第29話 ワイズロア

 ワイズロアは都市と砦が一体となっている。

 砦と言ってはいるが、城塞都市という方が近いだろう。

 高さ一〇メートル、厚さ三メートルの壁が四角い形で都市を囲っていた。


 常駐している騎士もそれなりにいるため、都市としてもかなりの大きさがある。

 人口も四〇〇〇人いればそこそこの町と言えるが、軍の騎士を除いても一万人を超える。

 場所が場所だけに傭兵も他の地区より比率が高く、肉の供給はかなり潤っていた。

 それもあってか飲食店も多く、宿屋も多い。

 人の出入りが多いこともあり、交易も盛んな都市といえる。

 だがルイたちが見たワイズロアは、とても活気がある都市とは言えない雰囲気であった。

 飲食店、宿などは空いているがお客は少ない。

 他のお店はほとんどが閉まっていて、歩いている人もまばらだ。


 ワイズロアについたルイたちは個室というわけにはいかないが、砦内部の宿泊部屋を宛てがわれた。

 二段ベッドが三つ置かれている六人部屋だ。

 さすがに隊長であるクレアには、広くはないが個室が用意された。


 クレアはワイズロアにつくなり、早速状況確認の会議へと向かう。

 ついたのが夕方であったこともあり、ルイやエドワードは食事を取って旅の疲れをとることにした。



「撤退って、領民のことはどうするんですか⁉」



 会議室にクレアの声が響く。

 ワイズロアの状況は、クレアが聖都から移動している間に変わっていた。

 魔物の数は今なお増え続けているらしく、現段階で四〇〇〇を超えている。

 もうこれは大隊規模というよりも、ほとんど旅団規模といえるような数字だ。

 その魔物たちが森の北寄り、つまりワイズロアに近いところに集まっているという。

 もし仮に魔物がこのまま森を抜けるようであれば、進路としてはワイズロアになるということだった。


 クレアの隊が合流して、ワイズロアの戦力は九〇〇〇。

 だが魔物と戦う場合、一体に対して複数人であたるのがセオリーである。

 単純な数字上では、戦力はギリギリ拮抗しているか、押されているという感じ。

 だが高ランクの魔物、特にカースナイトがいたら一体に二四名取られることになり、倒すのに時間がかかる。

 一見数字上勝ってはいるが、実際は魔物に全滅させられる可能性も高い。

 通常であれば、被害を考えると撤退という選択肢が出てくるのも理解できるものであった。


 だが、クレアが危惧しているのは領民のこと。

 外を歩いている領民は少なかったが、外に出ていないだけでいないわけではないのだ。

 声を荒げたクレアを見て、ワイズロアの領主であり、砦を任されているクレド・エクセル侯爵が答えた。



「クレア殿、少し落ち着いて。我が領民への気遣い、心より痛み入る。 

 すでに領民には告知しており、軍もすでに半数は拠点に離れさせてある。

 あとは二日後、我々も拠点に向かえば被害を出すことなく援軍と合流できる算段。

 すでに三騎士であるライル殿もいるが、もう一名三騎士が合流することにもなっている」


「軍のことはわかりました。それで、領民の避難はどうなっているのですか?」


「現状ここから離れたのは、三割というところか。

 避難が間に合わない者もいるかもしれんが、そこは割り切る他ないだろう」


「そんな! 領民の護衛をしないつもりですか?」


「わかってほしい。今軍に被害を出してしまえば、魔物の殲滅すら危うくなってしまう。

 そうなれば、さらに被害が広がることになる」



 その後クレアは領民の避難を手伝い、殿しんがりを軍が受け持つべきだと主張したが、それが通ることはなかった。

 翌朝、クレアは二人の小隊長であるアランとゴードン、そして軍に同行という形のルイとエリスに状況を報告した。



「やけに少ないとは思っていましたが、戦力が五〇〇〇ちょっとしかいないということですか?」



 クレドは騎士の半数をすでに離脱させてしまっていたので、昨日合流したクレアの大隊を合わせても五〇〇〇ちょっとという数字になっていた。



「そうです。クレド侯爵は軍の被害を抑えるため、領民は捨てる算段のようです」


「そんな……軍の護衛もつかないのですか?」


「はい……それで私たちは、領民の避難を手伝おうと思います」



 クレアの言葉に、エリスが安堵するような表情を見せた。

 だがルイはエリスとは違い、眉をひそめる。

 それに気づいたアランが、ルイに声をかけた。



「なにかあるのか?」


「そうだな……まず軍は、最初から領民を捨てるつもりだった可能性があると思ってな」



 ルイの言葉の内容が信じられない、という顔を全員がしている。



「軍の撤退が早過ぎる。明日には終わる感じなんだろ?

 下手したら領民の告知よりも先に動いていたんじゃないかと思ってな。

 それよりもクレアの手伝いとはどこまでを言っている?」


「場合によってはここで時間稼ぎをして、その後領民の殿しんがりにつきます」


「考え直せ。俺たちだけでは数が違い過ぎる」


「では領民たちはどうする!」



 声を荒げたのはゴードンだった。平民で騎士となったゴードンにも、思うところがあるのだろう。



「軍が動かないんじゃどうもできないだろ。理想はわかるが、できることとできないことはある」


「わかりました。アラン、領民の避難を手伝ってくれる騎士を募りなさい。

 それと私たちの隊にも、クレド侯爵と離脱したい者は離脱させなさい」



 クレアのこの命令は、他の隊から騎士を引き抜くことも意味していた。

 軍の被害を抑えたいクレドと、領民の保護を優先するクレアという構図ができあがる。

 そしてこのことは、その日の午前中のうちに一気に広まることとなった。

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