第35話 嘘の戦場

 ルイは剣と打撃、そしてジャッジメントで魔物を殲滅していく。

 その戦闘は、ガイアの史実のなかでもかつてない。

 軍団となった魔物と相対したことなど、人族、エルフ族、魔族とすべての種族でなかったこと。

 そんな戦場を、ルイは一人戦っていた。

 だが時間が経つにつれ、ルイが魔法を制御しきれない頻度は増えていく。


 止むことのない雷が降り注ぐ戦場。

 雷鳴は何重にもとどろき、戦場を揺さぶる。

 そこに築かれるのは魔物の屍。


「――来たのか」


 ルイが泳がせた視線の先には、呆然としたクレアたちの姿。

 だが、ルイが驚くことはなかった。

 クレアは状況をしっかり判断できる頭のいい隊長である。

 当然援軍に来る可能性もルイは想定していた。

 そしてクレアが援護に入ろうと動きかける。


「来るなっ!」


「――――」


 ルイは叫びながらも魔物を斬って捨てる。


「お前たちも巻き添えになる」


 戦闘をしながらのせいでルイの言葉は短い。

 だがクレアは、状況から言葉の意味を正確に把握した。


「アラン! 隊を魔法範囲外に展開して、討ち洩らしの魔物を殲滅します。

 雷は私たちも対象になるようですから、絶対に範囲内に入らないように厳命してください」


「クレア! 剣を投げて貸せ!」


 隊が展開したのを視線だけで確認し、ルイはクレアに続けて叫ぶ。

 一瞬戸惑ったクレアだったが、剣の柄部分を持って一直線にルイへ向けて投げた。

 身体強化した状態で投げられたクレアの剣は、ルイの下へ真っ直ぐに飛んでいく。

 ルイは目の前のカースナイトを、魔力を剣から放出させて一気に削る。

 飛んできたクレアの剣を左手で難なく掴むと、ルイがまとっている雷が流れていく。

 そしてルイはそれを回転させて投げた。


飛輪ひりん


 水平に回転しながら投げられた剣は、雷を発しながら飛んでいく。

 投げられた剣は魔物を斬り裂きながらも回転速度は落ちず、トロルの胸を何度も斬り裂く。

 そしてカースナイトを霧散させたルイが左手を伸ばすと、剣はルイの左手へと引き戻された。



「クレア様……ルイがこれほどだったのを、ご存知だったのですか?」


 アランはルイの戦闘を見ながら、呟くように問いかけた。

 アランが問いかけてしまうのも無理はない。

 今目の前で行われている戦闘は、誰にしたって信じがたいものなのだから。


「……あんなに…………必死なルイさんを見るのは初めてです」


 クレアの両手が、ルイから託されている聖遺をギュッと掴んだ。

 今にも援護に入りそうな顔だが、それを必死に耐えているようだった。



「――迅雷じんらい


 ルイは腰を低く落とすと、そこから一気に身体を捻りながら前方に飛んだ。

 二本の剣に流れている雷が激しくなり、身体強化とは別の力で押し出されるようにルイは加速する。

 まるでルイ自身が弾丸のように撃ち出され、雷を周囲にほとばしらせながら射線上周囲にいる魔物を斬り裂さいて吹き飛ばしていた。



「今、なにしたんだ?」


「まるでアイツ自身が魔法になったみたいに、一度に何体も倒しちまいやがった」


 通常の戦闘であれば直接の近接戦闘、もしくは魔法での攻撃になる。

 近接戦闘では剣での攻撃が基本となるため、今のルイのようにまとめて魔物を薙ぎ倒すような攻撃は考えられないものだった。



「はぁー、はぁー、っ――」


 ルイの息があがるが、それでも魔物はまだいる。

 飛んでくる土属性の魔法である石礫つぶてを神聖魔法の盾と剣で相殺し、目の前にいるマンティコアに蹴りを入れる。


 胴体は灰色の獅子、尻尾はサソリの尾。

 顔はグールのように目が黒い穴になっていて、視線を見て取ることはできない。


 斜めに構えていたマンティコアの肩部分を蹴り飛ばしたルイは、それに追撃をかける。

 マンティコアの上から、斜めに剣を斬りつけた。

 蹴られたことで体勢が取れていないマンティコアを容赦なく剣が斬り裂く。

 右手の剣を振り下ろした遠心力で、二撃目である左手の剣が振るわれる。

 三撃目まで斬りつけたルイは、着地したと同時に深く踏み込んだ。


「紫電」


 それは雷光の一閃となり、マンティコアの首を剣が貫通する。

 ルイは貫通した剣を斬り上げて首を半分以上切断すると、まるで舞っているように剣を振り回して周囲の魔物を斬り倒していく。



「またルイにいいように言われるぞっ! 手傷を負っている魔物なんかに手こずってられるか!」


 エドワードが叫びながら魔物を仕留めていく。

 ルイを知る隊員たちは、エドワードの言葉で戦意が明らかに上がっていた。

 特に勢いが増していたのはアランだろう。

 まるで獲物を捜しているかのような勢いで魔物を倒していく。


「エリス! 前に出過ぎないで」


「は、はい!」


 そしてエリスまでもが、水魔法をいくつも発現して攻撃していた。

 それは援護というには攻撃的で、少しでも多く魔物を倒す動き。

 そんなアランとエリスで共通していたのは、二人とも悲痛な瞳をしていたことだった。


 ルイは止まることなく魔物を倒し続ける。

 何度も動きを制御できず、魔物にぶつかりながらも。

 そして、展開されていたジャッジメントが解かれた。



「終わったのか……」



 誰かが呟く。その場にいる者すべてが同じ気持ちだっただろう。

 さっきまで雷鳴が響き渡っていたのが、静かな静寂に包まれていた。



「ルイ様!」



 最初に動いたのはエリスだった。

 エリスは倒れている魔物を踏まないようにしていて、それがもどかしいような顔をしている。

 ルイに近づくにつれ、押し殺していた感情が出始める。

 エリスがルイのところにたどり着いたときには、もう涙が零れていた。



「い、今、治癒の魔法を……」



 エリスが神聖魔法で治癒をすると、真っ赤に染まっていたルイの目が白く戻る。



「ごめんなさい。パナケイア様に言われていたのに、本当に……ごめんなさい」



 エリスは下を向いて、泣きながら何度も謝る。

 その姿は今までの落ち着いた大人びた少女ではなく、年相応の少女の姿。

 ルイはそんなエリスの頭をくしゃくしゃと撫でた。



「まさか集めた魔物を、全部倒してしまうとは思わなかったぞ」


「――!」



 突然声をかけられて振り向いた先には、濃い灰色をした人型のなにかが立っていた。

 魔物、ではあるのだろう。全身毛むくじゃらで二メートル半くらい。

 黒く長い爪が伸び、顔は鷹。

 だが魔物とは決定的に違う。それは、言葉を話してきた。



「魔神……」



 ルイが言うと、それの目は肯定の意志を示すように見てきた。

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