第50話 異文化

 ルイが着替えを済ませ、クレアが持ってきた水を飲む。

 それはお風呂上がりに飲むような感じで、喉がカラカラになっていたことにルイは気づく。

 ピッチャーに入っている水をグラスに入れ、もう一口飲むと身体に沁みていくのを感じる。

 クレアはそれを見て、ベッドに腰かけていたルイの隣にちょこんと座った。


 一階のルイが使っている部屋には、ベッド以外には荷物がない。

 大半の物はクローゼットのなか。

 机の代わりは居間のテーブルなどでこと足りる。

 元々荷物自体少なかったのもあり、少々殺風景といえる部屋だ。


 クレアの白い肌は、月明かりで余計に白く見える。

 サテンのような光沢のあるガウンからは膝が出ていて、そこから伸びるなめらかな線は足首がきゅっとしていた。

 手は太ももの辺りでガウンを握り込んでいる。

 両腕が少し寄せられているせいで、自然と胸が強調されてしまっていた。


 そんな状況であれば、普通の男なら落ち着かなかったりするだろう。

 だがルイはなにかを考え込んでいるようで、明らかに様子がおかしい。

 少しの間沈黙が続き、先にクレアが口を開いた。 



「ルイさんは、二人の恋人と会えなくて寂しくないですか?」


「…………二人の恋人?」



 突然なにを言っているのかわからなかったルイは、クレアに訊き返す。

 クレアは遠慮がちな目をして、ルイのことを見ていた。



「ルイさんは、転生前に二人の女性とお付き合いしていたと言っていたので……」



 アランを町で見かけたときに、たしかにルイはそう言っていたことを思い出した。

 若干ニュアンスは違うようではあるのだが。



「二人って、二人付き合ったことがあるってことで、二人の女性と同時に付き合っていたわけじゃないからな?」


「え? そうだったんですか。同時にお付き合いされていたのかと思っていました」


「それに俺が病気になったときには別れていたから、付き合っていたわけでもないしな」


「そ、そうなんですね」


「あぁ、だから懐かしいってことはあっても、寂しいとか今はないな。

 もうこの世界に転生して、一〇年以上経っているのもあるし。

 それを言うならクレアの方じゃないのか?

 婚約を破棄していたなんて知らなかったから驚いた」


「あ、それはですね――」



 そのあとクレアはライルとのことを最初から話した。

 王族の仲介で婚約の話が六年前にあったらしい。

 ライルのザドック侯爵家は乗り気だったらしいのだが、メディアス公爵家は消極的だったという。

 だが王族が間に入っていたこともあり、うまく断る材料もなかった。

 クレアは騎士になることを目指していたこともあり、とりあえず婚約という形で留めていたというのが実情だったようだ。

 アランのように二人で会うとかもクレアはしなかったらしいが、今回のワイズロアでのことが決定的でクレアから婚約を破棄したという。



「ですから、ライルさんとお付き合いしていたとかは……ないんですよ?」


「…………クレアはリリスを倒したいのか?」


「え?」



 ルイが投げかけたことは、この世界の者なら誰もが思うことだ。

 そんな当たり前のことをルイは訊ねている。



「どんなに犠牲を払うことになったとしても、それでも倒したいと思うか?」


「もちろんです。ひとたびリリスが動けば、村や町は壊滅します。

 抗うことすら許されず、人々はいつ神災に合い命を落とすことになるかと思っているんです。

 人々を守護する騎士として、導き手として、そう思っています」



 クレアのあい色の瞳が、ジッとルイを見てくる。

 白い肌に淡いピンク色のガウンと、月明かりに輝く金色の髪。

 着飾っているわけでもないのに、クレアが持つ美貌は現実感をルイに欠如させる。



「っ――――――ルイさん?」



 クレアの手がルイの身体を押し、名前を呼ばれて気づく。

 クレアの細い指は、自身の唇に触れている。

 ルイがキスをしてしまったことに驚きだとか、感情がグチャグチャという顔をクレアはしていた。



「……ルイさんのいた世界では、キ、キスはどういうときにされるんですか?」


「あ……えっと、恋人同士とか……あと、親しい間柄で挨拶としてしたり、とか……」



 ルイが言ったことは合っていることもあるが、少しおかしいところもある。

 前者は合っている。だが、後者は勘違いするような言い方だ。

 頬や額などにキスすることは、親しい間柄でされることは確かにあるだろう。

 だがルイがクレアにしたキスは唇であったため、この場面での説明としてはそぐわないと言わざるを得ない。

 それに、ルイが生きていた日本でそんな習慣はほぼない。

 ルイが言った最後の説明は……少し卑怯だった。

 だが、別の世界のことなどわかるわけがないクレアは、ルイの言葉で勘違いしたようだ。



「そ、それじゃぁ、しょうがないですね……。ガイアでは……そういうことはしないんですよ?」



 クレアは右手で胸の辺りのガウンを握り、左手は太ももの辺りを握りしめている。

 少し顔は俯き、小さくなっているような感じだった。



「で、ですから、女性に……キ、キスなんてしてはダメですよ?」


「あ、あぁ……悪かった」


「「…………」」



 ルイがキスしてしまったことで、お互いが意識することになってしまい会話が途切れてしまったのは言うまでもない。

 少しの間静かな間が二人を包んでいたが、クレアがベッドを立ち上がった。



「そ、それでは、お部屋に戻ります……」


「あ、あぁ……その、心配かけたみたいで、わるかった」



 そのあとルイとクレアはそれぞれ部屋のベッドで横になったが、なかなか寝付くことができなかった。

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