脳への損傷の方が気がかりだった。

 これは治癒魔法で治せるものか、疑わしかったからだ。

 そして二度目の雷。


「ガハッ」


 アロルドの口から聞こえた音。

 ルイはすぐに心臓の音を確認した。

 手首を掴んで脈をみる。


「クーア」


 念のために治癒魔法を施して、ルイはティアとユスティアの方を見た。


「ティア。アロルドは助かったぞ」

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