第47話 目覚め

「シャインさんは、ワイズロアの領民を助けたことが間違っていたと言うんですか?」



 クレアの声がいつもより低く、冷くなっていた。



「領民を助けること自体は間違いではないですよ。

 ワイズロアの状況では間違いだった、と言うだけです」


「たまたまうまくいったからって、調子に乗ってんじゃねぇぞっ」


「おい」


「ああ?」



 グロウがクレアに威圧したところで、後ろの方にいたルイが口を挟んだ。



「たまたま三騎士になったからって調子に乗るな」



 周囲にいたほぼすべての騎士たちがルイを見ていた。

 呆気に取られる者、エドワードのようになぜかうれしそうにする者、驚愕する者と、激昂する者。

 感情はそれぞれだが、視線はみんなルイに向かっていた。



「っテメェ、誰に喧嘩売ってるのかわかってるんだろうな?」


「我々はたまたま三騎士に上り詰めたわけではありませんよ。

 相応の危機を負ってきていますし、たまたま魔物を倒してきたわけではありません」


 シャインと呼ばれていた男性が、ルイの言葉に反論をする。

 グロウとは違い、落ち着いて話をしてくるシャインはタイプがライルに近い感じだ。

 少しライルよりも硬そうな印象で、青いロングの髪がスッと下ろされている。

 身長は一八〇センチないくらいで、スーパーモデルだと言われても納得するような容姿だ。



「そうだな。魔物はたまたま倒せるほど甘くはない。

 ワイズロアでのことも同じことだ。五〇〇〇という数を、たまたま倒せるなんてことはない。

 お前はクレアの判断が間違いだと言ったが、結果が物語っているだろ?

 クレアは少ない隊でワイズロアを救い、逃げた騎士たちは助けられた領民を見捨てた。

 お前たちがなにを言おうが、これが結果だ。

 それにな、お前たちと違ってうちの隊長は聖遺を振るって戦っている。

 お前たちが三騎士でなくなる可能性もあるんじゃないか?」


「ルイさんっ⁉」



 クレアはルイの言葉に慌てているが、他の騎士たちの目は違っていた。

 聖遺という存在が、ルイが口にしたことに信憑性を持たせていた。



「テメェーーー!」


 グロウが背中に抱えていた大剣をルイに振り下ろしてくる。

 一八〇センチ中盤くらいはある筋肉質な体格から振り下ろされる大剣。

 それは遠心力も加わり、大型の魔物でも両断するような一撃。


「スヴェル」


 だがグロウの大剣は、神聖魔法の盾によって止まってしまう。


「テメェ、聖騎士なのかよ。メディアスに迎えられた黒髪ってのはお前だろ。

 ただでさえ三騎士の一人を婚約者に持ちながら、専属で騎士を迎えるってのが気に入らねぇ。

 そのうえ、それがサポートくらいしかできねぇ聖騎士だと?

 ふざけんじゃねぇーー」


 今度は大剣を思いっきり横薙ぎに振るってくるが、それもルイの神聖魔法によって止められてしまう。


「グロウ、やめろ! やり過ぎだ」


 ライルが制止を呼びかけるが、グロウには止まる気配がなかった。

 もう一度距離を取り、ルイを視線に捉え続ける。



「なにごとだ!」



 沈黙が一瞬支配した訓練施設に、今までと違う声があがった。



「――ライル殿。それにシャイン殿とグロウ殿まで。いったいこれはなにごとか?」



 来たのはクレアの父、デューンだった。

 すぐ側に案内して来たと思われる騎士がいるので、ここのことを報告に行ったのだろう。



「チッ――聖騎士なんかぶちのめしてもなんにもならねぇ。見逃してやる」



 将軍であるデューンが現れたことで、訓練場でのことはなにごともなく収まった。

 あとに残ったのは、クレアとライルの婚約が白紙になったということだった。




 月が照らす森の湖。本当なら月の光が湖を照らし、神秘的とも思えそうな光景が広がっていそうな場所。

 そこはワイズロアから南に位置する広大な森。

 周辺には、魔物の姿は一切いない。

 湖に浮かんでいるのは、少女の姿をした邪神と呼ばれる存在だった。



「我が生まれ幾星霜いくせいそう。ようやく、我の意識が表に出ること叶ったか……」



 湖に浮かび、黒い少女は空を見上げていた。



「今少し。だが、ヤツもこれ以上邪魔はできまい。

 我の目覚めにより、魔力も目覚めた。そう遠くないうちに、世界は正しい姿となろう」



 邪神と呼ばれる少女が水に浮かんでいるせいか、その湖は黒い。

 月の光は届いているはずだが、黒い湖は反射すらなかった。

 光さえも飲み込む黒。

 邪神と呼ばれる少女は、漆黒の湖に沈んでいった。




 邪神がガイアに生まれ、はじめて目覚めたことをまだ誰も知らない。

 だが、それは確かに目覚めていた。

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