第71話 死に逝く者の信頼

 聖都から上がっている黒い煙をずっと見ながら、クレアたちは馬を走らせていた。

 今回の調査任務は選抜編成ではあったが、それでもクレアたちの身体強化は他の騎士たちを上回っている。

 聖都でなにか起きていることは明白なため、クレアの班は先行して聖都へと駆けていた。


 さっきまで写真愛好家からはゴールデンアワーと呼ばれている時間帯で、空の色は黄金色のようなオレンジ色だった。

 だが今は、紫から青のグラデーションへと変化している。

 その間も聖都に見える煙が落ち着く様子はなかった。



「火事にしては長引き過ぎですね」


「はい。いい加減鎮火できていてもいいはずですが、手が足りないほどの規模になっているのか」


「それなら北や南地区からも煙が出ていないのが不可解ですね」


「はい。そうなると、他に要因がある可能性が高いでしょう」


「とにかく急ぎましょう」



 クレアとアランが話していた内容は、ルイが考えていたこととほぼ同じことだった。

 だが、一つだけルイは気になっていることがある。


 この世界の運命も動き出す


 ティアマトが、ジルニトラと呼ばれる銀竜に言っていたこと。

 このティアマトの言葉は、ルイにずっと残り続けていた。


 クレアたちが聖都についたのは、まだ空に青色が残っている時間帯。

 西門から聖都へ入ろうとしていたクレアたちだが、目の前の光景はクレアたちが知るものではなかった。



「「「「「――――」」」」」



 誰も言葉が出ずに息を呑む。

 西地区はスラムなどもあった地区であり、ほとんどの建物は木造だった。

 それらがほとんど残っておらず、地面には炭化した遺体がそこらじゅうにある。


 だが、それらに構っている場合ではなかった。

 神殿の方から、戦闘の魔力を感じたからだ。



「ぁあ!  神騎様! クレア大隊長も」



 一つの班が、クレアたちに気づいて駆け寄ってきた。

 その騎士たちは、切羽詰まったような顔をしている。

 クレアは状況を把握するため、今行われている戦闘について訊いた。

 周囲の状況は間違いなくそれが原因であるため、戦闘について聞けばほぼ把握できるからだ。



「神騎様もご助力ください。三騎士が、ま、魔神と交戦されています!」


「「「――魔神!」」」


「「――」」



 ユスティアは目を少し細めるくらいだったが、クレアたちの驚きはそれ以上だった。

 ワイズロアでのことが思い出されるのだろう。



「先生、それとルイさん。手を貸してもらえますか?」


「私の手に負えればいいんだけど、ベヒーモスの次は魔神とかどうなってるのよ」


「魔神なら早く行った方がいいな」



 全員が魔神との戦闘になることを覚悟した顔になり、騎士たちに馬を預けて神殿へと向かう。

 周りは不自然な青い炎があがっていて、魔導士が中心になって水魔法で消火を試みている。

 騎士たちも水魔法で消火をしている者もいるが、火の勢いを抑えるので精一杯という者がほとんどだ。

 ルイはそれを見て、青い炎は魔力と関係しているのだと推測した。



「奇妙な魔法でよく頑張ったと思うが、残念だったな」



 神殿につくと、そこには確かに魔神がいた。

 魔神の周囲には、騎士が一〇人ほど倒れている。

 それはどれもルイが知る顔で、近衛隊の騎士たちだった。



「クレア! 神騎殿!」



 傷だらけになっているデューンがクレアたちに気づいたが、それを無視してユスティアが斬り込んだ。

 ルイたちもその動きに合わせるように動くが、魔神は一度距離を取って見てくる。

 魔神が鋭い視線を送ったのは、ユスティアとクレアの手にある聖遺だった。



「たまに異次元から召喚できる者がいるが、お前たちのそれもそのようだな」


「あれがクレアと、神騎殿の聖遺なのか」



 それは魔神だけではなく神殿の前にいる聖騎士や、他の騎士たちも同じだった。

 クレアの手にある軍旗が輝き、周囲にいる騎士たちの魔力を引き上げる。



「その軍旗が噂の聖遺なのね。これなら、イケるかも」



 ユスティアがクレアに言うが、ルイはさっきまで魔神に踏まれていた騎士に戸惑う。

 他の騎士たちも重傷だが、その騎士の傷は致命傷だった。



「な、なんとか、間に合った、な」


「喋るな」



 ルイはエドワードの傷を見て、なんとか治癒できないかと思考を巡らす。

 腹部に穴が開いていて、いくつもなかに損傷があるのは一目でわかった。

 移植手術がルイの頭を過るが、それができる医療レベルではない。

 拒絶反応のことなどもあるが、それ以前に手術自体難しかった。



「その男はけっこう頑張っていたぞ?」



 ルイを見て魔神が声をかけてきた。クレアたちも悲痛な顔をしていたが、それでも戦闘態勢だけは維持している。



「奇妙な魔法で、私の攻撃に耐えていたぞ。まさかインフェルノで炭にならなかったのは、驚きですらあった。だが……そこまでだったが。

 その男のお友だちというのはお前みたいだが、ヤツらの加護を少し感じるな。

 ソイツはお前のことを待っていたようだぞ?

 お前は特別だとか言っていたな。まぁ加護がある時点で、ソイツが言っていたのも満更ではなかったようだが」


「クーア」



 ルイは火傷になっている場所だけ治癒した。

 すべてを治癒しても助けられず、治癒して感覚が正常になることで痛みを与えてしまうのを避けた。



「やっぱ、魔神は荷が、重かったわ」



 腹部の傷のせいで力が入らないからか、声にいつもの張りはない。



「でもよ、ルイが戻った、なら、大、丈夫、だな」



 魔神はニヤニヤとルイたちを見て、楽しんでいるようだった。

 魔神が動かないので、周囲の騎士たちが倒れている騎士たちを避難させる。

 そんなことどうでもいいようで、魔神はルイとエドワードに視線を向けていた。



「な、なぁ? ニアと、カレンのこと、たまに、様子を、見てくれな、いか?」


「なんで俺がそんなことを。お前が側で見てやれ」



 エドワードが助からないことはわかっていたが、それでもルイは生きるための言葉を言わずにはいられなかった。



「そ、んなこと、言って、お前優、しいからな。友だちに、なれてよかった、ぜ」


「お前なんか友だちじゃない。友だちになりたかったら……死ぬな」


「俺は、ニアやカレン、みんなを、守る、のに、時間を稼、げた、よな?」


「ああ。お前は守った」


「ルイが、いるなら、安心し――――」


「おい! しっかりしろ! エドワードォ! エドワードォ! …………」



 なにも言わなくなったエドワードを、少し離れた芝生にルイは寝かせた。



「お友だちが死ぬ前に会えてよかったな? だが、大丈夫だ。お前もすぐ殺してやる」



 面白がっていた魔神だったが、急に殺気を向けてきた。

 クレアたちもそれに敏感に反応して身構える。


 騎士という立場である以上、死ぬことだってある。

 それでも敵が目の前にいれば、悲しむことすら許されないのだ。



「エリス。聖騎士たちの方へ行って、全員で盾を張れ」


「わ、わかりました」


「騎士たちには神殿側以外を、魔法で壁を作らせてくれ。

 アレは俺がる」


「ちょっと待ちなさい! 相手は魔神なのよ! 気持ちはわかるけど、勝手なこと言わないで!」



 ユスティアが珍しく声を荒げていたが、ルイはなんでもないように言った。



「わるいが、エドワードが命を懸けて時間を稼いで待っていたのは俺だ。

 アレだけは俺がる。邪魔するなら、アンタを先に黙らせるまでだ」

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