第17話 ルイの一面

「楽しそうなお話をされていますね?」



 ルイとエドワードが話しているところに、声をかけてきたのはクレアだった。



「私もご一緒させてもらってもいいですか?」


「クレア様も行くようだし、私も行かせてもらおう」



 突然クレアとアランが一緒に行くと言いだし、それに戸惑っているのはエドワードだった。



「ええ! いや、隊長と副隊長をつれて行けるようなお店、俺じゃいけないですよ!」



 エドワードが言っていることはもっともだ。

 クレアは公爵家というだけでなく、三大貴族に数えられる名家。

 アランにしても侯爵家ということで、少なくとも男爵家とは格が違う。

 それにルイは、以前クレアにつれていかれた個室のようなお店で食事という気分でもなかった。



「というわけだ。俺たちは庶民的な店で食事をすることになっているから諦めろ」



 このルイの言葉に、クレアとアランがムッとした顔をする。



「バカにしないでください。私だっていつもお高く止まっているようなお店に行っているわけじゃないんです」


「べつにそれはどうでもいいんだが、俺は奢ってもらうんだから邪魔しないでくれ」


「それなら心配には及びません。エドワードさんの分も私が奢ってあげます」


「マジですか! ルイ! 行くぞ!」



 クレアの言葉に奢ってくれると言っていたはずのエドワードが、奢ってもらう気満々になってしまっていた。

 なんとなく面倒な食事にならないかルイは懸念を抱いていたのだが、ここで行かないという選択肢はあまりにも感じが悪い。

 結局シャワーで汗を流して、四人で軍を出ることになった。


 軍を四人が出る頃には日も落ちて、魔石による街灯が薄暗いながらも照らしている。

 エドワードが前を歩いて、酒場が多い辺りへと向かう。

 傭兵や土木をしている職人などを多く見かけるが、クレアやアランのような爵位の高そうな騎士は見かけない。

 酒場が集まっている通りへ出ると店の前には大きめな松明たいまつが置かれ、それがお店ごとにあるため他よりもかなり明るい。

 すでに食事を始めている人たちもいるらしく、肉が焼ける匂いなどが食欲をそそった。



「どこの店にするんだ?」



 ルイがエドワードに聞くが、その間もクレアは辺りをキョロキョロしている。

 お店のことでさっき言ってはいたが、実際あまりこういうところへは来ないのだろう。



「シュプリームって店にしようかと思うが……」



 エドワードは言うが、クレアとアランのことが気になっているようだった。



「いいんじゃないか。じゃぁ、そこにしよう」


「ルイは知ってるのか?」


「ああ。シュプリームは下ごしらえがいいのか、肉が美味いよな」


「おお! そうなんだよ! 実は妻の実家なんだよ!」



 ルイの言葉に気を良くしたのか、それとも自信がついたのか、エドワードは軽い足取りで進んでいった。

 エドワードが先に店に入ると、すぐに声がかかった。



「ん? エドじゃない。外で食べるなんて珍しいね?」


「お義母さん。今日は、小隊の隊長と副隊長も一緒なんです」


「あら! そうなの。じゃぁ席はあそこに座りなさいな」



 話しかけてきた女性は、エドワードの話し振りからして義母のようだ。

 少し奥まったところにあるテーブルが大きめの席につくと、エドワードが飲み物を訊いてきた。


「隊長と副隊長、飲みものどうしますか?」



 クレアがチラッとルイを見て、エドワードに訊き返した。



「いつもはなにを飲まれているんですか?」


「俺はいつもビールですが」


「では私もそれで」


「私も同じものを頼むとしよう」


「ルイは今年からアルコールは大丈夫なんだよな?」


「ああ。俺は赤ワインで頼む」



 それを聞いたクレアとアランが、ルイを見て納得がいかないという目をしていた。

 料理に関してはエドワードがお勧めのものをまとめて頼んだ。

 飲みものが届き、すでに仕込みができていたと思われる料理がすぐにテーブルに並ぶ。

 ルイは一番下っ端というのもあるし、歳も一番下でもあるので黙って取り分けを始めた。



「「「…………」」」


「なんだ? 俺が取り分けない方がよかったか?」


「ルイ、そんな取り分け方できるのかよ。よくわかんねぇけどすげえな」



 ルイが片手でスプーンとフォークを持って取り分けているのを見た三人が、ルイの手元をジッと見ていた。



「ほら、あとは好きに自分たちでやってくれ」



 食事は進むが、クレアがあまりビールに口をつけていないのがルイは気になった。

 訓練後というのもあるし、料理も進めば喉だって乾くはず。

 ルイは給仕をしていた人を呼び止め、二つ赤ワインを持ってきてもらった。



「ほら。無理して飲むな」



 クレアの前に赤ワインを差し出すと、驚いたような目でクレアが見てくる。



「ビールは俺が飲むから、無理するな」


「……私だって、みなさんが食すようなものを食べるんですよ?」


「そんなこと知っている。あんな干し肉とパンだけの食事をしていたくらいだしな」



 遠征のときの食事を思い出したのか、アランとエドワードが笑い出す。



「確かにそうだった。エドワード、私も赤ワインを頼んでもらえるか?」


「すみません! 赤ワイン一つ。だけど今思えば、あの干し肉とパンはやばかったですよね。

 どっちも水分は持っていかれるし、肉は塩辛いだけって感じだったし。

 今思うと、なんであんな食事だったのか理解できないですよ」



 赤ワインの方が口に合うみたいで、クレアの口数も増えてきていた。

 少し顔も赤くなっているが、さっきよりも楽しそうに見える。



「さっきはルイさんだけワインを頼んでズルかったです!」


「俺はビールを飲めなんて言ってないぞ」


「それはそうですが……ルイさんは、ビールを飲んだことがあったのですか?」


「あまり好みじゃないが、付き合いでな」


「「「――!」」」


「どうした?」



 三人がまたルイを信じられない目で見る。



「ルイが付き合いをするのか?」



 アランが我慢できないという感じで言ってきた。

 みんな食事の手が止まってしまい、ルイに注目している。



「……生きていれば、そういうこともあるだろ?」


「なんか今日は、ルイさんの隠れた一面をたくさん見ているような気がします」




 食事も済み、エドワードとはお店の外で別れることになった。

 クレアとアランとは同じ方向なので一緒に帰るが、クレアをメディアス邸まで送り届けるのはルイが申し出ることにした。

 食事をご馳走になったということもあるし、一応専属の騎士というのもあったからだ。



「ルイさんも、紳士的なことをするんですね?」



 クレアがルイの前に回り、少しだけ覗き込んでくるように言ってくる。



「こういう日くらいはな」


「…………私は、導き手になれているのでしょうか」



 ルイの隣に戻ったクレアの顔は、下を向いていてルイからは見えなかった。



「さぁな。そんなに気になるものか?」


「気になりませんか?」


「クレアには見せたが、俺のはなにが書いてあるのかわからないからな」


「…………」


「クレアは、今までカードに書いてあるからなにかをやってきたのか?

 みんなを守りたいって、自分が思ったからじゃないのか?」


「もちろんそうです」



 下を見ていたクレアが、自分の意志を示すようにルイを見てくる。



「そういうクレアだから、啓示が出たんじゃないか?

 クレアの意志で、俺を引き入れたんだろ?

 あの啓示がなにを指しているのか俺にはわからないが、クレアが思い描く理想のために動けばそれでいいと思う。

 実際小隊の騎士たちは、クレアについていってるんだからな。

 それが小隊を持ったクレアがやってきたことだ」



 ルイの言葉をキョトンとした顔で聞いていたクレアだったが、話が終わると笑みをこぼしていた。



「ルイさんにこんな話をして、まさか返答があるとは思っていませんでした」


「そうか。まぁ、人間できることしかできないからな。

 まだ魔法騎士団だって入ったばっかりだろ? 焦る必要はないだろ」


「そうですね。では私がやりたいことのために、これからもルイさんには馬車馬のように働いてもらわないといけないですね」



 さっきまでと違い、クレアは少しいじわるそうに満面の笑みで言ってきた。



「……死なない程度にしてくれよ?」



 メディアス邸に入っていくクレアの姿は、気のせいか足取りが軽くルイには見えた。

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