第86話 対魔神戦術

「お前たち人間とは、成り立ちがそもそも違うことを教えてやる」


 魔神が自分から動き、クレアとの距離を詰めてくる。

 クレアは聖遺で払って牽制するが、それを魔神はほとんど無視して突っ込んできた。

 聖遺が腕の鱗を斬り払い、魔神に傷をつける。

 魔神はそれでもクレアの間合いに踏み込み、無傷な左腕を振るってきた。

 それを下から剣を斬り上げて対処する。

 剣は鱗がない内側から払われ、魔神の腕を斬り落としていた。


 ここで一呼吸分の余裕ができる、はずだった。

 腕を斬り落とされた魔神は、そのまま腕についた鱗でクレアに迫る。

 クレアは首筋に迫っていたのを回避するが、肩先を魔神の腕がかすめていく。


 アランがそこへ斬り込んで、魔神を捉えた。

 クレアが斬り落とした腕は再生し、鱗が付いている外側で魔神はガードする。

 アランの剣は上段から思いっきり振り下ろされるが、鱗によって勢いは消されて傷をつけることしかできない。

 魔神はそこで止まることはなく、トゲトゲとなった尻尾をアランに向かって払ってきた。

 それを回避しようと試みるが、攻撃した直後でもあり回避しきれない。

 魔神の尻尾に、アランは太ももの辺りを抉られてしまう。


「――っ」


「アラン、大丈夫ですかっ?!」


「はい。これくらい問題ありません」



 魔神がクレアたちを見て、ゆっくりと向きを変えてくる。

 傷は再生して振り出しに戻るが、クレアたちはそうではない。

 さっき魔神が言っていた成り立ちとは、このことを言っていたのだろう。

 魔神はクレアたちの攻撃を受けても、関係なく攻撃をしてくる。

 むしろ攻撃をわざと受け、動きの繋ぎ目を狙ってくるような戦術。 

 しかも剣は鱗の角度に合わせなければ勢いを殺され、まともに振り抜くこともできない。

 それがわかっていての戦術なのだろう。



「鱗側からの攻撃は難しいですね」


「人間は魔法がないと治せない。そもそも治せないものすらあるが、我々は違う。

 少し神の真似事ができるとはいっても、それが人間の限界。

 わかったら、死ね!」


 魔神が動くのと同時にクレアも距離を詰め、アランは側面へと向かう。


「ジャベリン」


 一気に五〇はありそうな氷針が、全方位から魔神を襲った。


「ウォールキャステル」


 魔神はさっきの青い炎を全方位へと吐き散らし、ジャベリンごと灰にしようとしてくる。

 氷壁はあっという間に解け、周囲が水蒸気で白く覆われた。

 お互い距離を詰めているところでの攻防。

 その周囲の変化は、お互いの位置を見失わせる。


「フレイムランス」


 魔神の真上から、アランのフレイムランスが一直線に放たれた。

 それはクレアの聖遺が使われる前の、エルフたちの精霊魔法にも匹敵するほど燃え上がらせて魔神へと向かう。

 魔神はそれを自らの炎で消し飛ばした。


 その炎を見たクレアが、魔神へと迫る。

 完全に魔神を捉えることができるタイミング。

 白く輝いている軍旗が硬い鱗を真正面から突き破り、魔神の腕を貫通した。

 だが、心臓部分にある核には届かない。


「惜しかったな」


 魔神の右腕がクレアに向かって振るわれたところで、その右腕が地面に落ちる。

 クレアの剣が、鱗がある反対側から斬り落としていた。

 相手は魔神なのだ。一撃目で簡単に核を捉えることができるとは、クレアは考えてはいない。

 クレアの左手に白い輝きが具現化する。

 魔神に突き刺さっていた軍旗がクレアの手に戻り、魔神の核を捉えに行く。

 これを魔神は体勢を屈めて回避する他なかった。

 軍旗は首を消し飛ばし、魔神の頭が身体から落ちる。


「――」


 そこへ魔神の斜め後方からアランが迫る。

 アランは風魔法が使えない。ただ火属性の魔法を使ってもスピードが上がるようなことはなく、それを補うために身体強化を重点的に訓練した。

 アランは自ら動くことで風を受け、それを燃やさずに推進力を得ていた。


「キサマの剣では斬ることができなかったのを忘れたか!」


 地面に落ちている魔神の頭が言うが、アランが止まることはない。

 魔神を薙ぎ払うような勢いで剣が振るわれる。

 それは魔神の左腕を斬り落としたが、胴体の鱗が勢いを殺すかに思われた。 


「レーヴァテイン!」


 アランの背中にあるような炎が、振るわれた剣の背後に現れる。

 振るわれた剣は一気にそこから加速し、魔神の胴体を核もろとも斬り裂いていた。




「姉さん、本当に一人でいいの?」


「神騎のお姉さまが信じられないの?」


「いや、相手は魔神なんだ」



 魔神の斧が振るわれ、ユスティアが聖遺で受け止めた。

 いつもなら弾くところを、魔神の力に押されたのか弾くことができない。

 アロルドはユスティアの戦い方をよく知っているので、複数であたるべきではないかと思ってるのだろう。



「魔神なんてね、ルイくんを相手にするより、楽よっ!」


「「「「「――!」」」」」



 魔神を押し返して弾いたユスティアの背中には、オレンジ色の炎で形作られた四枚の翼が現れていた。

 ユスティアは火と風属性の魔法が使えるため、クレアとアランの魔法を同時に行使することができる。

 アランのように動かなくとも、大気をコントロールすることで推進力を得られるのだ。



「姉さん、それ――」


「わかったでしょ。早く行きなさい」

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