第30話 領民

 クレアはまず、ワイズロアでの演説を行った。

 今のワイズロアの戦力では、領民を守り切ることはできない。

 クレアたちにできることは、領民が避難する時間を稼ぐことくらいである。

 そのためワイズロアの状況をなにも隠さずに公表し、すぐに避難を始めるように促す。

 だが領民からは、罵倒が投げられるという状況になった。



「避難なんてすぐにできるわけがねぇだろ!」


「なんでもっと早く言わない!」



 軍は告知をしていたようだが、詳細な情報については公表していなかったのだ。

 一気に高まる緊張と恐怖から、目の前にいるクレアを領民たちが責める。

 だがここで、エリスの存在が効果を発揮した。



「パナケイア教団のエリスって、神託の聖女様か?」



 聖女エリスの存在は広く知れ渡っている。

 思わぬ聖女の登場で領民が静かになったところで、エリスは避難を呼びかけた。

 エリスは今クレアの隊に同行していて、クレアとともに領民を助けたいこと。

 だが自分たちが昨日来たときには、すでに選べる選択肢が少なかったことを打ち明けた。

 さっきまでクレアに向かって罵倒も飛んでいたが、聖女エリスが同行しているクレアは信じられるのでは? という雰囲気となる。

 そして領民たちは、避難のためにエリスとクレアのことを広めて準備を始める結果になった。



「聖女って存在はすごい効果だったな」



 ルイが少し驚いたように言うと、少しだけ顔をムッとしてエリスが答えた。



「そういう言い方はしないでください。ですがこれで少しでもみなさんが助かるのなら、女神パナケイア様もお喜びになられるかと思います」



 軍に戻ったクレアたちを待っていたのはクレド侯爵と、三騎士のライルだった。

 ルイとエリスもろとも会議室へと行くことになり、クレドはかなり興奮しているようだった。



「クレア殿の隊が騎士を募っているようだが、あれは一体どういうことか!

 すぐにやめさせていただきたい」


「それはできません。領民を守るためには騎士の数が必要です」


「クレア殿は、ワイズロアの軍を分断されるおつもりか!

 ワイズロアの領主は私ですぞ」


「その領主は明日、領民がまだいるワイズロアを放棄して別の拠点に行くつもりなんですよね?

 領主不在になってしまうのですから、残る我らが領民を守るのになんのいわれがありますか」



 軍としての動きを考えるのであれば、クレドの言い分は通る。

 ガイアは絶えず魔物が発生し、これを討伐していかなければならない。

 騎士を育てるのにはどうしても時間が必要になるので、領民と騎士とを天秤にかけた場合、領民を捨てる選択もあり得なくはないのだ。


 だがクレアの言う通り、領民がまだいる段階で離れるのはワイズロアを放棄と呼べなくもない。

 その間は確かに、領主不在であるのは間違いないことだ。

 軍の規律としてはギリギリな部分だとルイは考えていたが、クレアもなかなかやると思っていた。

 領民の立場になっているクレアの方が、建前としては格段に言い分がある。

 これだけクレアが言えるのも、メディアスという名前があるからだろうが。


 こういった志を貫くには、それだけでは貫けない。

 いろいろな立場など、他の力も必要になる。

 そういう意味では、それを貫くだけの多くのものをクレアは確かに持っていた。



「くっ――被害が出て逃げてきても知らんからな」



 クレドは一人、大股で会議室を出ていく。

 残ったライルが、少し困ったような顔をして話し始めた。



「クレアさんの領民を想う気持ちはわかる。

 だけどすでに拠点を作ってしまっていて、騎士たちの移動もさせてしまっている。

 心苦しいけど、クレド侯爵の算段に乗るのが懸命だと思うよ」


「三騎士であるライルさんが賛同してくれれば、残る騎士も増えるでしょう。

 それだけ領民を助けられるんです。ライルさんも手伝ってくれませんか?」


「三騎士といったって、一人で戦えるわけじゃない。

 今回の件は数が違い過ぎるよ。それにクレアさんはこれからもっと領民を助けることもできるはずだ。

 こんなところで死ぬべき人ではない。キミはどう考えている?」



 ライルが、クレアの隣で聞いていたルイに視線を向けた。



「アンタの言う通り、騎士を募ったところで数の問題はあるだろうな」


「そうだよね? それをキミはわかっていて、それでもクレアさんについていくのかな?」



 ライルの言葉で、クレアが悲壮な色を映した瞳をルイに向けていた。

 それに気づいているのか、気づいていないのかはわからないが、ルイは気にもとめないという感じで冷たく言い放つ。



「ここを離れるアンタには関係ない」


「確かに」



 ルイの返答を聞いて、ライルは自嘲気味に笑った。

 これ以上言葉はもうないということだろう。



「私はこんなところで自分の婚約者を失くしたくはない。

 考え直して、一緒に拠点に移ってくれることを望んでいるよ」



 最後に言い残し、ライルも会議室を出ていった。

 三人になった会議室の空気は重い。

 三騎士であるライルがいたら、という思いがクレアにはあるのだろう。

 婚約者という間柄でもあり、もしかしたらと期待していたのかもしれなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る