第18話 神託の聖女

 三月上旬のある日、ルイは訓練施設でクレアと模擬訓練をしていた。

 ルイは断っていたのだが、クレアがエドワードだけやってズルいと言いだしたからだ。

 エドワードと訓練をして、クレアとはしない理由などルイにはない。

 だからこそ断る理由がなく、渋々相手をすることになったのだ。


 そして休憩をしていたところに、一人の少女が訪ねてきた。

 軍には似つかわしくないローブを身にまとった少女。

 女性としては平均的な身長で、とてもやわらかで落ち着いた雰囲気を感じさせた。

 クリーム色のしなやかでサラサラな髪はハーフアップで縛り、腰までありそうな長い髪を後ろ髪と一緒に降ろしている。

 切れ長な目をしていて、目力というよりも惹きつけるような金色の瞳がルイを捉えていた。



「申しわけありませんが、ルイ様でしょうか?」



 突然のルイ様という言葉に、内心ルイは驚きを通り越していた。

 今まで様なんて言葉をつけて呼ばれたことなどないし、きっとこれからもそんなことはないだろう言葉だった。



「……ああ、そうだが」


「ご挨拶が遅れてしまい、申しわけありません。

 私は、パナケイア教団の神殿で司祭をさせていただいているエリスと申します」


「――! 神託の聖女、エリス様?!」



 エリスの自己紹介を聞いて、先に声をあげたのはクレアだった。

 なにしろ、自分と同じ白いステータスカードを持っていると言われている人物である。

 しかもそんな人物が軍の訓練施設に来ているのだから、驚かないわけがなかった。

 そんなクレアにエリスは微笑んで応え、白いカードを二人に手渡してきた。


 名前 エリス 年齢 一五歳

 魔法属性 水

 啓示 神託の聖女 神聖魔法


 噂通りの白いステータスカードで、確かに啓示が記されていた。



「もしや、お隣の女性騎士様はクレア様でございますか?」


「お初にお目にかかります。メディアス家の長女、クレア・メディアスと申します。

 それで本日はこのような場所まで、どのようなご用向きでしょうか?」



 挨拶が終わったところで、エリスは再びルイへと向き直った。



「女神パナケイア様の御神託に従い、ルイ様にご助力するために参りました」


「――!」


「……」



 クレアは口元に手をあてて、驚いているのか目を大きくしてルイを見た。

 だがルイは、エリスがなにを言っているのか理解できていなかった。



「申しわけないが、なにを言っているのかよくわからないんだが?」


「そうですよね。申しわけありません。もう一度、ご説明させていただきますね」



 再度エリスの説明を受けたルイとクレアだったが、これといってさっきと言ってることは変わらなかった。

 エリスは女神パナケイアから神託を授かることが稀にあり、今朝の祈りの時間に神託を授かったという。

 白いステータスカードを持った、クレアの小隊にルイがいること。

 エリスがこれからルイの手助けをするように、という神託だったという。



「私にできる限りのことをさせていただきますので、どうかよろしくお願いします」



 深く腰を折って挨拶したエリスだったが、ルイの返答にエリスとクレアが固まった。



「こんなところまで来てもらってわるいが必要ない」


「「――――」」



 今度はエリスとクレアが理解できていなかった。



「ルイさん? え? どういうこと?」


「どういうこともなにも、小隊に司祭なんかいてどうする?

 大規模な遠征だとかで医療班だとかが編成されるならわかるが、小隊に一人司祭がいてもしょうがないだろ」


「ルイ様、私は神聖魔法と水の魔法属性がありますので、戦闘のお手伝いもできると思います」


「神聖魔法なら俺が使えるし、水魔法ならクレアも使える。

 神託だがなんだか知らないが、身体強化の訓練ができていないやつは足手まといだ」


「「――――」」



 ルイが言っていることは、普通なら誰が聞いてももっともなことだった。

 言われた理由は、反論できる余地がどこにもない。

 だが今回エリスが訪れたのは、女神パナケイアの神託によるものである。

 言い換えれば、今回のエリスの行動は女神パナケイアの意志そのものということ。

 それをルイは必要ないと言っているのだ。


 このガイアにおいて、女神パナケイアというのは国よりも勝る。

 人々は怪我や病気などを、女神パナケイアの奇跡によって助けられている。

 それは確かな奇跡であり、それだけに信仰心も強い。

 これは神聖王国セイサクリッド以外の国でも変わらないのだ。



「ルイ様! ルイ様の仰ることはわかりますが、今回のことは女神パナケイア様のご意思によるものです。

 お願いですから、お側でお手伝いさせてください」


「わるいがアンタの手助けは要らない」 



 ルイはエリスにキッパリと断って、訓練施設を出ていった。

 エリスはそれでもなにかを言おうと口を開いたがそこから出てくる言葉はなく、俯いてしまった。

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