第34話 もう一つの戦場

 ワイズロアに残った騎士たちがやろうとしていることはバカげている。

 複数であたる魔物を相手に、数で負けた状態で防衛ラインを敷くなど正気の沙汰ではない。

 こんなことは、スラムでその日を生きるのに必死になっている子供でもわかることだ。


 なのにクレアは、そんなバカげたことを本気でする。

 三大貴族の名家であり、今や軍においてもそれなりの地位はある。

 このままいけば、クレアは相応しい地位までいくだろう。



「…………」



 だがクレアは、会った頃に言っていた通りに人々のために戦場に立つ。

 その姿はルイにとって、理想を描いたような騎士の姿だった。

 この世界を見てきたルイにはクレアは眩しく、その姿を目で追ってしまう。

 そして、この世界ではじめての居場所とも言える仲間たち。


 なによりクレアは、唯一転生者というルイの存在を感じていた。

 転生なんて話、よくて半信半疑だ。

 だがそんな話を、クレアはルイさえ気づいていなかった言葉の端々から感じ、信じた。



「…………」



 ルイの目の前には、五〇〇〇はいるだろう魔物の軍団。

 こんな数が一気にワイズロアへ向かえば、逃げて生き残れるのはよくて五〇〇というところ。

 ワイズロアで魔物が止まらなければ、移動速度から考えてワイズロアの領民にも被害が出るだろう。


 クレアが防衛ラインを敷く選択をした時点で、騎士たちの被害が大きくなることは目に見えている。

 いくらカースナイトを相手にできるとはいえ、普通に戦ってルイ一人でどうにかなるものでもない。

 一度にルイが相手にできる魔物は物理的に限界があるため、広い戦場で助けることができるのは限定的になってしまう。

 結果、クレアたちを助けるためにルイが取れる選択肢はこれしかなかった。


 ならばルイのやることはここで一人、ワイズロアへ向かう魔物の数を削ること。

 高ランクの魔物は優先的にここで倒し、他の魔物も無傷でワイズロアへは行かせないようにする。

 だがこんな作戦、クレアたちに話してしまっては間違いなく止められてしまうのはわかりきっていた。

 そのためルイは、クレアたちを見捨てるような言葉を口にして離脱してきていた。



「かの者たちは集う

 世界は宵闇よいやみまと

 無明な現世うつしよに神は現界する」


 空にちりばめられた数多の星の輝きが、ルイの言葉で遮られる。

 黒く暗い雲がルイがいる一帯を覆い、雷鳴が唸り始めた。

 空にはさっきまでと違い雷がいくつもはしり、それは次々に数を増していく。

 そしてルイが魔法名を告げることで、世界は一変した。


「ジャッジメント」


 ルイの言葉に従うかのように、何十という雷が降り注ぐ世界へと変わる。

 雷が定めた運命からは、逃れられる魔物はいない。

 すべての魔法のなかで、間違いなく最速の魔法。

 気づいたときにはすでに雷に貫かれるのが運命となり、まさしく神の審判にかけられた世界となる。


 いたるところで雷に貫かれ、次々と魔物が倒れていく。

 キマイラ、マンティコア、カースナイトやミノタウロスなど高ランクの魔物であっても回避などできはしない。

 戦場は整った。あとはルイがどれだけやれるか。

 ルイは剣を鞘から抜き放ち、目を閉じて深く息を吸い込む。


 視界が遮られた世界に浮かぶのは、ワイズロアにいるクレアたちのこと。

 そして目を開いたルイは身体強化をしたうえで、さらにそこから強化を行う。


「ヴァルキュリア」


 身体にバチバチと小さく鳴り響く雷が発現し、ルイは魔物に向かって斬り込んだ。

 ルイのスピードは身体強化ではあり得ないスピードで、ルイが駆けたあとには雷の軌跡がはしる。


 視界に入る魔物すべてを倒している時間はない。

 優先するべきは高ランクの魔物。

 数はルイの近接戦闘と、広範囲に展開しているジャッジメントで削れる。

 ルイは近場にいたミノタウロスへと向かい、その間にいる魔物を斬り捨てていく。

 側面から気づかれる間もなく、ミノタウロスの胴体を両断。


 その直後背後から敵の存在を感知し、ルイは確認の動作を省いて剣を振った。

 ルイの周囲にはアブソリュートという魔法によって、半径二メートルで微弱な電磁波が展開されている。

 この魔法によって、ルイは視覚外の部分をカバーしていた。

 近接戦闘であるため二メートルで固定しているが、クレアの卒業試験のときにはこれを広げて相手の場所を感知したこともある魔法だ。


 剣を振ったあとに入ってくる視界の情報。

 背後から迫っていたのはBランクのレッドコームだった。

 レッドコームは戦闘能力的にはCランクの魔物だ。それなのにBランクに設定されているのは攻撃的で、残虐な性格であり執念深いからだ。

 薄汚れた黒く長い髪、体長は一二〇センチくらいの老人を思わせる容姿。

 真っ赤なトンガリ帽子は、返り血で染められていると言われている。

 これを斬り捨てながら、ルイは視線を走らせた。


 一箇所で留まって戦うわけにはいかない。

 一箇所で戦い続ければすぐに屍の山になり魔物の邪魔にもなるが、同時にルイの邪魔にもなる。

 なによりルイのスピードを発揮するには、動きながら急襲する方がメリットは大きかった。


 魔物の攻撃を体捌きで角度を変えることで回避し、その動きから連動させて蹴りを入れる。

 魔物を蹴り飛ばすことで、その直線状にいる魔物も巻き込んでルイは時間を稼ぐ。

 それは足止めと言ってもいいだろう。

 一度に相手にできるのは数体。敵であるルイに魔物は襲いかかるが、すべての魔物をそれだけで止めることはできない。

 そのためルイは、ドミノ倒しのようになぎ倒すような攻撃もしていく。

 それでも物量は脅威。ある程度のところで物量が勝る瞬間はくる。


「想定内だ」


 ルイは一度斜め後ろに後退して距離を取り、魔物たちを視界に収めた。

 飛んでくる魔法を神聖魔法の盾で受け、一呼吸のタメで魔力を練る。

 雷をまとった剣身が、夜を思わせる暗い紺色に染まっていく。


「ディメンションルイン」


 暗い紺色に染まった剣を振ると、ルイが視界に収めていた空間が一瞬ズレる。

 ディメンションルインによる剣閃は、魔物とその景色さえも一閃した。

 ズレた景色と、その向こう側にある景色が一瞬不自然に見える。

 その現象が収まったときには、多くの魔物が両断されていた。

 手前に築かれた魔物の屍を越えて、再度ルイは斬り込んでいく。

 魔物を一振りで斬り伏せ、側にいた魔物を蹴り飛ばす。


 たとえこの動きが一瞬で行われたものであっても、予備動作がなくなるわけではない。

 タイミングによっては避けられない攻撃も出てくる。

 ルイはゆっくりとした思考の世界で、避けられない攻撃を視界に捉えていた。


「ディバインゲート」


 言葉を発した瞬間、ルイは攻撃をしてきていた魔物の後ろに姿を現す。

 背後から急襲して一閃し、すぐに場所を移動するため地を蹴る。


「っ――――」


 バリバリっと雷鳴がして雷の線が描かれるが、それは魔物へと伸びていった。

 ルイの制御から外れてしまった動き。こうなってしまっては、この動きをすぐに止めることはできない。

 ルイはすぐにあごを引き、肩口の辺りから背中で突撃するような姿勢にして衝撃に備える。

 雷にも迫りそうな速度で激突されたオーガは、血を吐いて弾き飛ばされた。

 それは直線状にいる魔物を何十体と巻き添えにしていく。


 ルイは身体強化をしているとはいえ、衝撃がなくなるわけではない。

 それはダメージにもなる。そして制御しきれない魔法を行使することで、ルイは身体の感覚がなくなってきていた。

 だがそれでも、今ヴァルキュリアを解くわけにはいかない。


 ルイはすぐに起き上がり、周囲の魔物を倒しながら治癒魔法を自身にかける。

 戦闘をしながらでは意識が割かれてしまい、ちゃんとした治癒はできない。

 ルイは戦闘をしながら痛み、違和感のあるところをイメージして治癒し、さらに魔物に斬り込んでいった。

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