第70話 アイツはすげぇ
近衛隊を含めたいくつかの隊が、魔神と戦っている三騎士たちの周囲に展開された。
三騎士でさえ近接戦闘で直接斬り、それでやっと傷を負わせることができる相手。
魔神の身体は傷だらけではあるが、それでも深手には至らない。
「あれが文献に出てくる、魔神ってヤツか」
ワイズロアの防衛線にいなかった騎士たちは、魔神を見るのはこれが初めて。
だがそんな魔神を相手に三騎士は、連携して対等以上の戦闘を繰り広げている。
その事実は、騎士たちに希望を抱かせるものだった。
「確かに魔神であるあなたは強いが、三人でなら倒せないことはない」
ライルが魔神とつば競り合いになっていると、上からシャインが、斜め後方からグロウが大剣を刺突で突撃する。
シャインが先に迫るので、魔神はこれを尻尾で対応する他なかった。
だがその後のグロウには、一手足りない状況を作り出されてしまう。
元々重量のあるグロウの大剣で、勢いを乗せた刺突である。
今までのものと違い、深手を負わせるには十分なものがあった。
「「「――!」」」
だが、グロウの刺突が魔神に届くことはなかった。
魔神は強引に回転することでライルを弾き飛ばし、そのまま大剣に青い剣を当ててグロウも弾き飛ばす。
魔神の魔力が跳ね上がり、少し剣が合わされただけで弾かれる。
三人はすぐに魔神を視線で捉えるが、今まで積み重ねてきた傷がすべてなくなっていた。
「魔神の存在は知っているようだったが、再生できることは知らなかったのか?」
この言葉に、一部を除いたその場の騎士たちの顔が凍り付く。
魔神はそんな騎士たちを見てニヤついている。
「私は神々と戦っていたような存在だぞ? ただの人間が少し戦えるといって、それで本気で戦えるとでも思ったか?」
魔神のこの言葉は、騎士たちの戦意を根こそぎ削いでしまうのに十分な内容だった。
騎士たちから見れば、女神パナケイアと戦うなどあり得ない。
そのような存在と戦っていたという魔神を相手に、倒せる道理などないのだ。
そこからは魔神の
風魔法で土煙を起こし、そのなかから魔神を斬りにいくライルだったが、青い剣の形状が変化し、いくつもの細い線となって襲い掛かる。
致命傷は避けるが、ライルは一〇箇所ほど串刺しになった。
だがそんなタイミングを逃しはしない。
グロウとシャインがその隙を狙って斬り込む。
それを魔神は尻尾で軽く捌いてしまう。
尻尾を叩きつけられたグロウは、シャインを巻き添えにして弾かれた。
地面を何度も転がって止まると、顔を上げたときには魔神が目の前にいる。
その体勢で振れる剣は、横に払うだけ。
だがその瞬間、シャインの腕は魔神の剣によって切断された。
「ぐぁぁあああーー」
生物としての反応なのか、シャインは斬られたところを左手でとっさに押さえる。
「シャインッ! テメェー」
そこは、圧倒的な差がある戦場へと変わっていた。
さっきまで抱いていた希望は消し飛び、セイサクリッドでトップにいる三騎士がただただ
デューンはこの状況を打開するため、鋭い視線を向けて思考しているようだがなにも指示が出せない。
今戦っているのは、セイサクリッドの最高戦力なのだ。
それがなにもできずにやられてしまうのでは、どんな戦術で挑もうとどうにもならないという結果しか視えない。
「グロウ!」
魔神がグロウの両足を、太ももから両断。
「んぐっぅぅぅ」
魔神の青い剣には血が付着し、所々紫色に見える。
それでも魔神は止まることなく、今度はライルへと斬りかかった。
あっちこっちを串刺しにされたライルは、無造作に振るってくる青い剣を受けるとまた魔力によって弾かれてしまう。
すぐに起き上がることもできないライルの腹部に、魔神が剣を突き刺した。
「聖騎士たちの方へ連れていけ! ロック」
エドワードが土魔法の
とてもそんな初級魔法でダメージなど与えられるものではないが、数を出すことで視界を塞ぐことはできる。
その間に他の騎士たちは、三騎士を奥にいる聖騎士たちの下へ避難させた。
「……なんだそれは? 見たことがないな」
魔神の目の前には、土属性の魔法で身体を覆ったエドワードの姿がある。
他の近衛隊のメンバーも初めて見るようで、エドワードを見て戸惑っているようだった。
これはエドワードがルイにねだり、苦肉のアイデアという感じで提案された魔法。
クレアやアランに、ルイのヴァルキュリアを参考にした使い方を話していたときのことだ。
その後日、ルイの家に泊まったときにねだったのだ。
だが土属性でのサポートという部分で、なかなかアイデアは出なかった。
攻撃面でのサポートはできないが、とりあえず防御面というところで出てきたのがこれだった。
「お前の目は、ふざけているわけではなさそうだな」
「…………」
一人で魔人の前に立つエドワードは、この後どうしたらいいのかわからないようだった。
三騎士が連携してなお、簡単にやられてしまったのだ。
エドワードにはそれだけの力はなく、聖遺だって召喚することはできない。
エドワードに勝ち目などありはしなかった。
「やっぱりアイツはすげぇや」
エドワードの口が少し笑ったのを見て、魔神が興味を惹かれたようだった。
「笑ったように見えたが、誰がすごいんだ?」
「お前と同じ魔神を倒した、俺の友達がだよ」
「魔神を、倒した?」
「ああ。そろそろ戻ってくるはずだから、そしたらお前も終わりだ」
「面白いことを言うな」
言葉が終わった瞬間、魔神の青い剣がエドワードに振るわれていた。
エドワードは魔神のスピードについていけず、反応ができていない。
慌てて剣を振ろうとするが、そのときには魔神の剣がエドワードを斬っていた。
「――――どういうことだ」
慌てて距離を取ったエドワードを見ながら、魔神が考え込む。
エドワードは魔神に反応できなかったが、それでも斬られることはなかった。
それはエドワードを覆っている土魔法によるもの。
この土魔法の鎧は、たんに身体を覆っているわけではない。
内側から絶えず新たな土を循環させ、外側は少しずつ剥がれているのだ。
これは人の肌をイメージしたもので、斬られても次々内側から修復することで相手の剣を押し返していた。
この循環を如何に速くできるかが重要だった。
「さっきの三人より実力はないが、面白いことをするな。だが、いつまで保つかな」
運良く剣を合わせることができても弾かれ、魔神の剣はエドワードを捉え続ける。
すべての攻撃を無効にできることはなく、エドワードは魔神に斬られ続けてしまう。
だが魔神と対峙できているだけでも、エドワードはよく戦えていると言えた。
「おい、早くしてくれ! 攻撃ができねぇんじゃ、時間の問題だ」
グロウは神聖魔法で脚の治癒を受けながら、急ぐように急かす。
だがバッサリ両断された脚だ。治癒できるとはいえ、一瞬で治癒できるようなものではない。
ライルとシャインも治癒を受けながら、視線はエドワードと患部を何度も行き来していた。
周囲に展開している騎士たちが、魔法でエドワードをサポートする。
攻撃魔法は注意を逸らすためで、ほとんどはエドワードを守るための壁。
だが魔神はそれを無視し、エドワードだけに目を向けていた。
「これならどうだ?」
魔神は楽しみを見つけたと言わんばかりの笑顔で口にした。
「インフェルノ」
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