第49話 お泊まり

 結局カレンに押し切られる形でエドワードたちは泊まることになる。

 エドワードは一度荷物を取りに帰ることになり、その間にカレンはお風呂に入った。

 泊まるとはいってもカレンはまだ子どもなので、結局寝るだけになってしまうのは明白だ。

 だが泊まる事実が楽しいみたいだったので、ルイもそれで納得していた。

 ルイの誤算だったのは、クレアとエリスだ。

 この二人も泊まると言いだしたのだ。



「そういうことなら、もう時間も遅いですから私たちも」


「そ、そうですね! クレアさんもお泊まりになられるなら」


「……」



 ルイが見ると、クレアは視線を逸らしてウィリアムに用事を頼み始める。

 どうやら荷物を持ってきてもらうつもりらしい。

 その荷物にはエリスのものも頼んだらしく、ウィリアムはすぐにメディアス邸へと戻っていった。

 こうなってはどうしようもないと思い、ルイはアランにどうするか訊いたが、アランは帰ることになった。

 婚約者がいるので、疑われるようなことは避けるということだった。

 部屋はいくつかあるので、二階をそれぞれ使ってもらうということに。




「なにかお手伝いいたしますか?」



 ルイが朝食のチェックをしていると、エリスが申し出てきた。

 クレアがエリスのあとにお風呂に行ったので、少し時間を持て余したのかもしれない。

 今のエリスは教団のローブ姿ではなく、ワンピースのようなパジャマ姿で少し新鮮だ。

 以前任務のときに一度ルイは見ていたが、それ以来だったというのもあるだろう。



「じゃぁ、このタマネギ切ってもらっていいか?」


「はい」



 タマネギをエリスに任せ、ルイは冷凍しておいたブイヨンのブロックを鍋に入れた。



「ルイ様はお料理もするんですね?」


「まぁ少しはな。エリスも包丁の扱いはできているみたいだし、料理はするんだろ?」


「そうですね。たまにですが、教団でやらせていただいたりしています。

 ……ルイ様、あのときに言われた、パナケイア様の下には」


「前に行かないって言ったろ? あれが勝手に言っていたが、わざわざ自分からリリスと戦うなんてごめんだ。

 そもそもあれが本当かなんてわからないしな。

 そういうわけだから、エリスも俺についている必要はないぞ?」


「そういうわけにはまいりません!」



 ルイを真っ直ぐに見据えてエリスは拒否をする。

 エリスはワイズロアの防衛戦以降、目に見えてルイの側にいようとしているようだった。

 ルイはエリスに切ってもらったタマネギを鍋に入れ、あとは予熱で火を入れていく。

 朝もう一度火を入れれば、簡単なオニオンスープのできあがりだ。

 調理器具などの後片付けをしながら、ルイはエリスに問いかけてみた。



「エリスは、パナケイアに会ってみたいのか?」



 ルイの言葉が意外だったのか、エリスは目を丸くしてルイを見てくる。

 いつ見ても引き付けられる金色の瞳は、なんとなく神聖に感じられた。



「そうですね。いつも奇跡を授けて下さる神聖力と、数回お言葉をいただいたことがあるだけですから、お会いしてみたい気持ちはあります。

 ですが女神様ですから、人である私がお会いするなど身に余ることだとも思っています」


「そうか…………。じゃぁ、俺も風呂に行かせてもらうな」



 ルイは一番最後にお風呂に入り、一階にある自室へと戻った。




「――ル――――イさん――ルイさん」



 急激に意識が覚醒しルイの視界が広がると、そこにはクレアがいた。

 ベッドに少しだけ腰かけ、ルイの胸元に手を置いている。



「大丈夫ですか?」


「…………ああ」


「ドアの隙間から光が漏れていて、ノックはしたんですけど反応がなかったので入らせてもらいました」


「そうか……」


「あの……胸の刻印が光っていましたが、身体はなんともありませんか?」


「……夢を見ていた」


「夢、ですか?」


「ああ……ティアマトの夢だった」



 思いがけない名前が出てきたことで、クレアが不安そうな顔をルイに向けた。



「ただの夢だ。気にしなくていい」


「そうですか。ルイさんが大丈夫なのであれば、それでいいですが。

 でも冷えてしまうので、上着は着替えた方がいいですね」



 クレアに言われて、ルイは上着が汗で湿っていることに気づいた。

 一度気づいてしまうと、身体に張り付いて気持ちわるい。

 ルイは身体を起こして上着を脱いだ。



「え? ル……」


「あぁ、わるい。少し無神経だった」



 クレアの細い指が、ルイの身体にそっと触れていた。

 そんなこと考えもしていなかったルイは驚いた様子をみせていたが、クレアの顔を見て落ち着く。



「ルイさん、この傷は?」


「子供の頃スラムにいたときのやつだ。あの頃はまだ治癒の魔法もうまく使えなかったから、跡が残ったのがいくつかあるんだ。変なものを見せてわるかった」



 ルイの身体には斬り傷の跡以外にも、刺し傷の傷もあった。



「…………タオルとお水、持ってきますね」

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