第60話 ダンジョン

 七月初旬、クレアは呼び出されデューンの執務室に来ていた。

 応接用のソファーで向かい合い、紅茶を飲みながらデューンから口を開く。



「ユスティア殿のご住居はどんな感じだ?」


「どうも今の生活が思ったよりも快適なようで、まだちゃんと探してはいないみたいです」



 クレアは苦笑いを浮かべて答える。

 ユスティアのことが想像できたからなのか、デューンも釣られて苦笑いになっていた。



「メディアス邸でよければ、以前のように使ってもらって構わないんだがな。

 そもそもユスティア殿は、唯一の神騎なんだ。

 相応の対応はさせてもらわないわけにはいかないんだが」


「私もそう言ってはみたのですが、それが先生は煩わしいみたいで」


「まぁ王城に用意された部屋を断ったのも同じ理由みたいだしな」



 デューンはこめかみを押さえて、一つため息をついてしまっていた。

 そんな父の様子を苦笑いで見ながら、クレアが先を促す。



「任務ということでしたが、どのような任務でしょうか?」


「実は、クレアの班に調査任務を頼みたい」


「調査任務ですか?」



 デューンの話では、先日選抜任務で行った西の森で洞窟どうくつが見つかったという。

 今までこの洞窟どうくつは、確認されていなかった。



「最近たまにある、地震が関係しているのでしょうか?」



 滅多にガイアで地震は起きないがここ数週間、何度か地震が起きていた。



「もしかしたらなんらかの可能性はあるのかもしれんが、そこはわからんな。

 クレアも知っていると思うが、最近魔物の出現も増えている。

 特に今回の洞窟どうくつがある辺りは、先日Sランクの魔物が複数現れたエリアでもある」 



 デューンの言う通り、ここのところ各地で魔物の出現は増えていた。

 数だけでも厄介ではあるが、問題はそのエリアでは出現していなかったランクの魔物が現れ始めていることだった。



「神騎であるユスティア殿もいるクレアの班なら、たとえ高ランクの魔物でも対応できるだろう。

 それにクレアの話では、ルイくんは魔神を倒してもいるしな。

 任務の内容は洞窟どうくつがどういったものかの調査だ。

 選抜編成で向かってもらい、洞窟どうくつの調査はクレアの班でまず行ってもらう。

 その後他のメンバーでも問題がないようなら、いくつかの班で調査してほしい」




 任務を受けて三日後、クレアたちは件の洞窟どうくつへと向かっていた。

 本格的に夏という気温になってはいるが、日本の夏と比べれば全然暑くない。

 気温は二六度前後というところだ。

 とはいえ、他のメンバーは日本の夏など知らないので、特にユスティアは愚痴が絶えない。



「デューンも人使いが荒いわね。こんなの三騎士にでも行かせればいいのよ。

 神騎がいる班にやらせる任務じゃなくない?

 帰ったらデューンに文句言ってやるわ!」



 クレアたちは数日をかけ、再び西の森へと訪れた。

 編成は前回とほぼ同じ選抜編成で、三騎士がいないのが変わったくらい。

 近くの町で一泊し、目的地である洞窟どうくつには朝来ていた。


 通常の討伐任務は魔物を間引くという観点から、夜間に行うことがほとんどだ。

 稀に日中の被害報告によって、夜間ではない時間帯に行うことはあるが。



「なかには私の班だけでまず入ります。

 他の騎士の方々は、食事などを分担しながら待機していてください。

 警戒の見張りは必要以上に置く必要はありません。

 余った人員は休憩に回して、万全の状態を維持するようにしておいてください。

 仮に対応できない状況になった場合は、ここを死守する必要はありませんので町に撤退するように」



 あとの指示を出して、クレア班は洞窟どうくつのなかへと歩みを進める。

 洞窟どうくつの幅は入ったところで五メートルほどあり、かなり大きな通路となっていた。

 少し土っぽい匂いと、ひんやりとした空気。

 薄っすらと明るさがあるのは、魔石の影響だろう。

 だがそれだけでは光量が足りないので、クレアと先頭に立っているアランが火属性の魔法の球体を発現していた。



「すっかりクレアも隊長さんになってるのね」



 一番後ろからついてくるユスティアが感慨深げに言っていたのだが、来て早々魔物と遭遇することになる。

 アランの魔法によって照らし出されたのは、今まで見たことがない魔物だった。

 どう見てもその姿はクモだが、大きさが一メートルはある。

 いくつもの真っ黒な目が、クレアたちを捉えていた。



「あんな魔物、今まで出現したことないぞ」



 いきなり新種の魔物との遭遇に、アランが驚きの言葉を口にする。

 まだ一〇メートルはあった距離が一瞬で半分にまで詰まり、次の呼吸のときには視線が上へと向いていた。



「フレイムランス」



 天井から糸を放ってきたクモに対し、アランが炎槍を正面から放つ。

 その炎槍は糸を焼きながら一直線にクモに飛んでいき、天井で炎が燃え盛って落ちた。



「…………」


「ルイさん、どうかしましたか?」



 周囲をキョロキョロ観察し、黙って思案していたルイにクレアが訊ねる。

 ルイの表情は明らかに訝しんでおり、なにかあるのではないかと思ったのだろう。



「まだ入ったばかりだから丁度いい。一度戻った方がいい」


「どういうことですか? なにか知っているのですか?」


「あの魔物はここで出現しているのは間違いない。

 ここはダンジョンって部類の洞窟どうくつだと思う」



 ルイが言っているダンジョンとは、いわゆるゲームなどで呼ばれているものだ。

 実際にそんなものがあったわけではないが、ガイアには魔物が存在している。

 そしてこのダンジョンは、今まで未発見だった場所でもある。

 ルイが定義しているダンジョンというものをクレアたちに説明し、一度戻ることを提案する。

 ルイたちはここまで、このダンジョンを紙に起こすことをしていない。

 マッピングは生還に関わる部分でもあるし、調査という意味でも必須だと思われた。

 なにより、ルイにはこのダンジョンから感じるものがあった。



「微かにだが、このダンジョンから魔力を感じる」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る