第46話 思いと判断

 銀の鍛冶屋の帰り道、ルイは見てはいけないものを見てしまった。

 クレアの袖を引っ張り、物陰に隠れる。

 ルイが見てないことにすれば、今見たことはなかったことにできるのだ。



「ルイさん? いったいどうしたんですか?」


「いや、気にするな。大丈夫だ」


「……なにを見ているんですか?」



 クレアを背中に隠し、ルイが視線が塞ぐ。

 建物の間にある木箱からルイが覗くと、やはり見間違いではなかった。



「あぁ、アランさんですね」


「――!」



 ルイが振り返ると、クレアも同じ方向を見ていた。



「…………」


「ルイさん? どうしたんですか?」


「なにって……あれって、やっぱそういうこと、だよな?」


「? ルイさんがなにを言っているのかよくわかりませんが、婚約者と一緒にいるだけだと思いますが?」


「――? 婚約者? あの子は、婚約者なのか?」


「はい。私も会ったことはないので知りませんが、容姿からするとたぶんそうだと」


「確かアランは二四だったよな?」


「はい、どうしたんですか?」



 アランはクレアが言う婚約者と腕を組んで歩いている。

 それはべつにいい。だが、その婚約者がどう見ても一五歳くらいにしか見えない。



「婚約者って、あれはまだ子どもって感じじゃないか?」


「なに言っているんですか? 貴族で騎士や魔導士、研究者などにならないならあのくらいの年齢で婚約するのはよくありますよ?」



 クレアの話を聞いて、確かに貴族だとそういうこともあったような気がした。

 とはいえ、現代で暮らしていたルイには、こう目の前で目撃すると思うところもある。



「紳士的なやつだと思っていたが、ロリコンだったか……」


「ロリ? コン? それはなんですか?」


「俺の転生前の世界の言葉だ。絶対数はたぶん少ないんだが、極一部にそう呼ばれる人種がいるんだ」


「そう……なんですか。貴族のようなものでしょうか?」


「ああ、まぁそんな感じで割合的には少ないだろうな」



 気温も暖かく、これから夏へと向かう季節、アランはルイによってロリコンとなった。



「ルイさん……は、転生される以前、お付き合いしていた女性とか……いたんですか?」


「ん? 二人だけな」



 ルイの視線の先では、アランが婚約者と思われる少女に花を買っていた。

 そんなに大き過ぎない花束。

 少女はアランから花束を贈られて、とてもうれしそうな笑顔をみせている。


 ルイはそれを見て、歳は関係ないかと思うようになっていた。

 アランもワイズロアでの戦いからやっと戻り、想い人と過ごしている。

 そう思うと、二人はとてもお似合いなような気がしてきていた。




 翌日、ルイは軍の訓練場でクレアたちと話していた。

 話の趣旨はクレアとアランのことだ。

 ルイは二人を、魔神と戦えるだけの力を持てるようにしたいと考えていた。

 魔神はワイズロアで倒した一体とは限らず、場合によっては複数を相手にしなければいけない可能性もある。

 そうなった場合、魔神と戦えるのがルイだけでは厳しくなると考えていたからだ。

 ルイは二人の魔法属性を考えた上で、現代の知識を参考にアドバイスをした。

 エリスとエドワードに関しては、今のところ魔力コントロールに注力する方向。

 特にエリスは後衛なので、身を守りながらの立ち回りの方が重要だった。


 ルイたちが話をしていると、訓練場が騒がしくなった。

 なにやら大声でクレアを呼んでいるやつがいる。

 何事かと目を向けると、三人の騎士が入ってきていた。

 騒いでいる男と、黙ってついて来ている男、そして騒いでいる男に制止を呼びかけるライル。



「……ライルさん」


「クレアさん、ごめんね。グロウが止まらなくて」


「おいっ! ライルとの婚約破棄ってどういうことだ⁉」



 ライルにグロウと呼ばれている騎士が言い放った言葉に、近くにいた騎士たちが注目していた。

 それはクレアの班員も同じで、ルイも驚きを隠せない。



「グロウには関係ないだろう? やめてくれ」


「馬鹿野郎、関係ないわけねぇだろうがっ! お前は三騎士の一人なんだぞ。

 お前がコケにされると、俺たちのメンツにも関わるんだよ!」



 クレアはライルたちの前に一歩出る形で、微塵も気圧される様子もなく口を開いた。



「ライルさんとの婚約は確かに白紙にさせていただきました。

 なにが問題なのでしょう? そういうことがあってもおかしくはないと思いますが?」


「おかしいに決まってるだろうが! ライルは三騎士だぞ」


「三騎士だからなんだと言うんですか? ライルさんとは思いを共有できないと思いましたので、婚約はなかったことにさせていただいたまでです」


「それはワイズロアのことを仰っているのでしょうか?」



 黙って見ていたもう一人の騎士が入ってきた。



「そうです」


「であるなら、彼の判断は正しい判断だったと思います。

 確かに領民への配慮がクレド侯爵は足りなかったと思いますが、それはライル殿の落ち度ではありません」


「そうですね。ですが領民を守るために剣を取ることはできたはずです。

 それをしなかったのはライルさんです」


「さっきも言いましたが、そこの判断は間違っていません。

 今回は運良く魔物を退けることができたようですが、間違っていたのはクレアさんの方ではないですか?」

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