第59話 重なる想い

「親しい間柄でキスをするっていう話なんだが、それは額や頬にする人たちがいることで、唇にはしないんだ」


「え? でも、ルイさんは唇に……では、どうして?」



 あんなことをするつもりではなかったルイには答える言葉がなく、ありのままのことを話す他になかった。



「あのときクレアが綺麗だと思って見ていて、あんなつもりではなかったんだがしてしまっていた。

 クレアに、惹かれていたんだ……。

 それで焦ってしまって、勘違いするような言い方をしてしまった。ごめん」



 視線を合わせていられず、ルイは視線をクレアから外した。

 焦ってしまってというのはあるが、結果的に騙すようなことをしてしまっていたのだから。

 何度も言おうとしていたことではあるが、ルイの心臓は大きく鳴りっぱなしだ。



「惹かれて、いた?」



 叱責などの反応を想像していたルイだが、クレアからは戸惑うような言葉が出てくる。

 ルイがクレアの顔を見ると、彼女には信じられないという感情が瞳にうつっていた。



「そんなこと、あり得ません。私は、ルイさんを他の人たちのために利用していたんですよ?

 誰かのために剣を取るのではなく、お金のために剣を取る人だと思っていたんです。

 だから専属で迎えて、私がルイさんを人々のために使ったんです」



 ルイが謝っていたはずなのに、気づけばクレアの方が苦しそうな顔をしていた。



「それは知っている。最初からクレアはそう言っていただろ?」


「そうじゃない! そうじゃ、ないんです。

 ルイさんは、私が思っていたような人じゃなかった……」


「ワイズロアのことを言っているのなら、俺がしたいと思ったからだから気にしなくていい。

 クレアを見ていたから、俺は戦おうと思えたんだ。

 啓示じゃないが、導き手だろ?」



 涙を溜めていたクレアの瞳がハッとしていた。

 それを見たルイは、少しおかしく思ってしまっていた。

 ルイが謝罪していたはずなのに、今の状況はまったく違うのだから。



「さっきの言葉、信じてもいいんですか?」


「ああ。俺はあまり馴染みはないが、額や頬にキスをする人たちがいるのは本当だ」


「そうでは、なくて……」



 緊張しているのかクレアの手はガウンの裾を握りしめ、少し身体を小さくしている。

 眉尻が下がり、藍色の瞳が上目遣いでルイを見てきていた。



「惹かれていたって……」



 小さな声でクレアが言ってきた言葉は、ルイが告白したと思えるような言葉だった。

 それに気づき焦る気持ちがルイにはあったが、言ってしまったことはしょうがない。

 ここを誤魔化してしまっては、さっき謝罪した信用がなくなってしまう。



「本当だ。クレアに惹かれていた」


「なら、これで許してあげます――」



 それは何度かして知っている感触。

 それが離れたときには、クレアが覆いかぶさるような格好になっていた。

 上からクレアが見る体勢で、ルイの目の前には白い胸元が見えてしまっている。



「今日だけは、さっきのことは聞かなかったことにしちゃいます」



 そう言うと、クレアがルイの頬に手を添えて唇を重ねた。

 それは今までの軽く触れるようなものではなく、求めるような深いキス。

 何度かしていたキスとは、まったく異なるものだった。


 クレアが離れたかと思ったら、細い腰のところで結ばれていた紐を解いてガウンを脱いだ。

 細く華奢に見える肩が露出し、そこからしなやかに伸びる腕。

 ガウンで隠されていたが、薄いワンピースを持ち上げる胸には谷間ができていた。

 ガウンを脱いだクレアはそのままベッドに入ってきて、ルイに背中を預けて横になった。



「少しの間、待っていてくれますか?」


「べつに待つのはいんだが、なんのことを言っているんだ?」


「私も、ルイさんに惹かれていました。ですが家のことなどもあるので、少し待ってください。

 先に話を通しておいた方が、後々いいと思うので」



 クレアは貴族であり、三大公爵家に数えられる名家の貴族令嬢だ。

 だがルイは、クレアに迎えられている平民の騎士でしかない。

 それだけに、一筋縄ではいかないのは明白だ。

 貴族の婚姻について、ルイは詳しいわけでもない。

 今や聖女と呼ばれているクレアが、平民であるルイと交際関係になることの難しさはありそうだとルイは思った。



「俺はその辺はよくわからないから、クレアがいいと思うようにしてくれ」



 ルイが答えるとクレアはクルっと向きを変え、ルイを見つめてきた。



「でも、今日だけは挨拶です」



 そういうと、クレアはルイに身体を寄せてキスをした。

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